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第5話「ファム・ファタ―ル」

 冒険者組合は、迷宮都市ラカンで初めて設立された。その成立過程は、他都市から迷宮都市に集いし荒くれ者やならず者達が、自らの権利獲得のため団結した歴史に端を発している。現在では迷宮から高度な魔道具を持ち帰り研究・複製・技術生産を行う組織へと発展したが、当初の設立理念通り、迷宮探索を行う冒険者たちへの全面的な支援は欠かさない。

 この迷宮都市において、冒険者組合が政府から独占・参入を許可されている領域は多岐にわたる。迷宮探索の許認可・魔道具に関する研究・他都市からの依頼仲介業(他都市に支部がある)・冒険者支援(安定した衣食住環境の提供)等々である。そのため、都市の至る場所に組合施設があるが、組合のため施設やサービスを利用できるのは原則組合員に限られる。一応冒険者以外も準組合員として加盟できるが、いずれの場合も申請は本部施設でのみ受け付けており、採血・指紋登録を以て可能となる。

 なお冒険者という荒くれ者やならず者を管理するため、指紋登録を行うのは非常に合理的である。もし犯罪を犯した場合に身元の特定が容易になるうえ、この都市でライフラインを握る組合を避けて生活することは不可能であるため、生活痕跡から自ずと炙り出されて逮捕へと至るのである。

 また常に他都市から多種多様な人材流入があるこの都市では、強力な統治機能が必要となる。そこで政府は冒険者組合に目を付けた。組合に特定市場の独占権を与えるのと引き換えに、他市場への参入制限を掛けることで組合がコングロマリット化するのを防いでおり、準政府組織としてのガバナンスが可能になる。しかも、冒険者組合の特質上に多数の実力者を抱えるので、国家唯一の合法的な暴力装置としての機能が期待できる。つまり、警察機能の役割を担うのである。

 たしかに独立組織でない以上ガバナンスに一定の懐疑が残る形ではあるが、税金もかからないため市民からは一定の支持を得ているという。自由主義を掲げるこの都市らしい。


 冒険者組合本部は、迷宮ラカンの入口がある赤の広場に隣接しており、迷宮の真正面に鎮座している。本部建物はパルテノン神殿のような純白かつ重厚な建築様式が採用されており、正門の巨大柱は冒険者の無骨一辺を示唆するかのようにドーリア式を彷彿させるデザインとなっていた。

 俺たちは受付を済ませて個室へ案内されると、俺の採血と指紋登録の作業に移った。職員が手際よく処理を進めるので特別珍しいこともないが、解剖学や採血時の注射器の存在を見聞すると、この世界の文明レベルを改めて認識させられる。すなわち、近代時代の幕開けを感じるのである。元々実家で座学を受けた際に予想はしていたが、前世で流行っていた一般的なファンタジー世界とは少々異なるようだ。

 

「はい、こちらが組合章です」

「ありがとうございます」


 俺は飾り気なく銅色に輝く指輪と無骨な鎖を、職員のお兄さんから受け取った。案外簡素だなと思っていると、すぐ隣から顔を覗かせた僧侶のお姉さん、シャルロットが組合章について説明してくれる。どうやら冒険者として登録すると等級ごとに割り振られた色の指輪が渡され、それを指輪もしくはネックレスとして身に付けるようだ。ちなみに等級は、銅色<銀色<金色<白金(プラチナ)神銀(ミスリル)らしい。シャルロットが、まずは銅級だけどファムくんならすぐ昇格できるよと優しく励ましてくれる。

 

「ちなみに皆さんは何級なんですか?」


 半ば強引に加入させられたパーティであるが、道中彼らの自己紹介や説明を聞いて納得済みであるし、自分の境遇的にも感謝している。だからこそ、俺は気になって聞いてみた。


「私は銀級だよ~」


 シャルロットは僧侶服の首元を開き、銀色に輝る指輪を見せてくれる。俺は普段は隠されているだろう綺麗な首筋に少しドキッとするが、平然を装い適当な相槌を打った。


「おれらは金級だぜ」


 イブは自身とフランツを指差し、細くしなやかな指に輝く装飾付きの金ピカ指輪を見せてくれた。フランツも無言ながら白手袋を外して金色指輪を見せてくれるが、微妙に装飾が異なる。なるほど、等級が上がれば色だけでなくその個人に合わせて装飾が施されるというわけである。迷宮内で死亡した際は指輪がドッグタグ代わりになるし、登録時に採血の個人情報と紐づけされているので不正利用は不可。良く出来た仕組みだ。


「ああ、ちなみにラクラウは白金だぞ」

「ふむ。じゃが等級なんぞは何の意味もなさんぞ。踊らされて死んだ冒険者はごまんといるからのう」

  

 フランツとラクラウの掛け合いが冒険者の命の軽さを物語る。この迷宮都市で冒険者の地位が保障され、移住者や多種族にも寛容で税制も恵まれている理由は、間違いなく冒険者が危険な仕事であるからだ。全ては都市の発展のために。迷宮都市が一つの有機的構成体だとすれば、冒険者とは剰余価値を生み出す源泉であり、同時に使い潰される哀れな労働者と何も変わらないのだ。

 

「あのう、お話中すみません。最後にこちらの書面の確認をお願いします」


 等級制度について確認していると、職員のお兄さんが申し訳なさそうに一枚の書面を差し出してくる。どうやらそれはパーティ結成に関する連名書であり、既に各々の氏名が記載されている。末端には俺の氏名もあった。はて、俺は貴族家系の血筋をばらすわけにいかないので苗字を口にした覚えはないのだが、なぜかファム・ファタ―ルとフルネームで連ねられている。疑問に思い職員のお兄さんに訪ねたところ、採血した血液を用いて冒険者組合と各国行政組織が共同で管理する国際データベースにアクセスし、個人情報を引き出す魔道機械が存在するらしい。まるで国際戸籍制度だ。

 流石は迷宮都市であろう。こんなハイテクな魔道具が存在するのであれば、各国が血眼になって迷宮都市に注力し、冒険者稼業が盛んになるわけである。しかし、感嘆している俺を他所目に、一同は連名書を見て驚愕していた。


「えっ!?ファムくん、あのファタ―ル家なの?」

「マジか...」

「ほほう...ファタ―ルの血筋ときたかのぅ」

「ん?ファタ―ルって何だ?」


 若干一名にはバレてないようだったが、仲間の反応はマチマチだ。驚愕の表情を浮かべるもどこか納得して興奮しているシャルロット。得体のしれない未知の者と遭遇したように顔を強張らせるフランツ。顎鬚を触りながら目を細めて物珍しそうに眺めてくるラクラウ。そして、何も分からず首をかしげるイブ。各人各様の反応を受けるが、今後は危険な迷宮で命を預ける合うことになる仲間たちである。俺は隠し事は極力なくすべきだと思い、自分が貴族家系の生まれであって家出して迷宮都市にやってきたことを自白した。

 しかし、返ってきた反応は予想していた反応と異なった。むしろ魔法使いであることから、貴族家系であることは然程驚かず納得の代物だと。それよりもファタ―ル性であることが強烈なモメントになったようであった。俺自身はファタ―ル家について、迷宮都市ラカンに隣接する一帝国の地方貴族(辺境伯)であることしか知らないし、実家の教育でもそう教えられただけだ。そのような皆の反応を踏まえても疑問が解けずにいると、言い辛そうにシャルロットが説明してくれた。


「あのね、もしかしたら知らないかもなんだけど...ファタ―ル家はね。その、呪われた一族だって噂があってさ。世間では―――」

「代々何らかの分野で世界を変革できるほどの異才を定期的に排出するんじゃが、変わり者が多くてのう。男じゃというのに狂乱的な色好みの当主がいたり、女じゃというのに身が穢れるとのたまって終身男を拒むとか、よう分からんのじゃ。何世代かごとに大天才が生まれて、政治経済や武術魔法の分野で優れた業績を残すんじゃが大体短命で死ぬことから、悪魔に魂を売った家系とも揶揄されておるの」

「うわぁ。この人ストレートに言い切りやがりました」

 

 シャルロットの断腸の思い露知らず、ラクラウがピシャリと言う。シャルロットが口をへの字に曲げながら眉をひそめて心配そうに注視してくるが、当の本人である俺は案外素直にラクラウの言葉を吞み込んでいる。実際、実家を飛び出して外界で生活している間、何となく違和感を覚えていたことでもあった。おそらくこの世界は貞操観念が逆転した女性優位の社会なのだろうと。

 奇妙な話だが、実家は前世と同じ貞操観念を持った稀有な家庭であり、俺には何の変哲もないように思っていたが、この世界では理解され得ない狂気というあべこべなのだった。そうであれば、貴族の当主が女癖悪いという前世なら英雄色を好むとされる然程珍しくもないエピソードも、この世界だと超絶ビッチな奇人という悪名に置換されることも想像に難くない。なるほど、その血脈を引く俺を幼少期から外界と隔絶させるわけである。


「皆さんの反応がよく分かりました。もしお邪魔ならパーティを抜けます」

「そんなッ!?」


 俺の突然の申出にシャルロットは狼狽える。だがフランツはまだ訝しんでいる様子であるし、ラクラウも厄介ごとを警戒しているのか脱退申出に何も反論しない。ただイブだけはどこ吹く風であり、こちらに近づいて来たと思えば両手で俺の頬をプニッと摘み、無言で引っ張りと圧縮を繰り返す。ええ何?と思ったのも束の間、しばらく頬の柔らかみを堪能された後、仲間の方を振り返ってまた粗雑ながら言葉を紡ぐ。


「んじャあ、なんだおめェら。この有望な魔法使い(男)をみすみす逃すッてのか?ファタ―ル家がなんだ。むしろこいつァ、今にすげェ冒険者になることが約束されてんじャねェか。いまここで唾を付けとかねェ理由なんてないだろぉ!?(性的な意味でも)」


 イブは強い口調でハッキリとファムを庇う。その瞳にはいつになく力が宿り、渋る二人に何としてでも納得を迫る意志を感じるが、シャルロットは対比的に虚無の表情で思う。

 ...ああコイツ、絶対にファムとヤリたいだけだと。

 大体なんだ。私が見つけて拾ってきたんだから、ファムは私のものに決まっている。それを横から奪い取ろうなんてそんな邪な話があるか。ファムの許可なく勝手に頬っぺたを弄っているのも気に食わないし、所詮粗暴な女狐めと冷ややかな視線を送っておく。


「言い分は分かる。じゃが、リスク管理じゃよ。小童の話を聞くところ、黙って家出してきたのじゃろう?捜索願が出されている可能性があるし、パーティに据え置くことで誘拐犯の冤罪を掛けられぬとも限らんわい。相手は悪名高きファタ―ル家じゃぞ?」

「同感だ。ファム少年には悪いが、不必要なリスクは命取りだ」


 そんなイブの下心を見抜いてかは定かでないが、タカ派の二人は依然渋っている。しばらくの静寂が訪れた後、シャルロットは妙案を閃く。


「そ、それなら、私の実家がファムくんの後見人になりますよ!」

「おいおい。そんな無茶な話、あのデュポンが呑むはずないだろう?」

「呑ませますッ!」


 フランツは、いつになく頑固なシャルロットにヤレヤレと溜息を吐き、軍帽を深く被り直す。皆男が絡むとすぐこれだ。出来もしない条件を提示したり、一時の劣情で命を危険に晒したり、とても正常な判断ができていない。ここはリーダーの私が断腸の思いで悪役に徹さねばならないようだ。


「あのな、いくらファム少年が可哀想でもそれはむ―――」

「いや、案外良いかもしれんのう」

「ぁ、...ェえッ?」


 フランツの責任感溢れる決意虚しく、年長者のラクラウに出鼻を挫かれ、間の抜けた声が漏れる。


「ファタ―ル家が帝国内で強大な影響力を持っていることはもはや自明じゃが、ここは高度な政治経済力と独立性を誇る迷宮都市じゃ。何の後ろ盾もなければ太刀打ちはできないが、死の商人デュポンが此方側に立つとなれば話は別じゃろう。シャルロットや、できるか?」

「はいッ。私が責任もってお父様を納得させます」


 事情が呑み込めずにいると、隣のイブがソッと耳打ちしてくれた。どうやらシャルロットの実家はこの地の豪商であり、迷宮都市と他都市を繋ぐ貿易商を営んでいる有力者なのだと。しかも扱っているのは、軍事用に転用可能な貴重な魔道具や化学製品から、合成繊維など日常生活に欠かせない商品ばかり。お得意様は世界各国の王族貴族や新興資本家たちときた。同族経営のデュポン社とは、世界中にネットワークを持つ一大総合商社なのである。そうであれば、確かにラクラウの言う通り、強硬姿勢も辞さない帝国において強い権限を持つファタ―ル家とも張り合えるかもしれない。


「...いや、私だってファム少年のことが嫌いなわけじゃないんだ。ただリーダーとして皆の危険を考えてだな,,,責任を取らなきゃって思っただけなんだよぉ...」


 フランツが遠くで不貞腐れてブツブツ呟いている。議論の渦中である俺が言うのも奇妙な話だが、彼女も難儀なものだ。そう思っていると、いつの間にかイブが慰めに行っていた。まるで子犬でもあやすように、よーしよしよしと抱きしめて髪の毛がぐちゃぐちゃになる程フランツの頭を撫でまわす。あ、嫌がるフランツに蹴られた。


「ふむ。では、早速であるが異論無ければ、迷宮探索の準備に移ろうかのう。本来であればパーティ歓迎会でもしたいところじゃが、後ろ盾が決まったわけではないいま、生憎と悠長に構えてられぬ」

「そうですね」


 リーダーであるフランツがイブとじゃれ合っているので、見かねたラクラウが音頭を取る。ラクラウの提案は次の通りであった。まず最優先事項は、シャルロットがデュポンを説得すること。その間ファムの身柄は彼女が責任を持って引き受けること。後ろ盾を得るまでの期間、万が一に備えてパーティメンバーにリスクが及ぶことを避けるためであった。次項はファムの迷宮探索準備である。こちらは頃合いを見て自由市場コモンズに行けば適当に装備品が揃うだろうとのことだ。またその間メンバーは各々探索準備に努める。デュポンの後ろ盾を得次第、早速迷宮探索に入ってファムに経験を積ませ、いち早く一人前に育て上げるという計画である。

 

 目下の目標が立ち、本日はひとまず解散となった。俺は改めてとんでもない家に生まれてしまったと実感するが、これから訪れるだろう冒険者生活に心震わせる。迷宮探索一発目であっけなく死ななければ良いのだが。未知の世界で不安は尽きないが、まずはデュポン氏との対峙が課題か。自らの意志で人生を歩む実感に興奮を覚えては、緊張で身体を強張らせる。隣で手を引くシャルロットにそれが伝わったのか、彼女は優しく微笑んでくれる。その笑みをみて幾分気が休まった。


 その一方、シャルロット(16)は初めての夜をどうやって過ごそうか、本日訪れるであろう処女卒業に脳を支配されていた。



一応デュポン社は実在する米国企業です。第二次世界大戦時、莫大な火薬や爆弾を供給して死の商人と呼ばれていました。いつか問題になれば変更予定です。

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