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零話
観世幽は、幽界と現世を繋ぐ橋掛かりを渡ると、揚幕の上げて、鏡の間に入った。
部屋の中央部分にまで辿り着くと、幽は体の向きを回転させながら、ぐるりと見渡した。
視界に映るのは、鏡の間の壁に掛けられている数多の能面。翁系の面、老人の面、鬼神の面、
女面、怨霊の面、男面。
それらの能面には、幽がこれまで演じてきた様々な人格、そして感情が宿っている。
しかし、幽の心の奥底には、拭いきれない虚無感が漂う。
ずっと誰かを見失っているような気がするんだ―――
幽は、心の中で呟いた。
部屋の中で一回転を済ませる直前、三面鏡に幽の顔が映し出された。
彼の顔には、既に能面が嵌められていた。その能面は男系であり、少年の面である。
かの、平敦盛が十六歳で須磨の浦の戦いで消えた少年の顔を描いたもの、として知られている。
その能面の名前は―――。
16。