第7話 加護の真価
次の日の朝、アリシアと一緒に鍛冶屋バルドの工房を訪ねると、
昨日にも増して炉の熱が強く、鉄と油の匂いが漂っていた。
「おう、来たか。……できてるぜ」
カウンターの上に置かれたのは、漆黒の大鎌。
刃の縁だけが青く輝き、まるで夜の闇に星が差したようだった。
アリシアが目を見開いて呟く。
「……すごい。こんな武器、見たことありません」
怜は手に取り、思わず声を漏らした。
「……軽いな」
「だろ? 強度は落とさずに、できる限り薄く打った。
コアのおかげもあるが、依頼通り――とびきり軽い」
バルドはにやりと笑い、工房の奥を指した。
「せっかくだ。そいつで試してみな」
怜は頷き、鎌を軽く構える。
独特の形状に少し戸惑いながらも、溜めを作り、藁人形へと刃を振るった。
――空気を裂く音。
次の瞬間、横に並んだ藁人形三つがすべて真っ二つに割れて床に崩れた。
遅れて、切断面がわずかに燻る。
アリシアが小さく息を呑む。
「……っ! すごい! 三体を一撃で!?」
怜は鎌を見つめながら、わずかに眉を寄せた。
確かに振った感触はあった。だが、重さも抵抗もない。
ただ腕を動かしただけで、すべてが斬れていた。
「これが……」
バルドは満足そうに頷いた。
「いい切れ味だろう。
ストーンリザードのコアには特殊な力はねぇが、硬さだけは一級品だ。
青金鉱と組み合わせりゃ、軽くて丈夫な刃ができる。
――派手さはねぇが、一番お前さんに合ってる」
アリシアが鎌を覗き込み、目を輝かせる。
「光ってる……まるで、生きてるみたい」
怜もそれに気づいた。
黒い刃が、わずかに青く脈動している。
まるで、呼吸をしているみたいに。
「……いい武器だ」
「そう言ってもらえると嬉しいぜ」
バルドは腕を組み、にやりと笑う。
「久しぶりに職人魂に火がついた。
俺もしばらくは現役でいるつもりだから、なんかあったらまた訪ねてくれ。
あんたらなら、いつでも歓迎だ」
怜は静かに頷き、鎌を背に背負う。
外に出ると、朝の光が刃に反射して青い線を描いた。
アリシアが横で小さく笑う。
「これで、次の旅の準備が整いましたね」
怜は視線を前に向けた。
「……ああ。北の都市に向かおう」
ふたりの足音が、石畳に重なっていく。
黒い刃が、背中で小さく揺れた。
***
アリシアは村人たちに別れを告げ、振り返ることなく歩き出した。
森を抜け、まだ整備の進んでいない獣道を、アリシアが先導し、怜はその少し後ろを進む。
やがて視界が開け、古びた橋が見えた。
その前に、灰色の甲殻を持つ魔物の群れが陣取っている。
丸い体、分厚い殻――陸ガメのような見た目の魔物。
(あれは……アイアンタートルか)
《WARLDS》では防御力で悪名高い魔物だった。
遅いが堅い。正面から斬り合えば時間だけが溶ける。
倒すなら魔法で削るか、避けて進むのが定番。
アリシアが杖を構える。
「……私が魔法で――」
「いや、いい」
怜は短く制した。
「ここは俺にやらせてくれ」
《死神の加護》を試すには、ちょうどいい相手だ。
鎌を抜く。風が刃をなぞり、青い光がかすかに走った。
先頭のアイアンタートルが甲羅を鳴らし、ゆっくりと突進してくる。
怜は半歩前へ踏み込み――一閃。
――音が遅れて届いた。
分厚い殻が、まるで薄紙のように裂けた。
巨体が左右に割れ、地面へと崩れる。
切断面は、研磨した金属のように滑らかだった。
「……アイアンタートル、一撃で……!?」
アリシアが目を見開く。
怜は鎌を軽く構え直した。
(これが《死神の加護》か……想像以上の威力だ)
二体、三体と迫るアイアンタートル。
怜は呼吸を整え、滑らかに身をひねった。
一撃、二撃――それぞれが衝撃ではなく、結果だけを残す。
刃が通った軌跡に、抵抗はない。
質量も硬度も、“速度”と“威力”でねじ伏せられていく。
数秒後、地面に転がる甲殻だけが残った。
怜は鎌を下ろし、静かに息を吐く。
アリシアがぽつりと呟いた。
「……鉱山の時より……強くなってる?……」
(スキルのおかげなんて言えない。上手く誤魔化さないと……)
怜は視線をそらし、短く答えた。
「バルドの鎌のおかげだ」
アリシアは少し笑って言う。
「……そうなんですね。でも、怜さん……前よりずっと強く見えます」
「……それだけ、この武器が凄いんだろう」
アリシアが前を進み始めた後、怜は鎌を見つめた。
(攻撃力が素早さと同じ値になる――それだけのシンプルなスキル。
だが、AGI極振りならここまで化けるのか。
速度こそが力。この世界で、ようやく理屈が現実になった)
ふっと笑みが漏れた。
(このスキルなら、《WARLDS》のときなんてすぐに追い越せる。
どこまで行けるか、早く試したい)
橋を渡り、少し歩くと古びた街道が現れた。
石畳の割れ目には草が生え、遠くに街並みが見える。
アリシアが顔を上げ、嬉しそうに言った。
「この道はレーベンにつながってるので……あと少しです!」
怜は頷き、前を見据える。
奥には、大きな街がぼんやりと映っていた。




