第4話 鉱山への道
朝靄の村の外れ。
腰の短剣を確かめ、荷を最小限にまとめた。
冷たい風が頬を撫でる。出発するにはちょうどいい時間だ。
背後から、軽い足音が近づいてくる。
「怜さん!」
振り向くと、白いローブを羽織ったアリシアが息を弾ませて立っていた。
手には杖と、小さな薬草袋。
「……何のつもりだ」
「鉱山に行くって聞きました。私も連れていってください」
「やめておけ。遊びで行くような場所じゃない」
アリシアは唇を噛み、まっすぐこちらを見上げてくる。
「それでも行きたいんです。
この村から出たことがなくて……一度でいいから、“冒険”をしてみたいんです」
「遊びじゃない。死ぬかもしれない」
「……分かってます。でも、この村にずっと閉じこもってる人生なんて嫌なんです」
杖を握り直し、少しだけ声の調子が変わる。
「私、ヒールだけじゃなく支援魔法も使えます。
戦いの場なら、少しは力になれるはずです」
「……バフも使えるのか」
バフ持ちのヒーラー。確かに、サポート職としては貴重だ。
それに、今の自分はまだ一人では戦力が足りない。
理屈で考えれば、同行を拒む理由は――ない。
「それに、まだお礼をできてません。今度は私が手伝わせてください」
短い沈黙。
腰の短剣を軽く叩き、言葉を絞る。
「……ついてこい」
「はいっ! ありがとうございます!」
***
山道は、森よりも荒れていた。
岩肌がむき出しで、風が土埃を巻き上げている。
足を取られぬよう慎重に歩きながら、周囲に視線を走らせる。
「思ったより……静かですね」
その瞬間――山の奥から、低い唸り声が響いた。
短剣を抜く。
灰色の毛並み、血走った目。
森で見た魔物より一回り大きい狼が、牙をむき出しにしていた。
「下がっていろ」
次の瞬間、狼が跳びかかる。
その勢いをいなして、喉を一直線に狙う。
刃が走り、狼は一瞬で崩れ落ちた。
(……これが、バルドの短剣か)
この世界に来てから、初めてまともな武器を握った。
《WARLDS》で使い慣れた短剣と同じ感覚。
刃の重みも、振り抜きの感触も、思った以上に馴染む。
そのまま数体の魔物を斬り伏せながら、山道を進んだ。
「怜さんって、本当に強いですね!」
アリシアの声に、肩越しに返す。
「バルドの短剣の切れ味がいいんだ。
前までは、こんなに簡単に森は抜けられなかった」
それは本心だった。
手にした武器が違うだけで、世界の見え方まで変わる。
短剣を払って血を落とし、視線を前へ戻す。
いよいよ、鉱山の入り口が見えてきた。
山の空気は重く、奥から湿った風が吹き抜ける。
……その風には、鉄のような匂いが混じっていた。
鉱山の入口は黒く口を開け、奥がまったく見えない。
空気の流れが、不自然に吸い込まれていく。
「……ここ、本当に入るんですか?」
アリシアの声は、わずかに震えていた。
怜は短く答える。
「ああ。素材を取るなら、奥まで行くしかない。
恐怖を感じるなら、ここで引き返したほうがいい」
「いえ、せっかくここまで来たんです。
それに私は、まだ怜さんの後ろにいるだけで――何もできていない。
最後まで、ついていきます」
アリシアが杖を握り直す。
怜は一歩、暗闇に足を踏み入れた。
湿った空気が肌を這い、足音が反響する。
(……嫌な気配だ)
アリシアも前を向いている。もう引き返す理由はない。
この先に、“青金鉱”がある。
ここからが――本番だ。




