第3話「仲間」
「はぁ、男ってやつは本当に碌でもないッ!」
フランツ・フェルディナンドは酒杯を片手に怒りをぶつける。叩きつけられた机の悲鳴が同席する二人の仲間を驚かせるが、彼女は酔いで気にも留めない。その怒りの矛先は、先日臨時で加入した魔法使いの男だ。年齢は20代前半。魔法使いながら程よく筋力もあり、顔も程々に整っていたと思う。それでいて冒険者として中堅に位置するのだから、かなりモテるのだろう。まあ性格は最悪だったが。
大体、男という生き物は、女から無条件でチヤホヤされることを良いことに無神経で身勝手な輩が多い。一般的にモテる部類の男なら殊更だ。多少の我儘や自己中心的な言動も許されてしまう。もちろん、身体目的で煽てる女が多いことが原因の一端を担っているわけだが、同じ女として魅力的な男体に寄せられる気持ちは分からなくもないさ。しかし、とはいえ―――
「命が懸かってんのはダメだろぉ」
実際、今回の迷宮探索は踏んだり蹴ったりであった。そもそも準備段階から前途多難の予感がした。あの魔法使いが迷宮探索に必須の重装備を拒否したのだ。なんで魔法使いの俺が重い荷物を抱えねばならんのだ。大事な局面で魔力切れを起こしてもいいのか。俺は男だぞ、パーティメンバーなんて幾らでも選べるのにお前らがどうしてもと言うから加入してやってるんだぞ等々。
おまけに最悪なのは、奴は迷宮の罠にとことん引っかかるのだ。本当に中堅冒険者なのかと疑いたくなるが、おそらく以前までのパーティでは王様プレイされていたのだろう。不用意に迷宮の壁を触って炎を噴出させるわ、魔物に見つかる危険性がある場所なのに大声で喋りかけて群れに襲われるし、薄暗い通路で狭い暑い、早く進めと言って私の背中を押してくるものだから、危うく落とし穴に落ちかけた。
まったく。今回の探索で、前衛の私が一体どれだけ死にかけたことやら...。命がいくつあっても足りたもんじゃない。例え顔が良くても、あんな奴は二度と御免だ。
「まァ、そう言うなって。でもこうして生きてンだからよ~。迷宮探索には華がいるだろぉ?」
「うるさいッ!大体な!盗賊のお前がしっかり探知できてれば、私はこんな目に...」
「えぇ~、おれはちゃんと探知してんぜ?なぁ、ラクラウ?」
「うむ、イブの言う通りだ。イブの忠告を待たずして、あの小童が不用意に動くのである」
イブ・サンローランは、フランツの怒りをまた癇癪始まったかと呆れるよう、飄々と反論する。彼女はパーティメンバーで罠発見・解除やマッピングを担当する盗賊職だ。実際彼女は仕事をこなしているし、駆け出し冒険者の頃、彼女のおかげでフランツが命を救われたことも少なくない。しかし、だからと言ってそれとこれとは別問題なのだ。フランツとしても、ここはガツンと自分の主張を押し通したい。
「ったく。ただでさえ女所帯でむさ苦しいんだから、我慢しろよな。お前のちっぽけな命一つ天秤に載せるだけで、貴重な男魔法使いがうちに来てくれたンだぞ?この有難さ分かんねェかなぁ」
「お前、それ本気で言ってるのか?」
彼女たちは古くからの幼馴染だが、もはや本気のキャットファイト勃発寸前であった。威勢の良い甲高い声とすぐ腕っぷしに走る手癖の悪さは、ある意味冒険者の象徴かもしれない。だが、この場においては年の功が黙っていなかった。
「ほらほらお嬢さんら、辞めんか。みっともない。そんなんじゃと婚期逃すぞ」
「私まだ19歳なんだけど??」「おれまだ17歳なんだが??」
唐突に静寂が訪れる。正直婚期と言われてもまだ響かないお年頃である。しかし、女盛り真っ最中の彼女らにとって、モテないと受け取られる言葉は聞き逃すわけにいかない。そうでなくとも男経験などない二人がこの手の話題に敏感なことについて、半世紀以上生きているラクラウ・アームストロングにはお見通しである。彼の漢らしいドワーフとしての人生は、年頃の人間の乙女に関するあらゆる知見を授けてくれる。
「大体な、フランツや。お前さん、軍隊に居たとき男の一人や二人作ろうと思えば出来ただろうに。どうしてそんなウブなんじゃ」
「う、うるさいなぁ!私だって好きで軍人やってたわけじゃないんだぞ!」
そう、フランツ・フェルディナンドは元軍人の冒険者である。フランツとイブは元々貧民街の出身であった。貧困で育った子供が成り上がる方法は二つしかない。一つは男として生まれ、美貌と愛嬌、身体を使って有力者と婚姻関係を結ぶ道。もう一つは冒険者や軍人となり、身一つの実力で人生を切り開く道である。もっとも、学識も経験もコネもない貧民の駆け出し冒険者の行く末は語るまでもない。となれば残された道は軍人のみだ。
しかし、軍人も非常に険しく狭き門である。厳しい試験に合格する必要があるほか、身体的特徴や高いストレス耐久値、協調性やカリスマ性が必須条件となる。幸い、女性にしてはフランツは高身長であったし、モデルのような品やかな骨格と中世的な顔立ちをしていた。そこで、何としても彼女を軍人に仕立て上げたかった家族は、フランツを男として育てることにした。名誉である軍人合格者は、圧倒的に男性が多かったからである。
その甲斐あってか見事合格したフランツであったが、待っているのはバラ色の軍人学生生活ではなかった。将来の幹部候補生として期待される規律と訓練の軍人生活は厳しいうえ、自分以外の学友はどこも名家の子息や貴族、代々立派な軍人家系の出身。男ばかりのハーレム状態とはいえ、そんな彼らから見てフランツが恋愛対象になり得るか。夢を見るのは勝手だが、現実は非情である。ああ、思い出すだけでも泣きたくなる。
「そ~だよなぁ。こいつに彼氏なんて出来るわけねぇよ。な、フ・ラ・ン・セ・スちゃん♡」
「お前マジで黙れ。ぶっ殺すぞ」
一度は静寂に包まれたと思われた場は、再度賑やかに踊り出す。もはやラクラウは、長く伸ばした顎鬚を擦りながら揉み合う二人を眺めるばかりであった。
フランツはイブの服襟を掴んで、その頬に一発お見舞いしてやろうと右手の拳を高々と上げる。一方、イブは強烈な蹴りをフランツの腹部に打ち込み、怯んだフランツの頭から軍帽が地に落ちていく。帽子が完全に地に落ちる直前、フランツは咄嗟に蹴り込まれた脚を掴み取り、体勢を固定させられ動けないイブの横腹めがけて、回し蹴りをカウンターでぶち込む。見てるだけで痛々しい。しかも、お互い服を引っ張り合うものだから、肩筋や腰回りなど色白の肌が露わになってしまっている。
御年65歳のラクラウであるが、ドワーフの血は彼をまだまだ現役にさせている。老体とは程遠く精魂も枯れてない彼だが、さすがに生意気しゃあしゃあの若娘は対象外である。多少可愛らしいとは思っても、それは孫娘に対する感情に似たものであるし、恋愛感情や劣情とは程遠い。精々元気でよろしい程度だ。彼はキャットファイトを肴に酒を啜ることにした。
ぎゃあぎゃあと叫び暴れる一行に対して、冒険者組合公認の酒場が沈黙を破るのはそう遅くなかった。一行は酒場の元締め役である屈強な女傑らに囲まれ、摘み出される寸前である。物分かりが良いのは、意外にも元軍人フランツ・フェルディナンドよりも盗賊イブ・サンローランだった。
「わ、分かった!悪かったよッ!悪かったから一旦やめだ!摘まみだされちまう」
「......分かったなら謝れ」
「ああ、ごめんて」
イブ・サンローランは、言動こそ野蛮で粗暴であるが頭はキレる方であった。昔から手癖が悪かった彼女は幼い頃よりスリを繰り返し、見つかることもしばしあった。しかし、その持ち前の機転と引き際の良さから大事に至ることは避けてきた。秀才だが不器用なフランツとの友情が続いているのも、こうした彼女の気回りが大きく寄与している。
イブのおかげで間一髪、店からの出禁を阻止したが、今後も目を付けられることには違いない。今日はもう大人しくしっぽりと飲むことにしよう。そもそも、こうやって朝から三人集まり酒場で飲み食いしているのは、迷宮探索が彼らの本分であり、冒険者組合公認の場所で新しい魔法使いを探すためであった。そのためには出禁なんてご法度であり、この場に居続けることが必須条件なのだ。
そうして三人が、迷宮探索の打ち上げを兼ねた飲みを続けようとした時であった―――。
「やあやあ、皆のもの。聞いて驚け、見て驚くなかれ。新しい魔法使いを連れてきましたよ~」
教会に祈りを捧げに行ったはずのシャルロットが、超絶美少年を誘拐してきた。
フランツの本名はフランセスですが、周囲にはフランツで通してます。