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ビアンコではなく、ベルティーナが②



 目をパチクリとさせ、言われた言葉を理解するのに時間がかかったベルティーナだが、意味を察すると呆れた眼をアルジェントにやった。



「私が公爵? 跡取り息子がいるのに女の私が公爵なんてなれるわけ」

「女が爵位を継ぐのを禁じられてはないでしょう? この国は。賭けてみようよ。俺はベルティーナが公爵になると思う」

「お兄様が馬鹿でも、頭を冷やせば……」

「恋は盲目って言葉がある。君の兄君の事だ、クラリッサと結婚させろって公爵に言うつもりだろうさ」

「まさか……」



 と否定したい気持ちはあれど、現実になってしまう予想の方が遥かに大きい。アルジェントに公爵になれと言われても考えた事がなかった。

 公爵位をビアンコが継いで、自分は婚約破棄をされてアルジェントと二人自分達を知らない土地に行って暮らすつもりでいた。


 この日はこれで話を終わらせた。

 夕刻前、登城していた父が戻ったと報せを受け、出迎えに玄関ホールへ行くと出発前より随分疲れた表情をしていた。付き添いの家令もだ。

 国王の話が悪いものだったと身構えた。



「お帰りなさいませ、お父様」

「ただいま」

「顔色が悪いようですが陛下の話が?」

「いや、帰りにビアンコの見舞いに行ったんだ」



 国王との話は何事もなく終わった。内容はモルディオ夫妻の極刑は決定されてないとは言え、ほぼ確実な事。娘のクラリッサをどうするかと訊ねられ、モルディオ家の親類に任せるべきだと告げたところ、どこの家もクラリッサの引き取りを拒否している事。ルイジの弟ロロ伯爵に関しても現在当主夫妻不在のモルディオ家の管理を任せていると言えど、姪の引き取りを拒否していると語られた。



「事が事だ。クラリッサもアニエスと同じ力を持っていると皆恐れている。大聖堂の大神官からお墨付きはあると言えど、やはり怖いのだろう」

「お父様はクラリッサをどうするつもりですか?」

「……アニエスに操られていたと言えど、それでも私にとっては姪だ。修道院に多額の寄付をしてクラリッサを預けようと思っている」

「そうですか」



 クラリッサの件についてベルティーナはどうこう言うつもりはない。父が引き取ると言うなら、離れに住まわせ使用人を数人付ければまず顔を合わせるのはない。



「問題なのはビアンコ様だったのです……」



 疲れたように零した家令に心当たりがあるベルティーナは恐る恐る聞いてみた。



「旦那様がビアンコ様にクラリッサ様を修道院へ送る旨の話をすると大怪我を負っている身で暴れられまして……クラリッサ様と結婚すると言って聞かなくて……」



 案の定な内容にベルティーナは落胆し、同時に兄へ嘗てない失望を持った。

 兄妹仲は悪く、ベルティーナにとっては最悪な兄でも、今は入院しているから気が立っているだけと思っていたのに、ビアンコの本質は予想以上に失望を味わうものだった。

 親戚同士の結婚はままある。血筋に拘りを持つ家系なら特に。

 両親二人とも重罪に課せられる娘を妻として娶るのは無理だと、ビアンコなら理解するだろうに。アルジェントの言う通り恋は盲目というのか。



「百歩譲って愛人なら可能でしょうに……」

「そう思って、旦那様がビアンコ様に言ったのですが……火に油を注いだようもので」

「でしょうね……」



 可愛いクラリッサを日陰者にする気か! と怒鳴り興奮する兄の姿がありありと浮かぶ。父と家令が疲れた表情で戻ったのを察した。



「私達の育て方が悪かった。こんな事なら、クラリッサとの婚約が無理だと話した時から、ビアンコに婚約者を決めておくべきだったな」

「旦那様、それだと婚約者の方が可哀想な目に遭っていたのでいなくて正解です」



 何事も従妹を優先し、可愛がる婚約者等絶対にお断りだ。妹がそうなのだから婚約者の令嬢ともなると尚更。



「教育云々というより、本人の問題かと」

「……そうだといいな」



 ふう、と深い溜め息を吐いた父は不意にベルティーナを見つめた。何かを言いたげな父の言葉を待った。



「ベルティーナ」

「はい」

「……いや……何でもない。ビアンコについては考えるな。頭を冷やせば、いつも通りに戻るだろう」



 父は言いたい事を言わず、話題を変えた後、家令に体を支えられたまま、部屋へ行ってしまった。

 後姿を見つめながら、何を言おうとしたか考えてみた。


 昨日のアルジェントの言葉が思い出された。



「……」





 ――時は流れ。早、一か月が過ぎた。

 モルディオ夫妻は審議の結果処刑が決まった。魅了という未知の力を使ってアンナローロ公爵夫妻の意思を奪い、更に自身の意を通そうと国王にも使用した点により、稀代の悪女としてアニエスは公開処刑された。夫ルイジは公開処刑ではなく、過去の実績から毒杯を賜る事になった。


 ベルティーナは今リエトに呼ばれ王城の庭園にてお茶を飲んでいた。



「父上から公爵が処刑前日にモルディオ夫人に会ったと聞いたが大丈夫だったのか?」

「ええ。家令が付き添っていましたし、念の為イナンナ様にも同行を頼みました」



 最後の最後、自分自身でけじめをつけたかった父は周囲の反対を押し切って貴族牢に繋がれているアニエスと会った。公爵夫人ということとイナンナの尋問によりマシな部屋にいた。

 尋問内容についてイナンナから簡潔に聞いた時は目が遠くなった。同じ痛みを味わえとは言っていたがそうきたか、と。相手が男娼なのは観賞したいから、らしい。これについてアレイスターは遠い目をしていた。きっと同席させられていたのだろう。



「お父様は叔母様に謝っていたと家令が話してくれました」

「謝った? 何故だ。公爵は被害者なんだぞ」

「自分がもっと叔母様を突き放して優しくしなかったら、叔母様も妙な期待をせず自分を本心から愛してくれるルイジおじ様と幸せになれただろうに、と」

「……」



 それはつまり、魅了の力を以てしても愛する兄の心は手に入れられなかったとアニエスに突き付けた。両親からの説教と折檻、周囲からの非難を恐れ、疲れ果てアニエスの望む兄を演じた。その結果が大惨事を招いた。

 怒りを見せた方がまだマシだったのだろう。

 愛されず、処刑される未来しかないと改めて悟ったアニエスの発狂振りは言葉では表せないと家令は沈んだ姿で語った。家令にとっても長年仕えたお嬢様なだけあってショックだったのだ。



「モルディオ公爵にも原因はある」

「殿下?」

「夫人を愛していたのなら、幾らでも止める手段はあった筈だ。止めるどころか、夫人に手を貸して増長させた罪は重い」

「恋は盲目、と言うでしょう? 恋する人の願いを叶えたかったのでしょう」



 実の兄しか愛さないアニエスを振り向かせるには、協力的な自分をアニエスに印象付けさせ全幅の信頼を受ける事で愛情以外のものを手に入れようとした。誰も悲惨な未来を想像していなかった。ルイジは毒杯を賜る直前までアニエスの名を叫び続けていた。アニエス公開処刑の翌日にルイジは毒杯を賜った。公開処刑の場にルイジも無理矢理同席させた。首を斬られた妻を見て絶叫していた。狂ったようにアニエスの名を叫び続けたルイジがまともな思考でアニエスを導いていたら、ひょっとしたら未来は違ったかもしれない。


 モルディオ家は爵位剥奪に加え、全財産と領地は没収。アンナローロ公爵家には、多額の慰謝料が没収した財産から支払われた。領地は王家預かりとなった。スペード公爵が審議の場で相当うるさく領地について騒いでいたらしいが、イナンナから公爵の弱みを聞いていた国王は公爵の髪の毛を掴み取った。



「え? カツラを被っていたのですか?」

「あ、ああ」



 リエトも驚いて何度も瞬きを繰り返した。白髪も入れ混じったカツラをどうやって調達したか不明だが、カツラの下は下回りに薄っすらと髪が残っている程度で天辺は眩しいくらいに生えていなかったとか。

 カツラを暴露されたスペード公爵は顔を真っ赤に染め上げ、以降はひたすら小さくなって大人しくしていた。

 父の言っていた通り、スペード公爵家自体にダメージはなく、公爵本人に特大のダメージを与えるだけで終わった。同席していた貴族達は笑いを堪えるのに必死な者、同情の目を向ける者、色々だった。この話が伝わったイナンナは終始笑い転げる始末。



「カツラを暴露されただけで大人しくなるなんて。スペード公爵は意外と打たれ弱い方だったのですね」

「そうなのかもな」



 あの嫌味男が……とベルティーナが考えだした直後、リエトからビアンコとクラリッサはどうしているかと聞かれた。退院したのは彼も知っており、その後を話すのを躊躇していると心配な面持ちをされた。



「怪我は完治したと聞いたが容態が急変したのか?」

「いえ……後遺症もなくとても元気です。元気ですが……」

「が?」

「……お兄様はクラリッサ共々、領地へ飛ばしました。お祖父様とお祖母様と四人でこれから生活を送っていただきます」

「え? だが、ビアンコ殿は……」



 ベルティーナは相手がリエトなら話しても良いかと判断し、退院してからの話を始めた。




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