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第3話 明日

 姉さんは俺を見つけると、言葉を発するよりも先に突っ込むようにして胸に飛び込んできた。




「少しこのままでいさせて」




 そう胸に顔をうずめながら姉さんは言った。




「どれだけ心配掛けたと思ってるの? もしかしたらこのまま帰ってこないんじゃって、すっごく怖かったのよっ……!」




 姉さんの服を握る手は震えており、次第に胸を濡らす温もりが広がっていった。



 それから事情の説明をさせられて、物凄く怒られた。

 その途中で、自分まで泣けてきちゃって、結局穂乃香を交えた三人で大泣きした。




「──何も言わず、紙切れだけ遺して私の前からいなくなろうとしないでっ……! 約束して、もう二度とこんなことしないって」




 みんなに泣かれて、ようやく気付いた。



 自分がいかに馬鹿な事をしたのか。自暴自棄になっていたのか。



 もっと早く皆に打ち明けていればよかったって、そう思えた。




※三人称視点




 篤志の一件から二週間が経とうとしていた頃、とある一通の電話が厚科家に入った。




「厚科篤志さんのお宅で間違いないでしょうか? 実は大変申し上げにくいのですが──」




 電話の相手は警察であり、その内容は姫菜の両親が詐欺の容疑で身柄を拘束されたことだった。



 事の発端は井上夫妻の娘である天使にあざがあるのを小学校の教職員が見つけ、虐待が発覚し、その際に姫菜が情報を供与したことで事件の詳細が明るみになった。



 あの日篤志にかけられた冤罪は慰謝料目的で娘にある姫菜に半ば強要に近い命令し、起こさせたものだというのだ。

 それを本人である姫菜と妹の天使が認めており、篤志が無罪だと証言したらしい。



 そして、似たような手口で他の冤罪事件を起こしており、そちらの方は被害者から被害届が出されているのだという。




「もしもし? 厚科さん?」




 篤志の母から受話器が滑り落ち、後悔と絶望感に襲われてみるみると顔を青白くさせていく。



 この件はテレビにも取り上げられ、連日のように報道されていた。



 被害者の中には高校生である篤志が含まれていると言うこともあり、世間でも大きな反響を生んだ。



 恐る恐る息子の顔を見ると、そこには姉に抱き締められて共に喜びあっている姿があった。



 それを見た篤志の母は、本来なら娘と共に息子の無罪を喜ぶべきはずなのに、素直にすることが出来ない自分に対し、自己嫌悪に陥るのだった。







「厚科って無実だったってマジ? そしたら俺らヤバくね?」



「そんな、井上さんが私達を騙してたっていうの?」




 例の一件は学校にも既に知れ渡っており、篤志への虐めに加担した生徒らの混乱が広まっていた。




「おいこれ何かヤバくね?」




 そう一人の男子生徒が林にSNSの画面を開いたスマホを見せる。



 そこにはいじめ告発、拡散希望といったハッシュタグと一緒に、とある画像が添えられていた。



 それは、篤志に暴行を加えるなどの虐めを撮影した動画であり、過去に投稿したものの炎上したためすぐに削除したものだった。




「消したはずなのになんでっ……! ああもうクソ、どうなってんだよ!」




 この虐めの動画も、一連の冤罪事件と関係があることで益々炎上していき、その勢いは止まることを知らなかった。



 虐めの噂は林の両親にも入ってきたため、林は家で事実確認をさせられていた。




「だから軽くだって。冗談のつもりで、ちょっとからかっただけだっての。全然本気じゃなかったし、ほんとふざけてだだけなんだって」




 話の途中でへらへらと笑うといったまるで反省の色が無い林に、母親が平手打ちをする。



 パンと乾いた音がなり、林は理解できずに呆然としていた。




「あなた、何したかわかってるの? 軽い気持ちだったとしても、相手が傷付いたらそれはいじめなのよ! ましてや、足で蹴ったりするなんて……」




 母親は頭を抱え、ブツブツと呟きだす。




「篤志君にはなんて謝ればいいか。もし傷なんて残ってでもしたら」




 異常なまでに怯える母親を前に、林も徐々に事の大きさを理解し始める──




「本当に申し訳ございませんでした!」




 目の前で深々と頭を下げる金髪の少年と、その両親に篤志の母は複雑な思いで立っていた。




「まあ本人もこの通り反省してますし、こんなことが二度と起きないようにしますから」




 そう事を荒立てまいと丸く納めようとする担任の矢幡に、篤志の母は不信感を覚えずにはいられなかった。



 結局、騒動は学校側が記者会見を開くまでに大きくなり、林や虐めに深く関わった生徒らは表向きには自主退学という形で、校舎を去ることとなった。



 しかし、例え虐め問題が解決したところで冤罪事件の残した爪痕は深く、厚科家の家庭環境の修復は絶望的だった。



 自分の行いをいくら後悔したところで、どうしようもなく、篤志の母は途方に暮れる日々を送っていた。



 息子が一番辛い時期に、誰よりも寄り添ってあげなければならない自分が、あろうことか逆に追い詰めてしまったのだ。




「ううう。あああああ」




 こうして時折、自責の念に耐えられなくなっては断末魔のような声をあげるのだった。




※一人称視点(姫菜)




 事の始まりは、篤志君にファミレスで御馳走してもらった時だった。



 その日はバイトのシフトが休みだったので、10歳になる妹の天使と近所の公園で遊んであげていた。

 そこへたまたま部活終わりの篤志君が通り掛かり、腹を空かせた妹を不憫に思ってかファミレスで御馳走してくれる事になったのだ。



 うちの家は貧乏で、決して裕福とは言えなかった。交際関係というのもあり、それを知っていた篤志君はときどき、こうして私達に食事を振る舞ってくれる。



 バイト代を稼いでも、全てお父さんとお母さんの散財に消えるので手元には残らない。

 ご飯がまともに食べれない日がざらにある日常の中で、篤志君の存在はとても頼もしく、ありがたかった。



 だけど、あの日。篤志君が冤罪を掛けられる三日前の夕食で、天使の放った一言が全てを変えてしまった。



 親の耳に入れば録な事にならないと、妹と篤志君に御馳走してもらった話はしないよう禁止にしていたのだが、うっかり口を滑らせてしまったのだ。

 それも、篤志君のお家が比較的裕福だと言うことも妹が聞かれるがまま漏らしてしまい、両親の興味を引いてしまった。



 元から素行が悪く、人を平気で騙したりするような人達だ。

 当然、両親は篤志君の事をいい鴨だと認識し、何とかお金を騙しとれないか企み始めた。



 そこで、持ち上がったのが誘拐未遂による冤罪だ。

 私が篤志君を天使の元へ誘きだして、誘拐しようとした濡れ衣を着せる。



 もちろん、私はそんなことやりたくなかった。



 だけど、日常的な虐待が蔓延しているこの家で、両親に逆らおうものなら暴力を振るわれるのは当たり前だった。



 私は耐えることができるからいいけど、天使にその矛先が向くのが怖かった。



 ──結局、私は篤志君を裏切ってしまった。




「よくやったな」




 そうお父さんは私の頭に手を乗せた。



 目論み通り、篤志君のお家からお金を騙し取って、お父さんとお母さんはとても嬉しそうに騒いでいた。




「わた……私はっ……!」




 罪悪感で押し潰されそうだった。すぐに自身の行いを後悔したけど、もう取り返しなどつかない所まで来ていた。




「井上さん、大丈夫?」




 学校に行くと、クラスメイトの皆が優しく接してくれた。




 それが、私には苦痛でしかなかった。




「厚科のヤツ、マジで許せねぇよな」



「私、井上さんの為なら何でも協力するから、困ったことがあったら言ってね!」



「ありがとう皆。けど、大丈夫だから……」




 クラスの皆を宥めようとするが、その声は届くことはなかった。




「あいつ懲らしめた方がよくない? きっとまた妹ちゃんの事狙ってるでしょ」



「そうだ、俺らの井上さんとその妹ちゃんを泣かせたらどうなるか思い知らせてやろうぜ!」




 それどころか、勝手にどんどんエスカレートしていく周りの皆に私は恐怖を感じた。



 それから篤志君への虐めが始まった。



 目も当てられないような光景に、私は堪らず顔を背けてしまった。

 その度に謝罪の言葉を何度も並べては、耳を塞いだ。



 その気持ちは、篤志君の冤罪が晴れた後でも変わらない。



 合わせる顔がないのは分かってる。だけど、どうしても謝りたくて。



 両親が捕まった今、私と妹は祖父母の家へ引き取られることになっている。

 そしたら、もう謝る機会なんてないかもしれない。



 だから、私は篤志君の家へと足を進めた──




「何しに来たんですか?」




 そう問い詰めるようにこちらを睨む黒髪の少女は、篤志君の幼馴染みである人見さんだった。




「あ、篤志君に謝りたくて」




 すると、その奥から聞き馴染みのある声がした。




「姫菜……?」




 そう呟く篤志君はひきつった顔をし、私を見る目は怯えているようだった。

 当然だ。私はそれ程の事をしたのだから、嫌われても仕方がない。



 ただ、覚悟はしていたつもりでいたけど、やっぱり心にくるものはくる。




「あのね。篤志君、私──」




 すると、途端に篤志君は口を押さえて吐き気を催した。



 突然の事に困惑していると、人見さんは篤志君の肩に手を添え介抱しながらこちらを見る。




「帰って……お願いだから帰って」



「でもっ……」



「見て分からないの? これ以上、篤志を苦しめないで! あなたのせいで篤志がどれだけ傷付いたことかっ。自ら命を断とうとするくらい追い詰められたんだよ?!」




 血が出そうな程の力を込めて手を握る人見さんに、私は気が動転して言葉が詰まる。




「ど、どういうことなの……?」




 その後、私は風の噂で事の顛末を知った。



 篤志君が自殺をしようとしていたこと。



 そして、そうさせたのは紛れもない私であることの事実に。



 雨の雫が滴る窓に手を当てると、歪んだ悔しそうな自分の顔が映る。



 篤志君に謝りたいと言って、苦しめているだけだった。



 私は篤志君ともう関わっちゃいけないんだ。



 大好きな人を苦しめた自分に殺意が沸いた。



 後悔と絶望が胸の中で渦巻く。



 痛いくらいの静寂に身動きひとつせず、時間が過ぎていく。



 誰かを求めるのは傷付くことだったのだろうか。



 二人の眩しすぎた日がこんなにも悲しい。



 あなたの香り、あなたの話し方。その鮮やかな思い出が胸を刺してゆく。



 変わってしまった。変えられなかった。



 あの時、違っていれば。あの日、君に全部告げていれば。考えても過去は変わらない。



 あの時の顔が今でも目に焼き付いている。私が篤志君に冤罪を掛けた時の。



 私の人生って一体……。



 心の支えだった篤志君さえ裏切って。



 本当に何一つ良いことなかった。やっと掴めそうだったは幸せも失った。



 離れるなら出会わなければ。そう思えるほど大人でもなく、真っ直ぐに言葉を伝えられるほど、子供でもなかった。



 生まれたて時から最悪って事……?



 私の羽じゃどこへも飛べない。



 あぁ。普通に生きたかったな……なんて。



 気付けば私は、ひとつの涙に溺れていた。

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