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文官の回想
その会議に呼ばれたとき、正直なところ、私は胃が重かった。集まったのは、関わる担当部署の長、現場監督、そして嘆願書を提出した者たち。
顔ぶれを見ただけで分かる。
これは解決の場ではなく、責任を押し付け合う場になる――私は、そう覚悟していた。
会議室には、最初から張り詰めた空気が漂っていた。
第三王子殿下は、余計な前置きを一切なさらなかった。席に着くなり、静かに告げられる。
「前提を確認します」
机に広げられた地図を、指で軽く叩く。
「予算は増えません。労働力も限られています」
数名の表情が、はっきりと曇ったのを、私は見逃さなかった。
「その上で――」
殿下は、会議室を一巡するように視線を走らせた。
「いかに迅速に、効率的に、そして不公平なく工事を進めるか。本日は、その点だけを話します」
……その時点で、私は気づいた。この方は、言い訳を聞くつもりがない。
殿下は、用意していた案を淡々と示された。
安全に問題のない区画からの先行再開。危険区域は補強が終わるまで凍結。工程を細分化し、待ち時間を減らす。人員は固定せず、工程ごとにローテーション。進捗は週単位で公開し、遅れの理由を明文化。
説明が進むにつれ、数名の官吏や請負人が、椅子の上で微かに身じろぎをした。
唇を引き結ぶ者。腕を組み、視線を地図から逸らす者。反論や不満が、言葉になる直前で飲み込まれていくのが、こちらにも分かる。
誰もが、言いたいことはあったはずだ。
「現場は理屈通りに動かない」
「責任だけが増える」
「書面で公開されれば、こちらが矢面に立たされる」
――だが、それらは声にならなかった。
第三王子殿下は、机に置いた地図から視線を上げ、静かに一同を見渡された。
その眼差しは鋭かったが、責める色はない。
反論を封じたのは威圧ではない。「覚悟を持って話せ」と無言で告げていたのだった。
「これに、忌憚のない意見を」
一瞬、沈黙が落ちた。
最初に口を開いたのは、現場監督だった。
「……安全基準が明確なら、再開できる区画はあります」
次に、担当部署の長が続く。
「工程を分けるのであれば、資材手配も調整可能です」
そして、嘆願書を出していた商人の一人が、恐る恐る口を開いた。
「進捗が見えるなら……こちらも、納期を分割できます」
反対意見が消えたわけではない。
だがこの場では、「出来ない理由」より「出来る形」を口にする空気が、確かに生まれていた。
その瞬間だった。
会議室の空気が、確かに変わったのは。第三王子殿下は、ただ頷かれるだけで、口を挟まれなかった。
答えを与えたのではない。考えさせたのだ。
話合いは、長い時間白熱していた。
「では、本日の内容を文書にまとめてください」
最後に、そう告げられる。
「感情ではなく、数字と条件で。全員分の署名を添えて」
それで、会議は解散となった。
時間を確かめたら、王子殿下の定時だった。
数日後。提出された書類を確認したとき、私は思わず息を呑んだ。
優先工区の明確化。安全基準の具体化。人員配置の公平なローテーション。
遅延時の責任所在。進捗公開による透明性。
――必要な項目が、過不足なく揃っていた。
第三王子殿下は書類に目を通し、静かに指示を出された。
「工事は、計画に基づき再開してください」
異論は、出なかった。
だが――それで終わりではなかった。
書類が出来るまで資料整理を進めるうちに、殿下は別の点に目を留められた。
城下で同時期に進む、複数の工事。
街路の拡張。水路の補修。城壁の補強。
倉庫の新設。部署も、予算も、業者も、すべて別。
だが、地図の上で重ねると、無駄はあまりにも明白だった。城壁補修と街路整備で、同じ石材を使っている。にもかかわらず、発注も輸送も保管も、すべて別々。納期を揃え、一括で発注すれば、輸送回数は半分になる。
馬車も、人手も、倉庫も減る。
そうして、運搬費と保管費は、大きく削減された。
人手も同様だった。
水路工事では石工が待たされ、倉庫建設では木工が遊んでいる。工程を俯瞰し、時期を組み替えるだけで、「待ち時間」は消えた。
最も無駄なのは、働いていないのに支払われる賃金だ――殿下は、そう言われた。
結果、全体の予算は削減された。それでいて、工事の質は落ちていない。無理な前倒しが消え、事故は減り、現場は安定した。
数字だけを見れば、奇跡のように映るだろう。
だが、殿下がやっていたのは、実に単純なことだった。個別最適をやめ、全体を見る。
それだけ。
報告書を読んだあと、殿下はこう話された。
「急げば良いわけではない。不要な動きを減らした現場こそが、最短距離を行く」
……正直に言えば――敬意は、求められて生まれるのではない。仕事の結果が、そうさせるのだ、と思った。
殿下は今日も、定時に席を立たれた。
そして、工事は静かに動き始めていた。
一方で、あの場で意見を封じられた者たちは、不満を撤回したわけではない。
ただ、表で語ることを諦め、別の場所で、別の形に変えることにしたのだ。




