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私が入城してから三日後。
学院設立を議題とする円卓評議会は、王城内の評議の間にて開かれた。
高窓から射し込む柔らかな光が、磨き上げられた石床を淡く照らしている。壁には王家の紋章を織り込んだ織物が掛けられ、長年の政務を見守ってきた重厚な空気が漂っていた。
室内中央には、大きな円卓が据えられている。滑らかに磨かれた木肌は落ち着いた光沢を帯び、等間隔に置かれた椅子が、その場に集う者たちの対等を象徴していた。
卓を囲み、代表と重臣たちが静かに着座する。
ざわめきはやがて収まり、扉が閉じられると同時に、円卓評議会は正式に始まった。
華やかではない。だが、軽い場でもない。
祝宴ではなく、これからを決める席だ。
大国側から提示されたのは、書類の束だった。
「学院は我が国に一つ、新たに設立いたします」
静かでよく通る声が室内に落ちる。
「既存の王立学院は使用いたしません。今回の条約は、新たな枠組みとして扱います」
図面が広げられる。
白羊皮紙に引かれた整然とした線。講堂、研究棟、寄宿舎、礼拝堂、庭園。無駄のない配置だ。
「設計図、予算案、大綱は事前にお渡しした通りです。ご確認いただけたかと存じます」
説明しているのは第一王女、エリシア。
漆黒の髪の下で、金色の瞳が冷静に光る。その眼差しには、高貴さと揺るぎない知性が宿っていた。
彼女が本件の責任者であると、事前に通達を受けていた。私は静かに拝聴する。
声に揺らぎはない。言葉は簡潔で、余計な修飾を削ぎ落としている。提示は丁寧だが、主導権は手放していない。
若い。
だが、その若さに隙はない。
「なお、講師陣の選定につきましては、当初は我が国より派遣いたしますが――」
一拍、間を置く。
「三年以内に、貴国からも同数の推薦を受け入れる枠を設けます。教育内容が一方に偏るとの懸念は、その時点で再調整いたしましょう」
さらに図面の一角を指し示す。
「寄宿舎は男女別棟。生活規律は双方の慣習を尊重した条文を別紙に記載しております。宗教儀礼についても、礼拝堂は共用とせず、時間割で調整可能な構造です」
宗教問題。最も火種になりやすい部分だ。
「予算については初期投資を我が国が七割負担します。ただし、運営費は五年後より折半。負担が固定化する形にはいたしません」
反論の芽を順に摘み取っていく。
「学院では戦術学も講義に含まれる予定です」
声は穏やかだが、逃げ道は残していない。
「なお、入学資格についてですが――」
わずかに視線が強くなる。
「入学資格は貴族子弟に限ります。本学院は国家を担う家門の子弟を育成する場。血統は責任の証にございます」
空気が張り詰めた。
私は指先で卓をなぞり、ゆっくりと口を開く。
「……なるほど。大国らしいお考えだ」
まずは認める。
「だが、それでは人材は一方に吸い上げられるだけです」
視線を上げる。
「学院が大国にのみ設立されるなら、小国の優秀な若者は皆、そちらへ向かう。学びの名のもとに、力は偏る」
ざわめきが走る。
「ゆえに提案いたします。姉妹学院を小国にも設立することを。同じ理念、同じ大綱のもとに二つの学院を置く。往来を認め、教員も交換する。知を共有する構造にすれば、偏りは生まれません」
宰相の眉が動き、騎士団長は腕を組み直した。
「そして入学資格についてですが――身分ではなく、能力を基準とすべきです」
真正面から言い切る。
「国家を担うのは血だけではない。才もまた、国の礎です」
場の空気が変わる。
「無論、貴族議会のご懸念は理解しております。平民登用は秩序を揺るがす、と」
宰相の目が細まる。
「ゆえに段階的に行うべきでしょう。初年度は全体の一割。推薦と試験を併用し、保証人を明確にする。成績が振るわぬ者は即時退学。成果を示せなければ拡大はいたしません」
数字を示す。条件を示す。責任を明確にする。
「――恐れて門を閉ざせば、優れた才は他国へ流れる。閉じることもまた、秩序を失う道です」
静かに言い切る。
「選ぶのではなく、管理するのです。血統を守りながら、才を取り込む。その構造は両立できます」
私は静かに見渡した。
「文化交流とは、飾りではなく、往来であるべきだと存じます」
沈黙が落ちる。私は一礼した。
エリシア視点
卓の向こうで、エリシアの指がわずかに止まる。
――貴族議会が黙ってはいない。血統を重んじる諸侯たちの反発は目に見えている。
平民を学び舎に入れるなど、と声高に叫ぶだろう。まだ早い。理想だけで動かせるほど、この国は軽くない。
だが。第三王子は言った。
「我が国としては、本学院を文化交流の象徴と位置づけます。ただし、運営は双方協議の上、段階的に整備していくものといたします」
象徴。
その言葉の重さを、彼は本当に理解しているのか。こちらが示した譲歩も、制限も、政治的均衡も。貴族たちの反発も。宗教の火種も。分かっていないのではないか。
――いいえ。違う。理解した上で、言っている。
段階。数字。保証人。退学規定。
反発の矛先まで計算に入れた構造。
理想ではない。管理だ。妥協するつもりはない、ということ。小国の王子が。この場で。
よくもまあ。
エリシアはゆっくりと視線を上げる。
試しているのか。それとも、対等であると言外に突きつけているのか。
彼は夢想家ではない。
だからこそ、厄介だ。想定以上、であった。
エリシアは微塵も表情を動かさず、まっすぐに第三王子を見返した。




