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王城の執務室。書類に目を通しながら、私――第三王子レオンハルトは深く椅子にもたれた。
(今日の仕事はこれで終わり。定時退城だ。まあ、午後からは殆んど仕事をしてないけどな)
その時、控えめなノック音が響いた。
「殿下、少々よろしいでしょうか」
入ってきたのは、私の直属部下である文官のマルク。有能で、無駄なことは言わない男だ。つまり――面倒な案件を持ってきた可能性が高い。
「簡潔に」
「はい。……他部署の件で、ご相談がありまして」
私は眉をひそめる。
「他部署? 私の管轄ではないな」
「その通りです。ただ、困っているのは兵站管理局でして」
兵站。物資、食糧、装備。国を支える要の部署だ。
「何が起きている」
「倉庫の帳簿と実在庫が合わないそうです。
差異は小さいですが、毎月必ず発生していると」
(ああ……嫌な予感しかしない)
前世、社畜だった頃の記憶がよみがえる。
(これは誤差ではない。慣習化したサボりか、不正だ)
「上には報告したのか」
「局長には伝えたそうですが、『忙しい』『昔からこうだ』で流されたと」
私は軽く息を吐いた。
「……分かった。私が行く」
マルクが目を見開く。
「殿下ご自身が、今、ですか?」
「だからだ」
外套を手に取りながら告げる。
「無理はしない。だが、無駄と不正、サボりは見逃さない」
最低限の介入。私がやったことは、三つだけ。
一つ目。兵站管理局の倉庫を予告なしで視察。
二つ目。帳簿係、出納係、倉庫番を同じ部屋に集める。
三つ目。帳簿と在庫を突き合わせ、ズレが出る工程を書き出させる。
「殿下、これは……」
汗を浮かべる局員たちを前に、私は淡々と言った。
「安心しろ。全員を処罰する気はない」
空気がわずかに緩む。
「ただし」
声を落とす。
「“忙しいから後回し”“この程度は確認しない”――そうした甘さを利用している者は、別だ」
一人の男が視線を伏せた。
(はい、答え合わせ完了)
結果。不正を働いていたのは、倉庫番の一人だった。差異が小さいのをいいことに、物資を少しずつ横流ししていたのだ。
処分は即日。他の局員には、記録工程を二つ減らす代わりに、日次確認を義務化した。
「仕事は楽にする。その代わり、誤魔化しは一切効かなくなる」
誰も反論しなかった。仕事は最低限でいい。執務室へ戻ると、マルクが深く頭を下げた。
「ありがとうございました。兵站管理局の方々も、助かったと申していました」
「私は助けていない」
椅子に座り、飲み物を口にする。
「無駄と不正を切っただけだ。正常に戻しただけ」
「それが一番難しいのですが……」
私は肩をすくめた。
「違う。やろうとしてないだけだ。仕事は最低限、責任は最大限。それだけだ」
定時。私はきっちり城を後にした。
今日も、平和に終わった。……少なくとも、私にとっては。
エピソードができたら、更新しようと思ってます。ペースは、遅いです。




