第8話「イブ・サンローラン」
シリアスな話は一旦今回までです。次回からはいよいよ迷宮に入ります。
いやあ、本当は頭からっぽで読めるお話がいいんですけどね。どうしてこうなっちまった(´・ω・`)
おいっす。おれの名前はイブ・サンローラン。ここ迷宮都市でしがない冒険者をしている盗賊だぞ。
まったく昨日は酷い目にあったぜ。パーティに激かわ美少年魔法使いが加わるッつーから、みんなと足並み揃えてたら、だんだんと事態が大きくなってきやがった。
おまけにあのバカは、あほみたいにバカすか煙草なんて吸いやがってよぉ。昔はちょっとでも肺に入れようもんならオヘオヘとむせ散らかしてたのになあ。
でもあいつが煙草を吸い始めるのは、決まって誰かがやらなきャいけねェ嫌な役割をするときだ。いつからそんな習慣になっちまったのかは忘れたが、その役割をおしつけてる以上、おれも文句を言う資格はねェ。そう思ってたンだが―――
「なぁなぁ、フランツさんよお。さすがにありゃねェだろ」
「だって仕方ないだろう?? 私だって怖かったんだぞ!どうして若造の私があんなプロ中のプロと張りあわにゃいかんのだ。酒たばこの力ぐらい借りさせてくれよッ」
昨日のじゅどーきつえんには文句の一つも言いたかったが、そう言われると何も言い返せなくなる。
デュポンとの交渉を終え、おれたちはいま明日の迷宮探索に向けて準備中だ。必要な品物は日中のうちに買い揃えたし、風呂も飯も終わらせた。現在は二人そろって自宅での晩酌を兼ねながら、道具のお手入れ中というわけである。
だけど、まだタールとニコチンの嫌な臭いが鼻の奥底に溜まっているような感覚がするし、気分は良くない。おいら自慢の白眉や尻尾もくすんじまうよ。
「———でもよぉ、さすがにシャルには悪いことしちゃったよなぁ」
「———そうだな。デュポンを脅す証拠動画を撮るためだったとはいえ、少年少女の純情を弄んでしまった。一定の収拾がついたいま、しっかり謝らないといけないな」
ふと、言葉が漏れ出た。おれたちは2人でシェアハウスに住んでいるが、今日はしんみりとした夜を過ごしている。
昨日はファムと一緒に三人で川の字になって寝たが、今晩はシャルの元に返してあげた。昨日の今日でさすがにあいつらも大人しくしてるだろうし、そもそもシャルが言い出したデュポンの説得をおれたちが横取りしてしまった形だ。結果的に上手くいったが、シャルにとっては色んなものをかき乱され、めちゃくちゃな心情だろう。
そりゃあ、おれたちみたいな年頃の女は当然異性に興味がある。だけど、女子だけのコミュニティも嫌いじゃないし、もちろん仲間とは上手くやりたい。ただこの数日間、ファムというイレギュラーな存在が迷い込んでしまったことで、いろんなことがあり過ぎたのだ。
そう。つまりは、だからあれだ。なんだかとても疲れたのだ。こんな夜はぶるーな気持ちになって、柄にもないことを言ってしまいがちになる。
「なあ。おいら、シャルのこと好きなんだよ」
「ああ、知ってるよ」
「......嫌われたくないんだよ」
「......どうした。まるで昔に戻ったみたいじゃないか」
フランツは作業の手を止め、目尻を下げて優しい顔でイブに向き合う。
貧民街で共に育ったイブは昔から弱々しい子であった。その地域では狐の獣人という物珍しさもあり、子供たちの間でも仲間外れにされていた彼女の手を引いたのが、他ならぬフランツであった。
貧民街のルールはとてもシンプルだった。強い奴が偉く、弱い奴が悪い。その規範を内面化して育った少年少女らは、生活に迫られて実力不相応な振る舞いをしたり、窃盗や暴力に走って早死にする。それが当たり前の環境であった。
「お前がおいらなんて言うの、久々に聞いたよ」
「あ、出ちまってたか」
イブは照れくさそうに、あははと乾いた笑みを浮かべる。普段の野蛮で粗暴な彼女とは似ても似つかない実にしおらしい姿だが、貧民街での育ちが彼女をそうさせてしまったと言える。
貧民街では弱い奴から狙われ、襲われた方が悪いのだ。彼女の横柄ないつも態度は、その内面を覆い隠すためのいわば仮面であった。
「おいらさ、時々本当の自分が分かんなくなるんだ」
「ああ。お前はよくやってるよ」
「おいら、嫌な奴になってるかな」
「いいや。お前にはいつも助けられてるよ」
「———おいら、ちゃんとみんなの役に立ってるかな」
いつになく弱気な気持ちを呟くが、フランツはおいらの頭をポンポンと撫でるとほほ笑んでくれる。
「ああ。私はお前がいてくれて良かったと思ってるよ。軍人になって、戦争があって、故郷が燃えて、この迷宮都市に来たが、イブがいなかったら私はとっくにどうにかなってたからね」
「———うん。そっか」
イブは嬉しそうに目を細めて喜ぶ。フランツは自分を悪い女だと思いつつも、彼女を抱きしめた。
さて。振り返れば今回の交渉劇、動機はファムをパーティ加入させるためであったが、結果的にデュポンを取り込み、対帝国を想定させるように動かしたのは他ならぬフランツ自身であった。
シャルロットを信頼していなかったわけではないが、実際あのアルフレッド・デュポンが娘の駄々で要望をすんなりと呑み込むだろうとは想像できなかった。
いまもこうしてパーティメンバーのことを第一に考えてはいるが、自身の復讐の目的も忘れたわけではない。使えるものは何でも使う。それがフランツ・フェルディナンドのポリシーであり、イブと同様に貧民街出身者らしく二面性を持つ人物であった。
「明日、二人でシャルロットに謝りにいこうな」
「———うん。おいらたちが悪かったって謝るよ。許してもらえるかな?」
「さあね。だけど、シャルロットは優しいからな。きっと許してもらえるさ」
涙目になりながらフランツに甘えてくるイブ。彼女はそっと背中を擦ってやる。その昔、貧民街のガキ大将にいじめられて帰ってきたイブによくしてやった仕草であった。
黙ってしおらしくしてれば、美少女なんだけどなあ。フランツは定期的に訪れるメランコリックなイブを見て、いつも思っていることを心中で反復させた。
そう。この白眉の狐少女イブ・サンローランはパーティメンバーの中で誰よりもか弱い乙女であり、優しい子である。しかし、普段の悪い子ぶった彼女の真の姿を知っているのはフランツだけであり、一見すると周囲から不仲に思われる彼女らであるが、その正体はとても奇妙な関係性を構築していた。
そんな彼女は迷宮前夜の不安な日、しばしフランツの腕のなかで嬉しそうに眠るのが大好きであり、本日も例に溺れなかったようだ。
ちなみに微妙にフランツの慰めが淡々としているのは、このやり取りが幾度となく重ねられたものであり、フランツの流し方が上手くなってきているからです。めんどくさい彼女と彼氏の共依存関係と言えるでしょう。