第9話 実技試験
受付の声が館内に通る。
ざわめきが一段上がり、視線が奥へ流れた。
しばらくして扉が開く。
出てきたのは筋肉質な男だった。四十前後。短く刈った髪に日に焼けた肌。
革と金属板の混成鎧。背に丸盾、腰に片手槌。――そして、表情が妙に明るい。
「おっ、昼間っから揉め事か? いいねぇ、ギルドっぽい」
軽いノリで近づき、俺とアリシアを見る。次に、背中の鎌。
「ほぉ……黒い大鎌。趣味が悪い。嫌いじゃねぇけど」
受付が肩をすくめた。
「こいつ、登録用紙に“ストーンリザード討伐”って書いてきたんだよ」
「ははっ、で?」
男――ギルドマスターは、にやりと笑って俺を見る。
「それ、本当か? 新人さん」
「あぁ。アリシアと2人でな」
「へぇ。未登録の冒険者が2人で討伐か。本当なら面白れぇ。」
俺は首を傾けた。
「ところで、あんたはストーンリザードを倒せるのか?」
「あぁ。俺なら倒せる。B級ならソロでもいける相手だ。逆に言えば、そこ未満が手を出すと危ねぇ」
「なるほど。じゃあ、お前を倒せば、俺もB級か?」
ジークは肩を揺らして笑った。
「威勢がいいねぇ。だが残念ながらそんな単純じゃねぇ。ランクは実績が要る。
……ま、口じゃなく実力で語ってもらうしかねぇな」
裏庭を指さす。
「よし、あっちに来い。遠慮せずにお前の全力を見せてくれ
あ、お腹痛くて今日は無理とかはやめてくれよ」
ギルドマスターが茶化し、周りがどっと笑った。
アリシアが小さく息をのむのが分かった。
***
訓練場は丸く踏み固められた土の地面だった。
木柵の外に冒険者が群がり、見世物みたいな距離で見ている。
ギルドマスターは盾を腕に通し、槌を回して肩をほぐした。
「そういえば名前は?」
「怜」
「俺はジーク。レーベン支部のマスターだ。よろしくな」
ジークは盾を片腕に引っ掛けたまま、槌をだらりと下げている。
体重も乗ってない。構えですらない。
「ほれ。いつでもきていいぞ。」
軽い。――舐めてる。
なら、最初で黙らせる。
距離を一気に潰した。
鎌を大きく振りかぶり、首の高さへ横一閃――
「……っ」
ジークの声が漏れる。
その直後、キンッ、と乾いた金属音。
盾が差し込まれ、俺の刃が止まった。
(…流石に直線的すぎたか)
柵の外がざわついた。
「今の……見えたか?」
「早っ……」
「おいおい、冗談だろ」
受付も目を丸くして、半歩だけ身を乗り出している。
ジークの表情から笑いが消えた。
槌が、ほんの少しだけ上がる。
「……お前、何者だ?」
「ここは口じゃなく実力で語るんだろ。」
「……」
ジークは何も答えず、盾を構え直した。
俺は右へ回り込み、盾の外から脇腹へ鎌を差し込む。
――だが、盾が先に回る。
刃が届く前に、盾の縁が胸元を叩いた。踏み込みが半歩ずれて、体が利き手側へ流れる。
そこへ槌。
腰の高さで横薙ぎが走り、ブン、と風を切って目の前が塞がる。
俺は下がってかわし、距離を切った。
(……今のは偶然じゃない)
もう一度。
今度は左へ回る。盾の隙間――脇の下を狙って振る。
やっぱり盾が来る。今度も縁が当たり、足がズレる。
また槌が来る。横薙ぎ。
退く。外す。距離が戻る。
(三回目だ)
おかしい。
速さでは勝っているのに、当てたい場所だけ正確に塞がれる。
しかも、入った瞬間に足がズレて、槌の通る位置に置かれる。
(反応してるわけじゃない。攻撃が誘導されている?)
気づいた瞬間、情報が整理される。
盾は「防ぐ道具」じゃない。「誘導する道具」だ。
なら、誘導ごと外す。
俺は正面に立つ。
ジークが“いつも通り”に盾を出してくる距離。
盾が来る。縁が当たる。足がズレる。
――そのズレた瞬間に、俺はもう一歩だけ踏む。
槌の軌道の外へ、ズレを利用して出る。
横薙ぎが空を切った。
ジークの目がわずかに見開かれる。
本気の目だ。
俺は間合いに入り、一瞬の隙間に鎌を走らせる。
――届く直前、盾が戻る。ギリギリで止まる。
(今ので確信した。盾の使い方がうまく、正面から崩すのは難しい)
ジークが前に出る。
盾で前を塞ぎ、槌を連続で振る。横、横、下、上。
俺は半歩ずつずらして全部外す。
当たる場所に立たない。立ち位置だけで逃げる。
空気が変わったのが分かる。
柵の外が静かだ。誰も声を出さない。
ジークの踏み込みが深くなる。
振りが大きくなる。戻りが遅くなる。
俺は一瞬だけ止まる。
“届く”位置に、わざと残る。
「――もらった!」
ジークが大振りを選ぶ。頭上から叩き落とす縦振り。
槌が地面を叩き、土が跳ねた。




