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もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


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19/22

19

リディアは、第三王子からの返書を胸に抱えたまま、父の執務室へ向かった。その足取りは、どこか弾んでいる。

扉の前で息を整え、声をかけた。

「お父様、今よろしいですか」

「入れ」

短い返事。机に向かっていた父は顔を上げ、リディアの手の封書に目を留めた。

「……それは?」

「第三王子殿下からの返書です。領地の件で、助言をいただきました」

父の眉が、わずかに動く。

「見せなさい」

リディアは手紙を差し出した。

父はそれを受け取り、静かに読み進める。

最初は無言だった。だが、頁をめくるごとに、父の表情が徐々に険しくなっていく。

読み終えた父は、手紙を机に置いた。

そして、低い声で言った。

「リディア」

「はい?」

「お前は……なんという無礼を働いた」

意味が分からなかった。

「え?」

「この件、お前は私に相談したか?」

リディアの視線が泳ぐ。

「……いえ」

「家宰には」

「……していません」

「つまり」

父の声が、重くなる。

「お前は一人で動き、王子殿下に手紙を書き、資料を送りつけ、意見を求めたのだな」

胸の奥が、冷たくなる。

父は手紙を指で叩いた。

「第三王子殿下が、ここまで具体的に書かれているということはだな」

紙をめくる。

「殿下は、お前の資料を読み込み、周辺領地と国の動きまで調べた上で、考えを示してくださっている」

リディアは、瞬きをした。

「それは……ありがたいことでは?」

「違う」

父の声が、わずかに強まる。

「本来、王族のなさることではない」

言葉が、刺さる。

「お前は、“意見をください”と書いたな」

「……はい」

「それはつまり、“調べる手間をかけさせた”ということだ」

はっとした。

「しかも最初の資料は読みにくく、要点もまとまっていなかったのだろう」

胸がずきりと痛む。

「殿下はそれを突き返した。だが二度目は、きちんと読んでいる」

父は深く息を吐いた。

「これはな、リディア。指導ではない」

手紙を見下ろしながら、静かに言う。

「誠実に、向き合われているのだ」

リディアの喉が、小さく鳴る。

嬉しかった。読んでもらえたことが。助言がもらえたことが。だが今、ようやく気づく。これは「教え」ではない。時間を割いて、考えられた跡なのだ。

「無礼すぎる」

父はもう一度言った。

「まず、お前がすべきは、礼だ」

リディアは、深く頭を下げた。

執務室を出たあとも、胸の奥が重く沈んでいる。廊下を歩きながら、父の言葉が何度も頭の中で繰り返された。足が止まる。

……ああ、私は、何も考えていなかった。助言をもらえたことが嬉しくて。読んでもらえたことが誇らしくて。その裏に、どれだけの時間と労力を使わせたのかを、考えもしなかった。

胸が、きゅっと縮む。自室に戻ると、すぐに机に向かった。便箋を広げる指が、わずかに震えている。

これは、相談の手紙ではない。意見を求める手紙でもない。

ただ、詫びるための手紙だ。

ペンを取り、ゆっくりと書き始めた。

目頭が熱くなり、文字が滲む。

それでも、ペンは止めなかった。


リディアが部屋を出たあとも、伯爵はしばらく机の上の手紙を見つめていた。

第三王子の筆跡は整っている。余計な言葉はなく、必要なことだけが、静かに並んでいる。

ふと、昔耳にした噂が脳裏をよぎる。

――第三王子は、才に乏しい。王家の中でも、目立たぬ存在だ。

だが、伯爵はゆっくりと首を振った。

「……まさしく、噂とは当てにならぬものだな」

この手紙を書いた人物が、無能であるはずがない。一つ一つの助言は、領地の現実を理解し、国の動きと周辺の状況を踏まえたうえで示されている。机上の知識では書けない。

「……これは、娘の詫びだけでは足りん」

伯爵は新しい紙を取り出した。ペン先を整え、姿勢を正す。

王子へ送る礼状は、伯爵家当主としての礼でなければならない。娘の無礼に対する詫びと、示された考えへの深い感謝。

そして何より――この助言を、必ず領地に生かすという誓い。

文は長くなった。だが、一行一行に重みを持たせた。書き終えると、伯爵はふと手を止めた。そして、もう一枚の封書を取り出す。

先ほどリディアが書いた詫びの手紙を、静かに同封した。すぐに封をし、最速の馬を出すよう命じる。

「家宰を呼べ。鍛冶組合の長も。街道管理の責任者もだ。すぐにだ」

使用人が慌ただしく動き出す。

執務室に人が集まるころには、伯爵の机の上に地図と帳簿が広げられていた。

「まず街道の仮補修を行う。完全な補修ではない。荷車と人が通れればよい」

「鍛冶職人の呼び戻しを最優先にする。税の減免を提示しろ」

「遊水地の候補地を洗い出せ。川沿いの低地だ。堤の計画は後回しにする」

矢継ぎ早に指示が飛ぶ。

誰も反論しなかった。

伯爵の声に、迷いがなかったからだ。リディアはその様子を、少し離れた場所で見ていた。そして気づく。第三王子の手紙は、父の中の迷いを、取り払ったのだと。

その日から、クロウフォード家は動き始めた。

結果が出るには、時間がかかるだろう。税収が戻るのも、職人が増えるのも、すぐではない。


だが、誰の目にも分かっていた。

領地は、確実に前へ進み始めている。


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― 新着の感想 ―
伯爵令嬢の行動は「若さゆえの…」というやつですね。 突発的で無礼ではあるけどそれが無ければ解決もしなかったかも…。
登場人物の外見や、年齢などの情報が欲しいところ
良い話だ。 失礼なことをしてしまっても、それに気づかせてやり、礼を尽くし、教えを大切にする。とても誠実で、読んでいて楽しい。 確かに令嬢のしたことは失礼な行為で、コメントでもなかなか辛辣な意見も多いけ…
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