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もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


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少し話は遡る。

大国の王都の評議は荒れていた。

「農具の改良法を渡すなど愚策です」

「灌漑技術まで教えるなど、いずれ競合になりますぞ」

「小国に力を与える必要がどこにある」

農業協力条約は締結された。

だが、条約文にある“技術の共有”を巡り、

国内の貴族と商人が反発していた。

文化と技術は、大国の誇りだ。それを外に出すなど――。

その時、王のもとへ一通の書簡が届く。差出人は、小国の第三王子。まるで評議の混乱を見越していたかのような 頃合いだった。

王は封を切る。



尊き王冠を戴く陛下へ。

先に結ばれました農業協力の約につき、

技術の扱いについては、貴国において慎重なるご検討がなされることと存じます。

それは大国として当然の御配慮にございましょう。

されど恐れながら申し上げます。

技術は囲い置けば力を鈍らせ、用いられてこそその真価を顕すものにございます。

もし貴国が主導のもとにこれを広められるならば、その源は常に貴国に在り続けましょう。

種を貸し、耕法を示せば収穫は増し、余剰は市を育てます。市が育てば商流は整い、その道は必ずや貴国を経ることとなりましょう。

閉ざして守るより、握って導くほうが、強き支配にございます。

我らは拙き国なれど、貴国の導きの下で共に富む道を歩むことを望んでおります。

何卒、御賢察を。



短い。

だが理屈が通っている。

技術流出ではない。主導権の固定だ。

大国が基準を定める側に立つ。それが王子の提案だった。

評議の間が静まる。ここまで書かれて、応じぬわけにはいかない。条約を結んだのだ。「大国」を名乗る国が、恐れて技術を抱え込むのか。

それこそ沽券に関わる。王はゆっくりと言った。

「技術を出せ」

誰も声を挟めない。

「種もだ。改良種を提供しろ。ただし我が国の名の下に」

主導権は渡さぬ。だが約は守る。それが王の判断だった。


数週後。その第三王子が、学院設立協議のため来訪する予定と報が入る。王は薄く笑った。

「断るかと思ったが」

学院は文化の象徴だ。小国が尻込みしてもおかしくはない。だが来るという。

「来るか」

興味深い。条約を書き換えた手腕。

反発を封じ、利益構造を提示した論理。あれは偶然ではない。若いが、甘くはない。侮っていたかもしれぬな。


王は立ち上がる。

だが前に出るつもりはない。

学院設立の協議の席に立つのは第一王女だ。

理で応じ、言葉で探り合う。

戦うのは、あの娘。その視線が王女に向く。彼女は静かに頷いた。

「任せる」

短い一言で十分だった。

小国の第三王子。お前が測るというなら――測られるのもまた、お前だ。




それから、時が流れた。

王都に急使が入ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。

「国境都市より急報にございます」

封蝋には、王の名代として派遣していた者の印。王は直ちに書簡を開いた。


陛下

本日、小国第三王子は予定通り本都市に入境いたしました。

護衛騎士六名、文官二名、侍従二名、医官一名、そして側近。

儀礼は滞りなく執り行われ、軍・市政・学院準備局・商人ギルド、各位立ち会いのもと、謁見前の初対面を終えております。

同王子は城門前にて馬を止め、城壁および水路の構造を仔細に観察いたしました。

同行の技官へ水門の配水法を問うなど、農業協定の実務に対する関心は表面的なものではないと見受けられます。

広場においては、自ら馬を降り、跪かぬまま礼を取りました。

敵意を示さず、同時に立場を崩さぬ態度。

無礼には当たらず、卑屈にも映りません。

応答は簡潔にして明瞭。自国を小国と称しつつ、約定の重みを強調いたしました。

誇示も弁解もなく、言葉の選びは慎重であります。

総じて、理想を掲げるのみの若年者とは異なり、場の空気を測る才を有すると判断いたします。

軽視すべき相手ではございません。現時点で敵対の兆しは認められません。しかし、内政・学術・商流に関わる動向には、今後も注視が必要と存じます。

王の安寧を祈りつつ。


王は一度、息を吐いた。

「……なるほど」

宰相と、学院設立を主導する第一王女が呼ばれる。

騎士団長もまた、壁際に立った。

第一王女は王位継承権を持つ身でありながら、かつて公の席で言い放った。

――長兄が国を継ぐなら、私は学を究めます、と。その言葉通り、学院の高度化を進めた。先の条約の草案にも深く関わった彼女である。

近頃は学問の枠を越え、兵站や水利にまで口を出す。学究の衣をまといながら、思考はすでに軍師のそれに近い。

王は書簡を卓上に置いた。

「さて、どう思う」

宰相が目を細める。

「まだ、わかりませんな。慎重な若者とも取れますし、周到な観察者とも取れます」

第一王女は静かに紙面を指でなぞった。

「よく、見ていないかもしれませんわ」

王が片眉を上げる。

「ほう?」

「視察したのは市壁と水路。守りと、水の流れ。学院設立の協議に来たにしては、学の話より基盤に目が向いておりますわ。……案外、学院そのものにはさほど明るくないのかもしれません」

宰相が頷く。

「学院は文化の話だ。だが彼はまず、城と水路――この国の土台を確かめた、か」

騎士団長が低く言う。

「兵は少ない。だが、少ないからとて安心はできませぬ」


王は小さく頷いた。

「……これからか」

学院設立の協議の席は、文化の場。だが本当の勝負は、その裏にある。

誰が主導するか。誰が流れを握るか。

王の目に、静かな光が宿る。

「迎えの準備を整えよ。礼は尽くす。だが、油断はするな」

騎士団長が一礼した。



王はゆっくりと書簡を閉じた。

……条約を書き換え、評議を封じ、今度は城壁と水路を見るか。


盤は整った。次の手を、見せてもらおう。


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― 新着の感想 ―
王女が―とか侮りがーとか言ってるけど吹けば飛ぶような小国の第三王子の扱いとかこんなもんん。 中世の情報の正確さもあやふやで利よりも権威が重視される以上正しいんだよな。 そもそも主人公が転生という名の…
技術の流出じゃなく、技術の提供と発展協力によってその分野の定義者になるのはいいですね。その上、同じ技術を共有する人に国境を超える同伴意識が生えることもあるので、綺麗な言い方だったら『仲間を増えさせる』…
王女は少し自分の才に驕っている感がありますね。王様は案外第三王子に王女の鼻っ柱を折ってもらってお前はまだまだ足りないと分からせたいのかも…王女がこのまま増長すると旗頭にして内乱勃発(継承争い)とか起こ…
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