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もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


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11

国王の秘書が、私の執務室を訪れた。

扉の前で一瞬、ためらうように足を止め、それから静かに頭を下げる。

「……失礼いたします」

そう前置きし、彼は手にしていた書類の束を胸元で抱え直した。

「王子殿下が停止された工事の件ですが……」

言葉を選ぶように、一拍置く。

「苦情と、嘆願書が提出されています。数が……想定以上でして」

申し訳なさそうに視線を伏せながら、机の上に分厚い資料を置いた。

「本来であれば、整理してからお渡しすべきなのですが……」

一度息を整え、続ける。

「国王陛下が、この件を大変気にされております。できるだけ早く、状況の把握とご対応を、と……」

それ以上は言わなかった。

――いや、言えなかったのだろう。

秘書は「伝える役」にすぎない。

怒りの矛先が自分に向かぬよう、それでも職務として届けねばならぬものを、両手で差し出しているだけだ。

私は資料の厚みを一瞥し、静かに理解する。


扉が閉まった後、私は飲み物を一口含み、資料をぱらぱらとめくる。

――なるほど。

表紙には、こう並んでいる。

・工事停止による経済損失について

・民意を無視した行政判断への抗議

・早期再開を求める嘆願書一式

中身は、大きく三種類に分かれていた。

一つ目。

工事を請け負っていた業者からの苦情。

「人員と資材をすでに投入している」

「中断は想定外の損失だ」

「契約上、問題がある」

数字ばかりで、前提条件が書かれていない。

典型的な、“損失だけを切り取った主張”だ。

二つ目。

周辺商人からの嘆願。

「工事関係者の往来が減り、売上が落ちた」

「活気が失われた」

「町の発展を妨げている」

感情的だが、生活の実感はある。

無視はできない。

三つ目――。……おや?

署名付きの抗議文が何通もあるが、工事現場からは明らかに離れた地域もある。直接の影響があるとは思えない。それに。

(私の案件“以外”も混ざっているな)

他部署が止めた工事。別件の行政判断。明らかに、まとめて押し付けてきている。

嫌がらせか?それとも、試しか?

……まあ、どちらでもいい。

私は資料を閉じ、軽く息を吐いた。

(まずは、優先順位を決める)

全部を「早急」に処理する気はない。

そんなものは仕事ではなく、消耗だ。

基準は単純でいい。

――人命と安全。

――回復に時間がかかる損害。

――放置すれば、連鎖的に問題が広がるもの。

逆に言えば、金で取り戻せる損失、声だけ大きい案件、責任の所在が曖昧なものは後回しだ。

私はベルを鳴らした。

「時間を空けられる文官を呼んでくれないか」

集まったのは三名。

「至急に」

私は机の上に地図を広げる。

「この工事停止案件について、文章ではなく“視覚資料”を作る」

文官たちが顔を上げる。

「地図上に、次を落とす」

指を一本立てる。

「工事予定地」

二本目。

「実際の影響範囲」

三本目。

「苦情および嘆願書の提出元」

「色分けをする。直接影響、間接影響、ほぼ無関係。三種で」

さらに指を置く。

「加えて、工事を止めた理由を書き込む。

予算超過、資材不足、安全基準未達、人手不足。場所ごとに」

文官の一人が、即座に理解したように頷く。

「……“誰が、どこで、何に困っているか”を一目で分かるように、ということですね」

「その通り」

私は即答する。

「文章は誤魔化せる。地図は誤魔化せない。

明日中に一次資料を出すように。完璧でなくていい。全体像が欲しい」

文官たちは、躊躇なく動いた。

机に残った資料の山を見下ろし、私は思う。

(これを“早急に処理しろ”、か)

処理はする。だが、声の大きさではなく、重要度の順で。

元社畜に、資料の束で圧をかける戦法は――効かない。


翌日、文官たちは地図と表をまとめ上げてきた。

赤は、直接影響を受ける地域。

黄は、間接的な影響。

緑は、ほぼ無関係。

……見事なほど、ずれている。声が大きい場所と、本当に困っている場所が一致していない。工事停止の理由も、地点ごとに違う。

どれも、止めた判断には理由がある。

どれも、無視できない事情だ。

(方向は決まったな)

私は文官を呼ぶ。

「関係者を全員集めるように。担当部署の長、現場監督、嘆願書提出者の代表。一人残らず」

文官が一瞬だけ目を瞬かせる。

「会議の目的は……?」

「優先順位の決定」

私は地図を閉じる。

「限られた予算と労働力で、最も多くの不満を減らす方法を決めたい」

――情ではなく、事実で。

資料は揃った。

あとは、机上ではなく、同じ場で話すだけだ。会議とは結論を出すための場所である。

根回しも、圧も、今は要らない。

……もっとも。

定時で終わるかどうかは、少し怪しくなってきたが。

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― 新着の感想 ―
根回しも圧力も要らないって言っても、数字だけで全員が黙ると思えない~。人間の欲とプライドと集団心理他諸々どろどろ~。
「私の案件“以外”も混ざっているな」ってあるけどそれ言ったらそもそも第一王子から嫌がらせで回された案件じゃないっけ?第一に戻して失敗させたら解決かな
資料の圧に負けない社畜は自分の処理能力をしっかり把握できてる良い社畜
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