第10話 最初の依頼
ジークの視線が落ちる。背中が空く。
その瞬間、盾の死角を使い裏へ回り込んで首筋へ鎌を突きつけた。
――静寂。
ジークの喉が鳴る。
それから、ゆっくり両手が上がった。
「……参った。完敗だ」
槌を下ろし、両手を軽く上げた。
「新人――いや、怜。お前、強いな」
ジークが満足そうに言った。
周囲が一気にざわめいた。
「……今の、首に届いてたよな」
「盾の裏、いつ回った?」
「マスターが負けたぞ……」
柵の外から飛ぶ声は、さっきまでの冷やかしとは違った。驚きと、戸惑いと、少しの敬意。
ジークは槌を下ろしたまま、ゆっくり息を吐く。
それから首筋に当てられていた刃先を見て、苦笑した。
俺は鎌を引き、背に戻す。
刃が離れた途端、張り詰めていた空気が一気にほどけた。
「で、どうするんだい?」
受付が腕を組み、柵の外から声を張った。
ジークは振り返り、肩をすくめる。
「どうするもこうするもねぇだろ。……こいつは本物だ」
ざわめきが再び大きくなる。
受付は眉を上げたまま、俺を見る。
「ストーンリザード討伐。嘘じゃないってわけだね」
「嘘をつく理由がない」
「理由はあるよ。見栄、虚勢、盛り。新人は大体それだ」
きっぱり言って、受付は一拍置いた。
「けど――うちのマスターを打ち負かしたんだ。これ以上の証明はない」
アリシアが胸の前で手を握りしめていた。
息を止めていたのか、ほっとしたように肩が落ちる。
「よかった……」
ジークが俺を見た。もう最初の軽さはない。
けれど、目だけは妙に楽しそうだった。
「怜。お前、どこでその動きを覚えた?」
「独学だ」
「はは。便利な言葉だな」
笑ってはいるが、軽口ではない。
「これ以上は踏み込まない」と線を引く笑いだ。
受付がカウンターを指で叩く。
「じゃあ登録だ。まずはF……って言いたいところだけどね」
ざわめきが、また一段上がる。
「マスター。どうすんのさ」
ジークは少し考える素振りをして、ふっと笑った。
「……権限でいける」
受付の目が細くなる。
「また勝手にやる気かい」
「勝手じゃねぇ。支部長権限だ」
ジークは俺に向き直り、軽く親指で自分の胸を指した。
「怜。お前、今日からDでいい。特例でな」
ざわめきが爆ぜた。
「Dだと……?」
「新人で?」
「いや、でも今の見たろ……」
アリシアが驚いた顔で俺を見る。
だが俺は、首を横に振った。
「いらない」
ジークが目を丸くした。
「……は?」
「実績が必要なんだろ」
淡々と告げると、周囲がさらに静まった。
俺は続ける。
「俺はアリシアと2人でFからでいい。ランクは実績を積んで上げていく」
ジークはしばらく黙って俺を見ていた。
次に、口元だけで笑う。
「……なるほどな。そういうタイプか」
ジークは肩を回し、槌を腰に戻す。
さっきの軽さは消えていた。
「分かった。Fで登録する。――ただし」
ジークの目が少し鋭くなる。
「Fのまま“D相当の依頼”は振れる。早く実績を積めばいいだけだ」
受付が呆れたように言う。
「結局、危ないの回す気じゃないかい」
「実績を欲しがってるんだろ。なら一番早い道を用意する」
ジークは俺を見て、短く言った。
「嫌なら断れ。強制はしねぇ」
俺はアリシアの方を見て即答した。
「受ける」
「……受けます」
ジークは満足げに頷いた。
「2人とも即答か。よし。じゃあ登録の続きだ」
***
手続きが終わると、受付は木札を二つ置いた。
「これがギルド札。失くしたら再発行は有料。覚えときな」
アリシアが恐る恐る受け取り、胸に抱えた。
「……はい」
俺も木札を手に取る。軽い。
だが、これでこの街で“冒険者”として動ける。
ジークが掲示板から一枚、紙を剥がして持ってきた。
端が汚れている。誰も取りたがらない類いの依頼だ。
「お前らに丁度いい。街道の外れで荷馬車が何台も潰されてる」
受付が露骨に嫌な顔をする。
「マスター、それはまだ早いんじゃないか」
「こいつらなら大丈夫だろ」
受付はため息をついて、依頼書を開いた。
「……内容、読むよ」
――《街道襲撃:通行不能区間の原因調査》
声の温度が落ちる。
「レーベン北東、旧街道“石橋”付近。ここ一週間で荷馬車が四台。護衛が二名やられてる」
アリシアの肩が跳ねた。
「……やられてる、って」
受付は依頼書を指で叩く。
「荷台が潰されて、馬は逃げて、生き残った連中は口を揃えて言う。“何が来たか分からない”ってね。
見えたって奴もいるけど、全員言ってることが違う。暗い、速い、重い、音だけした――」
ジークが口を挟んだ。
「つまり、正体不明。対策不能。だから街道が止まってる」
受付が頷く。
「うん。目的は単純。原因を突き止める。
何が、どうやって、荷台を潰して、人を殺したのか。ギルドが納得できる“証拠”を持ち帰る」
「証拠って、具体的には?」
「足跡、体毛、血、粘液、魔力の痕、現場の傷。目撃が取れればそれでもいい。
とにかく“推測”じゃなく“根拠”」
受付は一拍置いて、ジークを見る。
「……で。マスターが勝手に難度をDにしてある」
周囲がざわつく。新人にD相当。普通ならあり得ない。
ジークが両手を上げた。
「勝手じゃねぇ。暫定だ。危険度が読めないからな」
受付が補足する。
「D“相当”ってだけ。正体次第じゃ、もっと上でも全然あり得る。
だからこれは“調査”だけど、調査で死ぬタイプの依頼だよ」
アリシアが唇を噛む。
俺は依頼書の地図を見る。石橋。旧街道。
「撤退条件は?」
「いい質問だね」
受付は即答した。
「現場で“これは無理”って思ったら引け。証拠だけ拾って帰れ」
ジークが、冗談抜きの声で言う。
「怜。アリシア。
お前らはFで登録した。守るべきはまず“実績”じゃなく“命”だ。……ただし」
視線が俺の鎌に落ちる。
「やるなら早い。原因を掴めば一気に実績になる」
俺は頷いた。
「任せておけ」
アリシアも小さく頷く。
受付が羽根ペンを取った。
紙の上で、ためらいなく線を走らせる。
「よし。じゃあ決まりだね」
依頼書の下段――受注者欄に、二つの名前。
「あんたたちの名前、書いといたよ」
顔を上げる。言い方はいつも通り淡々としてるのに、目だけが少しだけ真剣だ。
「今回は調査。無理だと思ったら引き返しな。証拠なんて捨てていい」
俺は頷き、依頼書を受け取った。




