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第11話 依頼の始まり

翌朝、宿屋を出た瞬間、冷たい空気が肺に刺さった。

アリシアは胸元の紐――昨夜もらったばかりのギルド札を、無意識に指でなぞっている。


「……怜さん」


「なんだ」


少し迷ってから、アリシアが言った。


「昨日の試合、すごかったですね。ギルドマスターに勝つなんて……」


「勝ったのは最後の一手だけだ」


俺は歩きながら、背負い紐の位置を直す。


「盾が厄介だった。あれは防ぐだけじゃなく、相手の踏み込みをずらしてくる」


「踏み込みを……ずらす?」


「刃を通したい場所に入った瞬間、足が半歩流される。そこに槌が来る。普通にやると、ずっと相手の土俵だ」


アリシアは少し眉を寄せた。


「そんなの、分かるんですか……?」


「分かる。二回やられたら癖が見える。三回目で確信した」


「怜さんは凄いです……それでも、あんな大勢の前でいきなり戦うのは……」


声が小さくなる。


「怖かったです。みんなの目が、怜さんに集まって……」


そう言って、アリシアは一度だけ唇を噛んだ。

昨日のギルドの空気が、今さら遅れて刺さってきたみたいに。



「私、あの場で何もできなかったです。止めることも、助けることも。

ただ……怜さんの背中を見て、固まってました」


「……」


否定できない。実際、杖を握ったまま動けていなかった。


アリシアが胸の前で木札をぎゅっと握り直す。指先が白くなる。


「怜さんは、私が怖がってたの、気づいてました?」


「……気づいてた」


「なら」


アリシアは一歩だけ距離を詰めた。声は大きくないのに、逃げ道がない。


「何か言うこと、ないですか」


足が止まりかけて、俺は視線を前に戻す。


「……悪かった」


「それだけですか」


「……」


「怜さんって、強いです。でも、強いからって――全部ひとりで決めちゃうのは、ずるいです」


ずるい。

その言葉が、胸に引っかかった。


アリシアは木札から手を離して、深く息を吐いた。


「怜さん」


「なんだ」


「私、足手まといにはなりたくないです。だから――勝手に決めないでください」


「……分かった」


返事は短い。だが、これは約束の類いだ。


城門が近づいてくる。街の音が少しずつ遠ざかり、冷たい風が道の匂いを運んできた。


アリシアが小さく笑う。


「じゃあ、約束ですよ。今日の依頼も2人で頑張りましょう」


「あぁ」


二人で門を抜け、旧街道へ向けて歩き出す。


***


道なりに進むと、石畳が途切れて土の道に変わる。街道の脇には霜の残る草。遠くに森。風が乾いている。


「道、こっちで合ってるよな」


アリシアが前を見たまま頷く。


「はい。北東の旧街道です。今は通る人も少ないって聞きました」


「荷馬車が潰されてるからな」


「……はい」


会話が途切れる。沈黙の中で、鎌の刃が背中で小さく揺れた。


少し歩くと、道脇に倒れた木の杭が見えた。通行止めの印だ。粗末な縄が張られ、半分切れて垂れている。


その先、草むらが不自然に踏み荒らされていた。


「……ここから、もう?」


アリシアが声を落とす。俺は頷いた。


道から外れ、脇の斜面を数歩降りる。そこで初めて、臭いが来た。鉄と、土と、乾いた血。


倒れているのは荷車の残骸だった。車輪が潰れている。板が裂け、荷台は押しつぶされたみたいに歪んでいた。


「……ひどい」


アリシアの声が震えた。


「護衛が二人……って」


「ここがその現場とは限らない」


俺は荷車の側面に手を当てる。割れ方が雑だ。刃物じゃない。

叩き潰しでもない。――“重いものが勢いで当たって”壊れた傷。


そして地面。土がえぐれている。何かを引きずった跡が草を寝かせて続いていた。


「……持っていけるものは」


俺が言いかけたところで、アリシアがしゃがみ込んだ。


「これ……布です。護衛の人の……?」


端が裂けたマントの欠片。乾いた赤がこびりついている。


アリシアが顔を上げる。泣きそうな顔じゃない。怒っている顔でもない。

ただ、現実を見た目だ。


「……冒険って、楽しいって言いましたよね。」


「言ったな」


「……ごめんなさい。軽かったです」


「……」


アリシアは布切れを袋に入れた。手が少し震えている。


「……怜さん」


「ん」


「私、今日は弱腰になりません。最後まで前向きにやります」


「無理はするな」


「……はい。でも、逃げません」


旧街道はさらに荒れていく。石畳が割れ、草が生え、道そのものが古い傷みたいだった。


やがて低い谷に差しかかる。そこに――古びた石橋が見えた。


橋の手前、道が黒く汚れている。

そして、もう一台。


潰れた荷車が、橋の入口を半分塞いでいた。


俺は足を止める。アリシアも息を飲む。


(……ここだ)


風が、橋の下から吹き上げた。冷たいのに、どこか生臭い。


「……行くぞ」


「はい」


二人で、橋へ向かった。

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