17
私は、手紙を受け取ってからすぐに調査に取りかかった。
中規模伯爵家、クロウフォード家。
領地の場所。面積。主要産物。人口。農地の広さ。過去の記録。地理的条件。
手に入る情報は、すべて集めた。
そして、それを自分の中に落とし込む。
質問に、質問で返すのは愚だ。
まして相手が、下の立場にある者なら、なおさらだ。
上に立つ者は、知識を得た上で、自らの考えを示すべきだ。
知識は、正確でなくてはならない。誰かの意見を鵜呑みにするのは、誰でも出来る。
だから私は、資料を見る。
クロウフォード家の情報だけでは足りない。
周辺領地の動き、国からの支援、流通の経路――全体を把握した上で、個を見る。
それが、基本だと思っている。
マルク視点より
マルクは、両腕に抱えた資料の山を、そっと机の上に置いた。
どさり、と重たい音がする。
各地から取り寄せた報告書。クロウフォード領だけでは足りないと判断し、周辺領地、交易記録、国からの支援履歴まで集めた結果だ。
……さすがに、これは時間がかかる。だが、第三王子は気にした様子もなく、一番上の書類を手に取る。
視線が落ちる。ページがめくられる。早い。読む、というより、流しているように見える。それなのに、次の瞬間。
「マルク」
「はい、殿下」
「クロウフォードの税収減、領内の問題だけじゃないな」
マルクは目を見開いた。まだ一冊目の三分の一も進んでいない。殿下は別の資料を抜き取る。
「数年前から水害が続いている。街道補修が間に合ってない」
さらに、別の報告書へ。
「そのせいで交易量が落ちた。職人が流出してる」
さらに国の記録へ。
「国の補修予算も、水害対応で別件に回されてるな」
まだ、ほとんど読んでいないはずだった。マルクは思わず口を開いた。
「しかし殿下、水害と交通量が、繋がるものでしょうか?」
「そうだ」
即座に言葉が返る。殿下は机の端にあった農具の被害報告書を指で叩いた。
「畑が水に浸かると、泥に石や流木が混じる。粘ついた地面を掘り返すことになる。鍬も鋤も、普段の何倍も刃を傷める」
マルクははっとした。報告書には、たしかに「農具破損数、例年比増加」とある。
「本来なら鍛冶職人が直す。だが、その職人がいない」
別の紙を抜き取る。
「街道が直らず、鉄も炭も入らない。仕事が減る。職人は他領へ移る」
視線が、交易記録へ落ちる。
「修理できないから買い替える。他領から取り寄せる。運搬費がかかる。時間もかかる」
マルクの中で、点が線になり始めていた。
「農民は、道具がない。あってもすぐ壊れる。耕す力も時間も奪われる」
そして殿下は、静かに言った。
「水害は畑を壊したんじゃない」
ページを閉じる。
「農具と、職人と、街道を壊した。領地の巡りそのものを止めている」
マルクは、ようやく理解した。税収が減った理由を。領地が、ゆっくりと衰弱していることを。
マルクは、机の上に広がった資料の山と、すでに閉じられた数冊の報告書を見比べた。
殿下の指は、もう次の紙をめくっている。
迷いがない。止まらない。
「……殿下」
「なんだ」
「それは、人の読み方ではありません」
第三王子は、ほんの少しだけ考え、
「そうか?」
と首を傾げた。
「資料が揃っていれば、答えはだいたい書いてある」
淡々とした声だった。
マルクは、ようやく理解する。殿下は、資料を読んでいるのではない。資料に書かれていないことを、読んでいるのだ。
殿下は、膨大な資料を定時きっかりに閉じた。読み飛ばしもなく、要点はすでに頭に入っている。
マルクは時計を見て、息を呑む。
(……恐ろしい)
努力でも根性でもない。これは、資質だ。
この人が主である誇らしさと、敵でなくてよかったという安堵が、同時に胸に広がった。
その頃、リディアは、ようやく書類を書き上げつつあった。机の上には、何度も書き直された紙が積み重なっている。
要点をまとめる――ただそれだけの作業のはずなのに、見えてくるものがあった。
例えば。
・今年の税収が減った理由は、連続した水害で農具の破損率が例年より高かったこと。
・農具の修繕費が増えた原因は、鍛冶職人の数が数年前から半減していること。
・職人が減った理由は、水害で街道整備が遅れ、交易が滞っていること。
・その結果、物資も人も巡らず、領地全体の動きが鈍っていること。
点だった数字が、線になっていく。
「……これが、原因?」
リディアは小さく呟いた。だが同時に、思う。
(でも、私が欲しいのは……これに対する“解決策”なのよ)
問題点は見えた。原因も推測できた。数字も整理した。優先順位も並べた。
それでも、どう動けばいいのかが分からない。
気づけば、外はすっかり深夜だった。
寝不足で頭が熱を帯び、妙に冴えている。
「……できたわ。これなら、読むはずよ」
完成した書類を前にして、血走らせた目で彼女は呟いた。
目標が、いつの間にか少しずれていることに、気づかないまま。
こうして、二通目の手紙は完成した。




