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ある日、城の裏門近くで、規律を破る者がいた。
本来、持ち出しが禁じられている備蓄庫から、小さな酒樽を一つ、無断で運び出した下級兵だ。 理由はくだらない。
「祝い事があったから」
それだけだった。見つかった時、直属の上司は即座に庇った。
「少量ですし、今回はどうか。……次からは気をつけさせますので」
管理不行き届き。本来なら、ここで話は終わる。部下は、にへらと笑っていた。 上司もまた、苦笑いを浮かべている。 叱責は形式だけ。 反省の色は、どこにもなかった。
それを、私は偶然見た。
――許せない。その場で、二人を呼び止めた。
「確認します」
私は静かに言った。
「城の備蓄は、誰のものですか」
上司は戸惑いながら答える。
「……王家の財です」
「違います」
私は首を振った。
「国の財です」
そして、上司に視線を向ける。
「あなたが庇ったことで、 この部下は“やってもいい”と学びました。次は酒では済まないでしょう。備品、金、情報。 少しずつ、線は越えられます」
部下の顔から、笑みが消えた。
「罰は、部下より上司を重くします」
私は淡々と告げる。
「部下には減俸と謹慎。あなたには、監督責任として職務停止。再教育を受けた上で、配置換えを検討します」
上司は青ざめた。
「なぜ……」
そう呟く声に、私は答える。
「上が甘ければ、下は腐ります。不正は、罰の軽さから生まれる」
小さな違反を見逃すことは、情けではない。害だ。その日から、城の空気は変わった。 曖昧な笑いが消え、 判断に、責任が伴うようになった。
上は、態度で示せ。それができない者に、人を率いる資格はない。
私は、そう思っている。
直ぐに、第一王子派が、動いた。
「第三王子は冷酷だ」
「融通が利かない」
「人情を理解しない」
そんな噂が、王城の廊下を流れ始めた。
――結構なことだ。
私は、気にしなかった。 流したければ、流せばいい。噂とは、責任を取らずに刃を振るう、 一番楽な攻撃手段だ。 それに構っている暇はない。
規律は、飾りではない。 権威を示すための道具でもない。原因があって、作られたものだ。誰かがそれを破った結果、 誰かが損をし、誰かが何かを失った。
その積み重ねの上に、 規則は存在している。破るために、あるのではない。 試すために、あるのでもない。
守るために、ある。
小さな違反を笑って流せば、 次は、もう少し大きな違反になる。 それをまた見逃せば、やがて、それは「当たり前」になる。
当たり前になった不正ほど、 始末に負えないものはない。
冷酷で結構だ。
規律が守られれば、 現場は迷わない。 判断に、線が引かれる。誰が許され、 誰が罰せられるのか。それが曖昧な組織ほど、 腐るのは早い。
私は、今日も淡々と職務を果たす。 噂を聞き流し、書類に目を通し、判断を下す。
英雄になりたいわけではない。 好かれたいわけでもない。
ただ、 正しく回る世界であってほしいだけだ。
だから、私は――自分を律する。誰よりも先に。誰よりも、厳しく。最大限に。
他人に規律を求めるなら、自分が例外であってはならない。
疲れていようと、不利であろうと、理解されなくとも。
感情で裁かない。立場に甘えない。
都合で曲げない。
それができなくなった瞬間、私の言葉は、ただの命令に堕ちる。
律するとは、縛ることではない。
逃げ道を断つことだ。自分自身に対して。
私は、前を向いて歩く。
そのために――今日も、私は私を律する。
定時で執務室を去る。
こんな日は、飲むか、汗を流すか。
……いや、早く寝るのが一番だな。
睡眠は、大切なのだ。とても。




