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もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


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彼女は、久しぶりの夜会に、わずかな緊張を覚えていた。豪奢な音楽、照明にきらめく宝石、甘い香水の残り香。

――変わらない。けれど、慣れるものでもない。

会場の中心では、第一王子の周囲がひときわ華やいでいた。

王妃の座を狙う令嬢たち。家柄、財力、美貌、すべてを武器にした“華麗なる軍団”が、隙間もないほど取り囲んでいる。

笑顔は完璧で、会話は計算され尽くしていた。

一方、少し離れた場所。

第二王子の周囲には、また違った空気が流れている。――第一王子ほどではない。だが、だからこそ。

「第二王子なら、正妃になれる可能性が高い」

そう読んだ令嬢たちが、個性と魅力を前面に押し出し、静かに、しかし確実に距離を詰めていた。派手さよりも実利。野心を隠さない、麗しくも油断ならない集団だった。

そして、王女の周囲。

そこには、若い貴族たちが集まっていた。

一目でも、声ひとつでも、覚えてもらおうと。

これ以上ないほど着飾り、胸を張り、時に緊張で声を上ずらせながら。

それらすべてを眺めながら、彼女は思う。

(……いつもの風景)

第一王子の相手が決まれば、流れは一気に動く。勢力図を見定め、残る二人も、ほどなく相手を決めるだろう。


彼女の名はリディア・クロウフォード。

中規模伯爵家クロウフォード家の、一人娘だ。連続する水害によって、彼女の領地は疲弊している。堤は修復が追いつかず、収穫は不安定になり、帳簿に並ぶ数字は年々細っていった。

それでも彼女は、安易に税を上げることも、領民に無理を強いることも選べなかった。

――自分が継ぐ領地だからこそ、失敗できない。

長女として生まれ、逃げ場はない。婿を取る必要がある。財力のある貴族か、あるいは財務に明るい人物。それが、領地を守るための最適解だと、何度も自分に言い聞かせてきた。

けれど――。夜会の場で、淡々と意見を述べていく第三王子の姿に、リディアは、思わず視線を向けていた。

リディアは、知らず、唇を噛んでいた。

(……領の経営は、苦しい)

連続した水害。疲弊する財政。農民たちに、これ以上の予算をかける余裕などない。

(だからこそ――)

農民向けの保険制度は、導入する価値があるのではないか。そう考えたことは、一度や二度ではなかった。

痛みを分散させる仕組み。それは、弱い領地を支える現実的な手段だと、思っていた。

だが。第三王子の言葉が、静かに落ちた。

「それは、本来、領主が担うべき役割です」

――頭を、殴られたような衝撃だった。

息が、一瞬、詰まる。胸の奥が、ひりつく。

(……そんな、簡単に)

恥ずかしさが、先に来た。自分が、どこかで「仕組み」に逃げようとしていたことを、見透かされた気がして。そして、遅れて、怒りが湧いた。

(現実を、知らないから言えるのよ)

水害の後始末が、どれほど重いか。帳簿の数字が、どれほど無慈悲か。理想だけでは、領地は守れない。

現実を知れば――きっと、同じことは言えない。

……はずなのに。否定の言葉が、喉まで上がってきて、それでも、出てこなかった。なぜなら、第三王子の声には、軽さも、逃げも、なかったからだ。感情を煽らず、誰かを責めることもなく、「できること」と「できないこと」を整理する。

その姿勢は、彼女が何度も帳簿の前で立ち止まってきた理由そのものだった。選ばなかった道の責任まで想像して、足が止まる。それが、彼女の弱さだった。


彼女は、決心した。

――第三王子なら、領地の相談に乗ってくれるかもしれない。そう思った瞬間、身体はもう動いていた。王子が去っていった方角へ、自然を装って歩き出す。発見した第三王子は、中庭で佇んでいた。

……待って。そこで、ふと我に返る。

このまま追いかけたら、あまりにも露骨ではないだろうか。

(……落ち着いて。理由が必要だわ)

夜会の会場は熱気がこもっている。外に出る理由なら、いくらでもあるのだが……。

――そうだ。お酒。少し飲み過ぎて、酔いを冷ましに来ただけ。それなら、誰が見ても自然だ。リディアは踵を返し、会場へ戻った。

近くの卓からグラスを取り上げる。

一杯。

二杯。

喉を通る液体の熱に、少しだけ頬が緩む。

(……よし。ほどよく酔った、はず)

自分にそう言い聞かせ、彼女は再び足早に先ほどの場所へ向かった。

だが――そこに、第三王子の姿はなかった。

夜風だけが、先ほどよりも静かに吹いている。まるで、何事もなかったかのように。

リディアは、その場に立ち尽くした。

追いかける気力も、言い訳を探す余裕も、もう残っていない。

胸の奥で、熱を帯びていたはずの感情は、気づけば、すっかり燃え尽きていた。



考え過ぎることで初動が遅れる。その躊躇が、取り返しのつかない結果を招くこともある――その言葉を、噛みしめながら。

彼女は一人、中庭で誰もいない闇を見ていた。

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― 新着の感想 ―
お疲れ様です。 リディアさんは伯爵家という立場上、主人公と公に関わると派閥争いに一石を投じることになりそうなので、今後どのように関わっていくのか、それとも関わらないのか、楽しみです。 健康に気をつけて…
機を見るに敏というやつですね。第三王子に目を付けて追いかけるまでは良かったけどそこで一歩躊躇したのが惜しい。性格もあるでしょうが女性(異性)というのも立ち止まった要因かな? 領地の被害対策は領主の仕事…
デキる社畜に色仕掛け・泣き落とし最悪手だな、現代の価値観があればハラスメントが怖くてとてもとても・・。まぁ命の危機でも人工呼吸・AEDで訴えを起こしたのは女性自身だ、諦めてくれ。
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