第1話 最速の男
勝つことだけが、俺の存在理由だった。
誰かと協力するのは性に合わなかった。
自分の手で考え、自分の判断で勝つ。
間違っても、成功しても、すべては自分の責任。
それが一番、楽だった。
俺がプレイしている《WARLDS》は、世界で最も有名なMMORPGだ。
数百万人が日々ログインし、種族同士が領地を奪い合っている。
その中で俺は、エルフ族の短剣士として“最速”で知られ、
プレイヤーたちから**“死神”**の異名で呼ばれていた。
防御も魔法も、すべて切り捨てた。
速さだけに全てを注いだ。
反応、回避、致死タイミング――勝負を決めるのは、いつだって速度だ。
今日は、その《WARLDS》で一対一の最強を決める大会の日だった。
対面の相手は巨体の戦士。
全身を鎧で覆い、攻撃も耐久も化け物じみている。
だが、遅い。
カウントが始まる。
五、四、三――。
心臓の音が静寂に吸い込まれる。
相手の呼吸、肩の揺れ、武器の重心。
全部見える。
ゼロ。
最初に動いたのは、俺だった。
足裏で空気を掴むように滑り込み、右斜め下から切り上げる。
金属が鳴り、火花が散る。
反撃を読む。盾の角度、肘の軌道、筋肉の伸び。
二撃目をわざと遅らせ、三撃目で仕留める。
閃光が走り、視界が白く弾けた。
観客の歓声が遠くで響く。
だが、音はもう耳に届かない。
鼓動だけが、確かに聞こえていた。
勝った。
画面には勝利の文字。
これで――俺は、この世界で最速だ。
椅子に背を預け、深く息を吐く。
チャット欄が「GG」で埋まり、通知音が途切れなく鳴る。
「……やっと、終わったな」
これで“殿堂入りプレイヤー”の仲間入りだ。
「これで、俺の名前も――」
言いかけて、マウスが止まった。
ポインタが動かない。
クリックしても反応がない。
画面の光がわずかに揺れ、黒地の中に白い文字が浮かび上がった。
『お主のような強者を求めていた。
ようこそ――本当の戦場へ。』
「……は?」
反射的にキーボードに手を伸ばした。
それが、最後の動作だった。
******
どれくらい時間が経ったのか、分からない。
目を開けると、見知らぬ森が広がっていた。
木々の匂い、湿った土の感触。
頭の奥がズキズキする。
鳥の鳴き声、風のざわめき。
……ここは森だ。
「……どこだよ、ここ」
ゆっくり体を起こす。
夢にしては、あまりに感覚が鮮明だ。
けれど現実にしては、説明がつかない。
足元の草が揺れた。
何かが動く。
半透明の、ぷるりとした塊。
丸く、湿った音を立てて跳ねている。
「……生き物、か?」
見覚えがある気がした。
だが記憶の中のそれは、もっと単純で、作りものだった。
その生き物が跳ねる。
反射的に身を引き、背中が木にぶつかる。
「待て……」
呼吸が乱れる。
脳が動きを分析しようとしていた。
跳ねる高さ、軌道、間合い。
……やるしかない。
近くに落ちていた枝を拾う。
重心を確かめる。
相手が再び跳ねた瞬間、横薙ぎに払う。
ぐしゃりと嫌な音。
体液が弾け、地面に散る。
もう一度突き刺す。
半透明の核が砕けた。
静寂。
呼吸が荒い。
腕が震える。
それでも、確かに倒した。
その瞬間、視界に淡い光が現れた。
空中に、青白い板が浮かんでいる。
【LEVEL UP】
【スキルを獲得しました】
その文字が、やけに現実的だった。
指先を伸ばすと、表面がわずかにたわむ。
空気じゃない。
硬くて、冷たい。
ガラスの膜のような感触。
【スキル:死神の加護】
「……死神?」
死神――それは《WARLDS》での俺の異名だ。
しかも、倒したこの“敵”にも覚えがある。
俺のやっていたゲームの世界。
そこに出てきたものと、同じだ。
「……まさか、ここは……」
言葉が喉で止まる。
荒い息だけが残った。
考える。
この森、空気、戦い、そして今の表示。
どれも、現実の常識では説明できない。
「……人を探そう」
呟いて立ち上がる。
考えていても答えは出ない。
なら、動くしかない。
枝を握り直し、森の奥へまっすぐ歩き出した。




