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もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


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5

ある日の午後。庭を散歩でもするか、と思った矢先に来客があった。

 通されたのは、城下の商人だった。顔には焦りと怒りが混じっている。

 商人を見て――察しがついた。

そして、午前中のことを思い出した。執務は予定より早く片付いた。……暇だな、そんな軽い気持ちで、私は書類を一枚作った。使う予定はない。前世にあった損害保険制度。あれば安心だな、その程度の思いつきだ。叩き台。ただ、それだけ。もし、既に存在するなら、棄てるだけだった。


「第三王子殿下。以前、城下で病が流行した際――殿下の指示で労働者を休ませたため、納期が遅れました」

 そこまでは、事実だ。

「その結果、我々は大きな損害を被った。責任を取って、補てんしていただきたい」

 はっきりとした物言いだった。つまり、金を出せと言っている。

 私は、ため息を一つだけ飲み込み、静かに口を開いた。

「では、確認します」

 商人を見る。

「病が流行していたあの状況で、人を休ませず、通常通り働かせていた場合――どうなったと思いますか?」

 商人は一瞬、言葉に詰まった。私は構わず続ける。

「感染者は増え、重症者が出て、死者が出る。働き手は減り、町は機能不全を起こす。市場は閉まり、流通は止まり、あなたの商会は“納期遅れ”どころでは済まなかった」

 机の上で指を組む。

「病が長引けば、回復には年単位が必要です。結果として失われるのは、一時の利益ではなく、町全体の経済です」

私は商人を真っ直ぐ見た。

「――これは、王族でなくても分かる話です」

 商人は唇を噛んだ。

「しかし、現実に我々は損害を――」

 まだ粘るか。私は、少しだけ首を傾げた。

「では、次の話をしましょう」

 声の調子は変えない。

「商売とは、本来、常にリスクを伴うものです。天候不順、災害、疫病。それらは“想定外”ではなく、“想定すべき事態”だ」

 商人の目が、僅かに揺れた。

「今回の件で明らかになったのは、あなたの商会が、リスクを全て此方に押し付ける意思、という事実です」

 私は、午前中に作った紙を取り出し、机に置いた。

「提案があります」

 商人は戸惑いつつ受け取った。

「疫病や災害時の損失に備え、商人同士で積み立てを行う制度を作る。いわば、損害保険のような仕組みです」

商人は紙に目を走らせていた。

「平時に少額を出し合い、非常時にはそこから補てんを行う。国は制度設計と監督のみ。経営判断と責任は、商人自身が持つ」

 私は、にっこりと笑った。

「これなら、次に同じ事が起きても、誰かに怒鳴り込む必要はありません。他の災害にも対応できるでしょう。もし、もう存在しているのなら破棄してください」

 商人は、紙を持ったまま動かなくなった。

 反論が、出てこない。

「すぐに結論は出さなくて構いません」

 私は、椅子から立ち上がる。

「商人同士で話し合い、もし制度が動き始めたら、報告してください。その結果次第で、此方の対応を考えます」

 沈黙。完全な沈黙だった。

私は静かに言った。

「補てんは、しません」

 やがて商人は、肩を下げ、何も言わずに帰っていった。……ただ、執務室を出る時、僅かに頭を下げた。


(元社畜に、舌戦で勝てると思うな)

 私は心の中でそう呟き、予定通り、庭へ向かう。

 今日も定時。

 ――平和だ。

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― 新着の感想 ―
 おきゃ増します。  物語に追いつきました。  この物語には、爽快な読後感があるのと、センテンスのテンポの良さ、1章当たりの文字数も適度なので、一気読みしました。  元社畜だったが故に、譲れない信念が…
水戸黄門バリの一話完結勧善懲悪モノってかんじで楽しいです。(そんなことはしていない
じゃあ今迄は働かせて病気を蔓延させてきたのだからその分の損害賠償を求めてやりたくなるね
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