第5話 鉱山の守護者
鉱山の中は、思っていた以上に静かだった。
湿った空気が肌にまとわりつき、壁面を滴る水の音が妙に響く。
足を踏み出すたびに、細かい砂と小石がこすれた。
「……暗いですね。魔法で少し、灯りを――」
「そんな魔法も使えるのか」
「昔、古い本を拾っていろいろ覚えたんです。これもそのひとつです」
本1つでそんな簡単に魔法が覚えられるのか。
それともアリシアが特別なのか。
今はわからないが、だが、魔法で視界が広がり、歩きやすくなった。
「進みやすくなった。助かる。」
「ふふっ、これくらいなら任せてください!」
アリシアは得意げに胸を張った。
怜は小さく息を吐き、少しだけ口元を緩める。
光を頼りに、二人は奥へと進んだ。
足元には古びた鉱夫の道具や、半ば崩れた木製の台車。
長く放置されているせいか、空気に生気がない。
奥へ進むと、壁際から黒い影が這い出した。
ゴブリンだ。二体、三体と続けざまに現れる。
「待ち伏せしてたのか……!」
短剣を抜く。
「レベルが上がって、多少は楽になったが……この数は厄介だな」
少しでも止まれば囲まれる。急所を狙って一撃で倒していくしかない。
幸い、ゴブリンはゲームでたくさん倒してきた。
怜は群れの真ん中に飛び込み、一直線に突き進んだ。
同士討ちを避ける性質を利用し、一瞬の隙に短剣を突き立てる。
一体、また一体。流れるように斬り伏せていく。
「……すごい……」
後ろから息を呑む声がした。だが、それに返す暇はない。
奥から新たな足音が響く――三体同時だ。
風を読んで間を抜け、一撃ずつで急所を突く。
無我夢中で動き、気づけば洞窟に響くのは自分の呼吸音だけだった。
倒れたゴブリンが光に変わり、消えていく。
視界の端に青い光が浮かぶ。
【スキル習得:精密攻撃】
《効果:急所攻撃時、ダメージ倍率×2.0》
(スキル……? レベルアップじゃなく、実戦で獲得するのか)
ようやくこの世界の仕組みが見えてきた。
戦いの中で“学ぶ”――それが、この世界の成長の法則らしい。
「怜さんって……本当に強いんですね」
アリシアの声に驚き振り返った。
ウインドウのことは――説明しようがない。
「これは……」
そう口を開きかけた瞬間、アリシアが言った。
「ケガしてます! ヒールしますね」
淡い光が包む。傷が塞がっていく感覚。
みるみるうちに傷が治っていった。
「このウインドウが見えないのか?」
「ういんどう……? 何も見えないです」
(見えているのは俺だけか)
「なんでもない。忘れてくれ」
アリシアは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐ笑みを浮かべた。
「はい、治りましたよ。怜さんは強いですけど……もっと自分を大切にしてくださいね」
「そうだな…ありがとう」
怜は短く頷き、再び前を見た。
その先は、より強い魔物も出てきたが――危なげなく切り抜けていく。
***
やがて、前方から淡い青の光が見えた。
だが同時に、肌が粟立つような気配が走る。
「……出るぞ。アリシア、距離を取れ」
ゴウン、と低い音が洞窟に響いた。
岩を押しのけるように、巨体が姿を現す。
体表は石のように硬く、眼だけが赤く光っている。
「ストーンリザード……!」
《WARLDS》では序盤ボス格のモンスター。
防御力が異常に高く、物理攻撃はほとんど通らないため、
タンクがヘイトを買って魔法使いと倒すのが定番だ。
AGI特化には、最悪の相性。
「今の俺にはくそゲーだな…」
短剣を構え、間合いを詰める。
刃を突き立てるが――弾かれる。
火花が散り、洞窟に金属音が響いた。
「やはり硬い…」
ストーンリザードの尾が唸りを上げ、薙ぎ払う。
ギリギリで回避するが、このままではジリ貧だ。
ストーンリザードが口を開く。
腹の奥で、熱が集まる音――。
「ブレスか」
一瞬の判断で横へ飛ぶ。
火ではない。高熱の蒸気が地面を焼いた。
まともに食らえばひとたまりもない。
攻撃を避けて怜の攻撃も通らないまま、時間だけが過ぎていく。
怜は歯を食いしばりながら呟く。
「アリシア、補助魔法が使えると言ってたな。攻撃を上げる魔法は?」
「攻撃力を上げる魔法…ライトエンハンスがあります!」
(身体能力強化……スキルと合わせれば、あるいは――)
「頼む俺にかけてくれ」
「分かりました。――光よ、彼に力を!」
杖の先が光を放つ。
アリシアの詠唱が洞窟に響く。
《ライトエンハンス》――身体能力を底上げする支援魔法。
杖の先が光を放ち、魔法陣が広がる。
光が怜を包み、筋肉が反応する。
体が軽くなり、世界が鮮明に見える。
(……これが、支援魔法の効果か)
怜は再び踏み込む。
尾の動きを見切り、光を反射する鱗の隙間を狙う。
一閃――刃がわずかに食い込む。だが浅い。
「効いている……けど、まだ足りない」
ストーンリザードが唸り声を上げ、尾を叩きつけた。
怜は身をひねって回避する。地面がえぐれ、砂礫が舞った。
反撃の隙を探すが、巨体は止まらない。
(タイミングをずらしてる……こいつ、学習してるのか?)
怜は低く身を伏せ、直前で横へ転がった。
灼熱の蒸気が頬をかすめ、皮膚が焼けるように熱い。
息が荒くなる。視界が揺れる。
「怜さんっ!」
アリシアの声が響く。すぐに柔らかな光が包む。
ヒールの魔法。傷の痛みが引いていく。
「助かる」
立ち上がりざま、怜は息を整えた。
光を帯びた短剣を構え、再び距離を詰める。
だがリザードもすでに構えていた。尾が再び振り下ろされる。
「……遅い」
ぎりぎりでかわしながら、怜は滑るように踏み込んだ。
鱗の裂け目、わずかな隙を狙い――一撃。
硬い手応え。血が滲む。
だが完全には通らない。
尾が再度振り上げられ、怜はバックステップで距離を取る。
呼吸が荒い。だが、視線は逸らさない。
動きを読む。鱗の繋ぎ目――そこが唯一の弱点。
怜は地を蹴り、一気に距離を詰めた。
尾が唸る。地面が砕ける。
だが、その軌道のわずか外側をすり抜け、鱗の隙間へ短剣を突き立てた。
一撃、二撃――そして三撃目。
刃が深く沈み、赤黒い血が噴き出した。
ストーンリザードが咆哮を上げる。
洞窟全体が震え、岩が崩れ落ちる。
怜はとっさに身を引いたが、石片が肩をかすめた。
痛みをこらえ、最後の一撃を放つ。
「これで――終わりだ」
跳び上がり、心臓の位置に渾身の突きを叩き込む。
短剣が根元まで沈み込んだ。
巨体がびくりと痙攣し、ゆっくりと崩れ落ちる。
息を切らせた怜の頬を、温かい風が撫でた。
光の粒が立ち昇り、洞窟を淡く照らす。
「……倒したか」
「すごい……ほんとに、倒しちゃいましたね……!」
アリシアが笑みを浮かべた。
腕が少し震えている。だが、確かに勝った。
「……私、お役に立てましたか?」
「あぁ…命の恩人だ。」
短くそう告げると、彼女は小さく笑った。
その背後――岩の裂け目に、淡い青の光が滲んでいた。
近づくと、それは鉱石の群れだった。
“青金鉱”――目的の素材だ。
怜は短剣を収め、静かに言う。
「これで、冒険の目的は達成だな」
アリシアは息をつき、明るく微笑んだ。
「……はい!」
青金鉱を持って、二人は鉱山を後にした。




