第一話
京都の石畳の道を、一人の高校生が息を切らせながら、ロードバイクで駆け抜ける。
宮野秀が乗っているのは、有名ブランドのロードバイク。価格は優に十万円を越える。さらに維持費や保険費を加えると、乗り続ける為の金額は膨れ続ける。
10段以上もの階変速が搭載されており、速度は変幻自在に変えること出来ような構造になって
いる。
理論上の最高速度は、時速70キロ。
最もここは公道であり、そんな速度を出したら危ないので、これまでも、そして、これからも、最高速度まで加速させる事はないだろうと、思っているけど。
一介の高校生にとっては、こんな高性能な自転車は色んな用途でオーバーキルかもしれないが、ある事情から
高速で移動することは必要不可欠だった。
それは。
アビリティロイヤルの観戦。そして、それは秀の生き甲斐だった。
広範囲で繰り広げられるバトルロイヤル形式を採用するアビリティロイヤル。開幕してからマップが
縮小していくという性質を持っているので、出来るだけ多くの場面を観戦しようと思えば、かなり苦心を
強いられる。
マップの端から端まで移動しようとすれば、時に、五キロ程度まで膨れ上がることもあるのだ。決して徒歩や
通常の自転車では観戦することは不可能である。
そこで、公道最速のロードバイクという移動手段が最適だった。
中学校からずっと小遣いを貯蓄して、遂に高校入学と同時に購入した。念願の品を。
ペダルを漕ぐ速度を緩めて、腕時計に視線を移動させる。
現在時刻は8時55分。後数分も経過すれば、運命の9時を迎えることになる。
つまりアビリティロイヤルが開始する事を意味する。
さらにロードバイクの速度を減速させる。すると、京都駅の建物が視界に映し出された。
「間に会った……」
安堵を滲ませた一言を呟きながら、ロードバイクから片足を地面に降ろして、完全に動きを静止させた。
京都府京都市、京都駅前。
今回のアビリティロイヤルのマップは、京都駅を中心にして、そこから約五キロ程度膨れ上がる
ような円形の構造になっている。
秀は今、そのマップの中央部分、つまり京都駅前に自転車で到着した。
既に周囲には人集りが出来ており、人垣を形成している。比較的に若い人もいれば、大人も結構
見られる。
群衆は駅を利用する為に集まっているわけじゃない。アビリティロイヤルを観戦する為に、こんな夜な夜な
集合しているのだ。
アビリティロイヤルには、まるで伝統芸能のように、ファンが多く存在する。もちろんこの遊戯は
スポーツというよりも、どちらかというと犯罪に近いので、あまり褒められたものではないが。
腕時計を再度確認。
丁度、時刻は9時になった。
「えっと、今日はどこから観戦しようかな……」
呟きながら、周辺を見渡す。
と言っても、出会うプレイヤーなんて運次第なので、頭を働かせても、特に意味があるわけでも
ないのだが。
それでも方向について迷っていると、建物類の頭上、つまり遥か高い夜空に、花火に相似した
火花が散った。
それを見て秀が悟った。あれはアビリティだ。既にバトルロイヤルが繰り広げられているのだ。
方向は北。
「今日はここから観戦するか……」
静止させていたロードバイクのペダルに片足を乗せると、勢い良く両足を回転させながら、移動を
開始した。