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第3話 村と鍛冶師

森を進む。

木々が高く伸び、昼でも薄暗い。

モンスターの気配はなく、足音だけが響いていた。


「この森、広いな。どこまで続いてるんだ?」


「村まではもう少しです。でも、初めての人には長く感じるかもしれません」


アリシアは慣れた足取りで前を歩いていた。

たまに振り返っては、迷わないように手で方向を示してくれる。


「そういえば、あなたの名前をまだ聞いてませんでした」


「怜だ」


「レイさん、ですね。……いい名前です」


アリシアは柔らかく笑い、少しだけ歩調を落とした。


「最近は森にモンスターも増えてきて、薬草を集めるのも一苦労なんです」


「普段から一人で薬草を採ってるのか?」


「はい。実は……冒険に憧れていて。今日はちょっと、いつもより深く入りすぎちゃいました」


「なので本当に助かりました。レイさんは私の命の恩人です」


彼女の素直な笑顔に、思わず視線を逸らす。


「たまたま通りかかっただけだ。気にするな」


たわいない会話の先――森の奥の光が、少しずつ強くなっていく。


「……もうすぐ村が見えますよ」


森を抜けると、視界が一気に開けた。

木々の隙間から差し込む光の先に、小さな家々が並んでいる。

畑の緑、家畜の鳴き声、煙を上げる煙突。

素朴で静かな村だった。


「ここが……」


「私の村です。家に案内しますね」


アリシアの後をついていくと、村で一番大きな家にたどり着いた。

家の前では、白髪混じりの男――アリシアの父親が出迎えてくれた。

彼女が森での出来事を話すと、男は深く頷き、こちらを見た。


「旅の途中なのだろう?」


アリシアの父は、穏やかな目で笑った。

「好きなだけ村で休んでくれ。娘を助けてくれた礼だ」


ちょうどいい。

もともと情報を集めるつもりだった俺にとって、それは渡りに船だった。


村を歩き、住人たちから話を聞いていく。


魔物の呼び方、季節の移ろい、街道の位置。

そして――誰も「レベル」も「スキル」も口にしない。


(……やっぱり、俺だけか。ウィンドウが見えるのは)


ここでは、強さを数値で測る発想そのものが存在しない。

世界がゲームに似ていながら、決定的に違う。


すっかり暗くなり、アリシアに誘われて食卓を囲んだ。

アリシアの父と母、そして俺。

転移前なら、誰かとこうして食事をするなんて考えもしなかった。


温かい料理と穏やかな会話が続く。

ふと、俺は話題を切り出した。


「そういえば、武器を手に入れる方法ってあるか?」


アリシアと父親が顔を見合わせる。

少し困ったような表情だ。


「ないわけじゃないが……」

「昔、王宮で鍛えていたバルドっていう凄腕の鍛冶屋がこの村に隠居している。

 だが、もう何年も武器を作っていないな」


「もしかしたら作ってくれるかもしれんが、気難しい男だ」


鍛冶屋――それなら都合がいい。


「ちょっと会ってくる」


食事を終えるとすぐ、教えてもらった場所へ向かった。


***


村外れに古びた工房があった。

煤で黒く染まった壁、焦げた炭の匂い。

奥では、老人が小さな鉄屑を磨いている。


「こんなところに人が来るとはな。用件は?」


背中を向けたまま、ぶっきらぼうな声。

俺は正面に回り、単刀直入に言った。


「凄腕の鍛冶師がいると聞いてきた。武器を一本、作ってほしい」


ピクリと肩が動く。

だが老人は振り返らず、手にした鉄片を無造作に投げた。

乾いた音が響く。


「帰れ。遊び半分の注文なんざ受けねぇ」


「遊びじゃない。本気で必要なんだ」


「だったら、もっとマシなところへ行け。

 この村じゃ、もう何も作れねぇ」


「……何も?」


ようやく振り返った老人――バルドは、深い皺の奥でこちらを見据えた。


「素材がねぇんだ。

 昔はこの辺の鉱山で鉄を掘ってたが、今じゃ魔物の巣だ。

 鉄も石炭も入ってこねぇ。打ちたくても打てねぇ」


炉がぱち、と鳴った。

バルドはその火を見つめたまま、吐き捨てるように言う。


「もう何年も、まともな鉄を触っちゃいねぇ。

 “凄腕”なんざ、過去の話だ」


沈黙が落ちた。

だが、俺はその言葉の奥に――まだ燃えている火を感じた。


「つまり、素材があれば……まだ打てるんだな?」


「……あぁ。だが鉱山は危険すぎる。村の奴らは誰も近づかん」


「じゃあ、俺が行く」


「はぁ?」

バルドは鼻で笑った。


「鉱山には森より危険な魔物がいる。

 お前みたいな若造が行ったところで、肉の骨も残らん」


「問題ない。素材を取ってきたら、武器を一本作ってくれ。それでどうだ」


その言葉に、バルドの表情が一瞬だけ変わった。

半ば呆れ、半ば興味を持ったような顔。


「……ほう。命知らずか、自信家か……」


棚の奥から布に包まれた何かを取り出し、机に置く。


「じゃあ、試してみろ」


「試す?」


布を解くと、短刀が現れた。


「残ってた最後の鉄で打ったやつだ。

 リーチは短ぇが、今この村でまともに使えるのはそれだけだ」


素材はあまりよくないが、職人の腕でカバーされており、芯は通っている。

握ると、重心が少し前寄りで突き寄りの設計だと分かる。


「そこの藁人形を斬ってみろ。

 その刃で“何ができるか”見せてみな」


視線の先には、練習用の人型藁があった。

怜は短刀を抜き、軽く構える。


「……短剣か。懐かしいな」


《WARLDS》では、何百回もこの武器で戦ってきた。

刃の角度、間合い、重心の取り方。すべて、体が覚えている。


息を吸い、足を半歩引く。

次の瞬間、風が切れた。


藁人形が、音もなく真っ二つに裂けた。


残った藁の切断面は、驚くほど滑らかだった。


「……短刀で、真っ二つだと?」


バルドの目がわずかに見開かれた。

すぐに、驚きを押し隠すように口の端を上げる。


「おもしれぇ。見かけによらず、やるじゃねぇか」


「これで信じてもらえたか?」


「まぁな。……いいだろう。その武器は選別だ、持っていけ」


少し驚いた。職人の“最後の鉄”で打ったものを、見知らぬ若者に渡すとは思っていなかった。

だが、まともな武器を持っていなかった俺にとっては、これ以上ない贈り物だ。

これで戦闘の効率は格段に上がる。


「…助かる。それで素材は何を持ってくればいい」


「鉄でも打てるが……できれば“青金鉱あおがねこう”だ。

 青みがかった粘りのある鉱石で、王宮でも重宝された。

 そいつさえあれば、俺が最高の一本を打ってやる」


「俺はバルドだ。……名は?」


怜は短刀を軽く回し、鞘に収めた。


れい


バルドはふっと笑い、手を止める。


「無茶はするなよ。

 お前みたいな奴、嫌いじゃねぇ」


背後で炉の火が、ぱちりと音を立てる。


その音はまるで、再び“鉄を打つ日”を待ち望んでいるようだった。

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