表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/52

39

城壁都市を離れる時、大国の紋章を掲げた騎士団が私達を出迎えた。

形式は完璧、言葉も丁寧。だがその奥にあるものを、誰もが感じ取っていた。

――小国の王子。その無言の響き。

彼らに案内されたのは、王都手前の狩猟城だった。

石造りだが、王城ほどの威圧はない。

低い塔、深い森、広い中庭。王家直轄の中継城。出迎えたのは、王命監察官。黒革の手袋を常に外さぬ男だった。

その声は柔らかい。

「陛下のご命により、こちらでご休息を」

丁寧な物腰。しかし目は、笑っていない。文化の国にふさわしい流麗な発音で続ける。

「我が国の伝統と学識に触れていただければ、きっとご満足いただけましょう」

触れていただければ。

教える側の響き。保護でもあり、監視でもある。広間は広く、梁には獣の角。

壁にかかる織物は華美だが、どこか誇示的だった。


夕餉は豪勢だった。鹿肉は柔らかく、香草の使い方も洗練されている。葡萄酒も上質だ。若いが、よく管理されている。

――最大級の礼遇。

だが、それだけではない。皿の数は多い。

だが量は控えめだ。味は濃い。香辛料も塩も、過分だ。これは城のもてなしではない。

誰かの試験だ。

鹿肉を一口。

「若い鹿ですね」

王命監察官の眉が動く。

「よく管理されている」

葡萄酒を少量だけ含む。

「三年。樽は新しい。香草は南方」

沈黙。私は皿を置く。

「学院の食堂には、塩を控えさせましょう」

一同が止まる。

「学ぶ者の舌は鈍らせぬ方がよい」


――こういう食事は好まない。

舌が鈍る。酒が進み、判断が遅れる。それは、望ましくない。私は杯を回し、香りだけを確かめてから口をつける。

なるほど。これは歓待だ。そして同時に、誰かの査定だ。小国の王子が、この席でどう振る舞うか。気後れするか。過度に感謝するか。場の豪華さに飲まれるか。あるいは飲み過ぎ、無作法を晒すか。

彼らは見ている。料理の知識。葡萄酒の扱い。会話の選び方。学院を共に設けるに足る教養があるか。

そして――精神。


王命監察官が杯を掲げる。黒革の指が縁に触れる。私はそれを見てから、自らの杯を掲げた。

「革は便利なものですね。体温を隠せる」

広間の空気が、わずかに止まる。監察官の目が細まる。

「……おや、何のことでしょう」

私は淡々と言う。

「外交の席では、時に体温が邪魔になります」

微笑まない。

「今宵は、互いに適温で参りましょう」

王命監察官は、常に手袋をしたまま杯を持つ。指先一つ、素肌を晒さない。

季節は穏やかだ。それでも外さない。偶然ではない。あれは距離だ。

皮一枚を隔てることで、彼は自らを守っている。いや、違う。守るというより――触れないのだ。相手にも、責任にも、感情にも。

素手は、体温を伝える。震えも、汗も、緊張も。だが革はそれを遮断する。

外交の場で素肌を見せぬということは、同じ土俵に降りぬという意思表示だ。友好の席にいながら、決して友ではない。

なるほど。

あの手袋は、鎧の一部だ。

ならばこちらも、鎧を脱ぐわけにはいかない。外に纏う鎧はない。だが揺れぬ心こそ、私の鎧だ。

私は杯を置く。

素手のままで。


王命監察官は口を開いた。

「我が国の料理は、王侯の舌を育てると申します」

誇示する口調。柔らかく、しかし測るように。私は杯を置く。

「育つかどうかは、土によります」

広間が静まる。

「良き土壌であれば、種は自ずと芽吹きます」

視線を外さない。

「学院も、同じことでしょう」


育てる、か。未熟者に向ける言葉だ。

……懐かしい響きだな。前世でも、似た言葉を聞いた。

「ここで学ばせてやる」

「鍛えてやる」

そう言われるときほど、値踏みは終わっている。ならば対応は簡単だ。感情は出さない。

酒は進めない。礼は尽くすが、へりくだらない。業務と同じだ。

評価者がいる席で、余計な感情はコストになる。私は微笑みもせず、怒りも見せない。

「過分なおもてなしに感謝する」

声音は平坦。卑屈でもなく、挑発でもない。

監察官の目が、わずかに細まる。

「学院設立は我が国の誉れとなりましょう」

誉れ。その言葉に、侮りが滲む。

――教えてやる、という響き。

私は杯を置く。

「互いに益する形となれば、何よりです」

対等の言葉。


もてなしは本物だ。侮りもまた本物。

ならば応じ方も、本物でなければならない。

私は杯を置く。

この席もまた、会議の一つに過ぎない。



従者たちは固かった。

料理を口に運びながらも、周囲の兵の配置、扉の数、窓の高さを確認している。

ここは他国。味方は、自分たちだけ。

だが第三王子は、食後きっぱりと立ち上がった。

「翌日の謁見に万全で臨みたく存じます。今宵は失礼を」

無駄な歓談はやんわり退ける。王命監察官は微笑を崩さない。だが目は冷たい。

「長旅でお疲れでしょう。どうぞごゆるりと」

ゆるりと。その言葉の裏に、観察の意図。

自室は主塔二階にあった。階下の広間よりは静かだが、足音は石壁を伝って微かに響く。天井は高く、梁はむき出しのまま。窓は細く、外の森が黒く沈んで見える。広さは十分だ。寝台も上質で、卓も磨かれている。

だが、空気が冷たい。石が夜の湿気を抱き込み、乾いた匂いを放っている。

温もりはない。整えられているだけの部屋だ。


窓の外には森。灯りを落とす前、昼に王命監察官から渡された図面を広げた。

学院予定地の区画図。

敷地の広さ、周囲の街路、水路との距離。建物の配置を頭の中で組み直し、必要な人員と資材を算出する。

見栄ではない。実現のための計算だ。



マルクが低く言った。

「……見下していますね」

私は図面から目を上げない。

「何を根拠に」

わずかな沈黙。

「会食の場でありながら、最後まで手袋を外しませんでした」

灯りが揺れる。

「乾杯の時も、料理に手を伸ばす時も。殿下に素肌を見せることは、一度も」

私は静かに紙を折る。

「……侮りか」

マルクは即答しない。

「距離です。対等とは見ていない」

部屋の空気が冷える。私は短く息を吐く。

「構わぬ」

マルクが顔を上げる。

「見下せるうちは、まだ安心している」

私は灯りを落とす。

「安心は、長く続かぬ」

マルクは頷く。

「揺れるな」

「は」

その返答は、静かで強かった。私は灯りを消した。

「今日はここまでだ」

外では隣国の兵が見張っている。友好の顔をした警戒。まだ先は長い。学院も、条約も、立場を更新するための積み上げも。


人は人を試す。

だがその視線は、必ず返る。



森の狩猟城は静かだ。

笑みも礼も、すべて整えられている。だが、その静けさの底にあるものを、私は見ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
こんぐらいのほうがいいんだよなぁ。 不快も何も大国と小国、しかも中世となればそりゃそうだろう。 なろう系のよくあるテンプレ踏んでなくて好きです。
相手が余裕そうな表情を見せる度に革の手袋に汗が滲むのが楽しみになってきますね
相手国の思惑も第3王子の考えも「そうなんだ~」と思いつつ「なるほど」の面白さよりめんどくさいなーが勝ってきた、、 第3王子好きなのでね、もう少し気持ち良く迎えてくれればいいのに、と相手国に不快感しかな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ