3話
〜登場人物の読み方コーナー〜
名前が当て字のオンパレードなので、読み方を前書きに載せたいと思います!
幽有
光霧
※2人がゆう・こむで呼び合ってるのはあだ名。
死王
愛壊
聡
萎
眠
冥弟
佇美
遡刃
猫子
技我
萌歩
全員はでてこないかも。
乱れる呼吸を整え、表情を消し、冷静を装う。
「確かに、僕の特技みたいだね。」
テアがうんうんと頷く。
そして、お薬も少なからず緊張したのだろう、ホッとしている。
「わたしも安心したよ。」
精神的に1番落ち着いてたはテアか。自分の見たものと、お薬の腕を信用しきっていたのだろう。
「今日の幽有の一大イベントは無事成功だな。」
「失敗した世界線気まずすぎるな…。」
特技わかんないし、お薬の努力が無駄になるし雰囲気地獄じゃん。
「まぁまぁ、成功したんだから。」
「そうだな。」
これで少し肩の力が抜ける。んぐぐ〜。…少し伸びをしただけで肩がポキポキ言う。ずっと緊張してたもんな。
「お疲れみたいだし、座って話すかい?」
お薬が提案してくれる。
座るとこあったっけ?工場のとこのデスク?
ってか、
「もう話すことな…」
「いいね。お菓子たべよ〜。」
うう、強引。
「もう帰ろうかな…」
「お菓子あったかなぁ。」
ダメだ。この2人話聞いてくれない。
しかしお菓子を探しにだろうか、お薬は歩いてどこかへ行ってしまう。
「ごめん、幽有。もうちょっとお話しよ?」
残ったテアがテヘペロしてる。
そんなお願いのポーズされても可愛くもなんともないよ?
…うおっ、力つよ。
可愛くもなんともない腕力によって手をひかれ、幽有はお薬の後を追った。
「うま〜。」
数分後、出されたマドレーヌにテアが食いついている。もう少し自重したらどうなんだ。
「幽有も、遠慮なくどうぞ?」
お薬さんが勧めてくれる。
「そうだぞ〜。勧められたもんを食べないほうが失礼だぞ〜。」
「あなたは勧められる前に食べてるけどね。」
…僕も食べるけど。
もぐもぐ。
「おいしい?」
「はい。とても。」
「たまたまお菓子があってよかった。」
現在談話室のような場所に案内され、もてなされていた。
こんなことに使って良いのかな…。
相変わらず無人だった応接室で、テアと向かい合って座っている。お薬は幽有の隣で、どことなく安心感がある。
マドレーヌの最後のひとくちを放り込んだテアは満足そうに目を細める。
「じゃ、おしゃべりタイム〜。」
僕まだ食べてるんだけど。
「まずはわたしから話させてもらおうかな。特技の詳細についてなんだけど。幽有の特技はね、見てもらったとおり他人の特技を消す特技なんだ。さっき見てもらった幻術タイプだけじゃなく…」
「お薬、それまた後で。」
テアに遮られた。
え、聞きたかった。
すごく続き気になるんだが?
「幽有。特技調べてもらってなんの対価も払わないつもり?」
えええ、急に脅し。
まぁでも、確かに、そっか、それが狙いか。対価って言って厳しい労働とかさせられるのか…。いままで親切すぎて警戒が薄れてた。
そうだよな。ヤクザって最初は優しくて後から怖くなるんだよな。
…はっ。今食べてるマドレーヌ100万円だから払えとか言われるのか。うわ、食べなきゃよかった。
「ご、ごめんなさい。」
は、早めに謝ろう。なるべく被害を減らさなきゃ。
「え、いや、全然対価とかいらないけど。」
な、なるべくお手柔らかに…。
ん?
「わたしもちょっと楽しかったし。」
ん?
許されてる?
お薬さんもしかしなくてもめちゃくちゃいい人じゃない?
いや、さっきまでもいい人だったけど。ヤクザと結びつかなさすぎというか。
え?
「いや、テアにだよ!」
急に横から声があがる。
「え、調べてくれたのお薬さんでしょ?」
対価いらないって言われたよ?
「依頼したのテアだから!」
「それだと依頼主のテアがわたしに対価払わないとなんじゃ…。」
「幽有のためなのに??」
「僕頼んでないけど…。」
僕からは頼んでないから、善意で依頼して教えてくれたってことになるような…。
「んー。そんなことはどうでもいい!」
えぇ。
「幽有!お願い!正義の騎士団を手伝って‼」
ん?
…
………
…………………は?
確かこいつ初めて会ったとき『秩序』は実は正義の騎士団だとかなんとか言ってたよな。
『秩序』に入れってことか?
僕の知る限り『秩序』に手助けなんていらないはずだけど。
あー、いや、あったな。テアの話を全面的に信じるなら。
「この前ちょっと話した敵対勢力に関係することなんだ。」
「まぁ、それだよな。」
「ん?なにか言った?」
「いや、なんでもない。」
あのときも疑問に思ったが、『秩序』に敵対勢力が存在するとは思えないんだよなぁ。存在したときの脅威は大きいだろうけど、だとしたらなおさら僕の出番はないし。
「手伝うってどうすればいいの?」
ひとまず本人から話を聞いていないことにはなんとも言えないよな。
「幽有の特技が必要なんだ。」
まぁ、そうか。僕だけ有しているものといえばそれくらいだよな。
おおよそ「テアが『特技を無効化する特技』を探しているときに、学校で幽有と出会った。」と考えるのが妥当だろう。
自分の求めているかもしれない特技なら積極的に調べたがって、…まぁ血液を採取する理由にもなる。一応。
結果、幽有の特技は血液に関するものだった。テアは幽有の特技を使いたい。…つまり求められることは、
「定期的に献血…とかか。」
実際口に出して言ってみる。
自分なりに正しい推理をしたつもりだったが、テアの反応が思ってたのと違う。不思議そうに首をかしげられた。
あれ、なんか違ったかな。
「そういうことじゃなくて?」
「あ、いや、その手があったなと。」
思いついてなかったのか。
「じゃあ『特技が必要』ってどうするつもりだったんだよ。」
「戦うときに幽有についてきてもらおうと。」
怖。
え、戦うって言ったよな?(確認)
絶対あぶないじゃん。死ぬ自信があるよ?
そもそも特技使うために出血必須だし。
え、怖っ。
「えっと…、お礼は献血ってことでいいかな?」
顔が引きつってる気がする。でも絶対に戦場だけは回避しないと。
「えー、ついてきてもらうのだめ?」
「そんな軽いノリで命のやりとりさせられるの怖すぎるよ。」
やりとりすらさせて貰えないだろうけど。即殺だな。
「大丈夫大丈夫。テアが守るし。」
「いやいやいやいや。」
そういう問題じゃない。
「幽有ってゲームする?」
急になんだ。会話がジェットコースターなんだが。いや、ほんと、急に何だ。
「…まぁ、人並みに。」
とりあえず話題がそれるならありがたい。
「冒険とか謎解き系ってさ、人数いないとクリアできないやつあるじゃん。」
協力系のやつか。『別々のボタンを押さないと開かない扉』みたいなギミックのことだろう。
「だから人数必要なんだよね。」
「例え必要だった?」
敵対勢力って謎解きの使い手なの?
「人数必要なんだったら僕じゃなくても…」
「幽有がいい。」
食い気味!?
「なんで?」
特技使いたいだけなら血だけでいいし、どうせ連れてくなら死王みたいな戦闘に向いてる特技のほうがいい気がするんだけど。
判明して数十分しか経ってないとはいえ、自分の特技が戦闘向きとは思えない。なにがテアのお眼鏡にかかったんだ?
「僕の特技をなにに使うつもりなの?」
「それはまだ言えないかな。」
「は?」
協力してほしいんだよな?
「嘘です嘘です!強そうだなーって。」
「それだけ?」
「それだけ。」
理由しょうもねー。
「えっと、他をあたってもらって…。」
よし。帰るか。
「まってまってまって!ちゃ、ちゃんと給料とか払うし、バイトだと思って…。」
「お金にはあんまり困ってないんで。」
趣味とかあんま無いから、使う機会少ないし。
お金がもらえるからって命はかけたくない。
「おねがいおねがい!チョロっと敵対勢力の拠点の侵入または殲滅してくれたらいいから。」
どっちも犯罪じゃないか。
殲滅とか、マンガでもあるまし。
帰ろ。
「あー、まってまって帰らないでー。」
テアに肩を掴まれる。
今ソファから一瞬で移動してきた気が…。
「幽有はなにが嫌なの?」
「何って言われても…。まだ死にたくないし。」
その言葉にテアが不思議そうに首をかしげる。
「死なないよ?」
死ぬって。
「もし自分が死ななくても誰かを殺すのは嫌だし。」
直接手は下さないだろうけど、自分のサポートのせいで人が人を殺してるとこなんて見たら罪悪感なんて話じゃない。
「じゃあ誰も殺さないから。」
「さっき殲滅っておっしゃってませんでした?」
殲滅っていっぱい殺してるよね?
「んー、じゃあ殲滅やめて制圧?」
バイト内容すんなり変わった!?
そんなすんなり変えていいものじゃないだろ…。
内容もそうだけど、独断で決めるのも…ってテアはどのくらいの階級なんだ。下っ端が敵の扱い決めるのも問題だけどテアの立場が上なのもなんか問題な気がする。
考え始めた幽有を見てテアはなにか勘違いしたみたいだ。
「テアつよいから多分できると思うよ?」
殺さず制圧することについて言っているのだろう。
いや、うん、そういう問題じゃないって…。
「たとえテア単品が強かったとしても僕が居たら足手まといでしょ。」
「足手まといにならないように幽有を鍛えたらいいと思う。」
うん。なに言ってんだろな。
だが、今回は意外にも賛同者がいた。
「もしそうなればわたしの総力を持ってバッチリ鍛え上げるよ。幽有に死んでほしくないしね。」
まさかのお薬。
今まで黙ってたけど、ここで発言かぁ。
2対1になってしまった。
これはまずい。
「ほら、お薬もこう言ってることだし。ね、お願い!」
「もし力がいるなら全力でサポートするよ。」
「うう。」
数の力ずるい。
なんかこっちが悪いみたいになるんだよなぁ。
見事な連携プレイで繰り広げられる言葉の奔流に、幽有はどんどん追い詰められる。
「なんなら特訓だけでもやってみない?楽しいよ?」
「いいね!」
二人で話進めないでよ、特訓とか必要ないし。
だが、口にするより早く2人の間で話がまとまっていく。
「じゃ、さっそくやるか。」
そのテアの言葉を合図に、テアは部屋の奥に、お薬は近づいてきたと思ったらそのまま幽有を素通りして部屋から出ていってしまった。
お、これはチャンスかもしれない!今のうちに帰って…
テアはすぐ帰ってきた。
奥の給湯室から水を持ってきたようだ。
うぐぐ、逃げそびれた。
しばらくすると、お薬も戻ってきた。テアと同じようになにか物を取りに行ったようだった。
が、お薬の手の中にあるそれを見た途端、ついに幽有は走り出す。
急に動き出した幽有にお薬は驚いていたが現実はそううまく行かず、すぐにテアに捕まった。
羽交い締めにされた幽有はお薬と向き合わされる。
「離せよ!
なにもしないから!」
「いや、今逃げようとしたでしょ。大丈夫だって、安全だから。」
テアにがっちりと抑えられ、幽有は足をバタつかせる。
「大丈夫なのはテアがもうキマってるからだろ!いくら恩があるからと言って僕は薬物に手は出さない。」
お薬が持ってきたものは、明らかにやばい錠剤だった。
抵抗するも虚しく、お薬によって錠剤が幽有の口に押し込まれる。そのまますぐにテアの持ってきた水で流し込まれ、幽有は飲み込んでしまう。
「むぐっ!?」
錠剤を飲んだことによりテアからは開放されたが、水でむせる。
「ゴホッ、…ゴホッゴホッ…、」
喉を押さえて苦しむ幽有をよそに、加害者2人は楽しそうだ。
「いぇい、ナイス連携‼」
「ちょっと無理やり感があったけど…。」
「…ちょっとどころじゃないだろ。」
呼吸を落ち着かせながら睨みつけてくる幽有にお薬は優しくわらいかける。
「ごめんね。はやく向こうに行きたくって。」
向こう?…は?なにこれ即死系の薬なの?
…確かに、意識が薄れてる気が…、
いや、きっとただの副作用だ、うん、大丈夫、「じゃあ、またな!」
テアの笑顔が霞んでいく。
あ、だめだ…死にそう…。
猛烈な眠気に襲われ、幽有の意識は離れていった。
覚醒する。
突然深海から意識を引っ張り出したような、少し前からずっと起きていたような、不思議な覚醒。
ぼんやりとした頭は、まず目の前の光景を認識する。
結論から言うと、何もなかった。
前も後も右も左も上も真っ白な空間が続いている。
下を見ても同じように真っ白が続いていたが、なぜか立つ感覚がある。
天国だ。
見た目に反して暖かい空間に、そう直感する。
まさかあんな殺され方をするとは。
家族や光霧、学校の友達になんて言おう。驚くだろうなぁ。僕が迂闊だったから…申し訳ない。
なんでテアについていっちゃったんだろ。
もう死んでるからどうしようもないだろうけど。
いくら特技がわかってもなぁ。死んだらなぁ。
ほんと、何をしていたんだ僕は。
はぁ。あー、もうっ、後悔しかないし、頭が追いつかない。
まぁ時間はたっぷりあるし、うん。
こんがらがる思考の中、時間をかけて現実を受け入れようと決心した幽有。
…だがそんなに時間は与えられていなかった。
「よっと。」
気楽な掛け声とともに幽有を死へと追いやった前世の仇が現れる。
前世の仇とかSFだな。
もちろん、すぐにテアだけでなくお薬も、慣れた様子で姿を表した。
こいつらも死んだのかな。
いや、なんか、もうちょっと一人にしてほしかったんだけど。
ほんとに嫌なことに巻き込まれた。なんで僕だったんだ。
そう思いつつも、生前と変わらず楽しそうな2人を見て、生き返る可能性を期待してしまう。
直感的に死後の世界だと思っていたが、薬の見せた幻覚かもしれないのか。
うん。きっとそうだ。
そうやって諦めきれず、前世に期待してしまう。
ずっとなにか考えていた幽有がようやく顔をあげると、テアがなぜか遠く離れた場所に立っていた。
ん?
「特訓するにあたって、まずテアが見本見せるよ!」
遠くから大声で解説してくれる。
そういえば特訓って名目で薬飲まされたんだっけ。キマってんなぁ。
そのテアの声に合わせてかお薬が何やら手をせわしなく動かしている。
何もない空間をスライドさせたり、タップしたり。
すると、テアの立っている地面を中心に地面が土に変わる。遠く離れた幽有の近くまで変化があった『それ』は一面真っ白なこの空間では異質に見えるが、見た感じ普通の畑の土のようだ。
その認識は間違っていなかったようで、テアがポケットから何かを取り出し、埋める。おそらく種か何かだろう。
埋めたことを確認したテアがこちらへ走ってくる。
その背後、種を埋めた場所の上空に小さな雲が現れる。小さな灰色の雲は、しばらくすると水を出し始めた。
ようするに雨雲ができた。
「えっと…なにこれ。」
何を見せられているんだ。
目の前には、白の中に浮かび上がる土の地面と、そこに雨を降らせる小さな雨雲。
…なんだこれ。
「特訓するためのフィールドだね。」
お薬の作業は終わったようで、完全に手を止めてのんびりとしていた。
「最終的に目指すものが見えてたほうがいいでしょ?」
「そこまで本気で取り組むつもりはないけど…。」
それより早く帰りたい。帰れるのか知らないけど。
「んー、でも幽有に死んでほしくないから、頑張ってほしいな〜。」
バイト参加するとはまだ言ってないよ?
とりあえず特訓からってさっき自分で…。
「まあでも、とりあえず見てみなよ。すごいから。」
そういってお薬が指さした方向に目を向ける。
なんか誤魔化されてる気がするなぁ。
視線の先、雨雲は消えておりただの土だけが広がっている。
否、よく見ると、小さなつぼみが見える。
しばらく見ていると、つぼみが倍速再生のように成長していき、一輪のチューリップが咲く。
「ええぇ。」
だが、そのまま止まることなく成長し続け、20メートルほどになる。
「なんですかあれ。」
「特訓の道具。仮想の敵と言ってもいいけど。」
幽有たちの近くにまで戻ってきていたテアが答えてくれる。
そっか、戦うための特訓だから敵がいるのか。
…なんで納得させられてんの?
まだ聞きたいことがあった幽有だったが、目の前のテアが右手で遮り黙らせる。
いや、そんな意図はなかったのだろう。
それは、いつもの彼の戦闘前準備だった。
伸ばした右手、夏にも関わらず袖の長い服で覆われた腕から徐々に金属が見えてくる。
剣先のようなそれは太く、重そうだ。
剣先だったものが明らかに剣の形を成していく。
振り回せば大抵のものを潰せるような大剣。刃に当たれば人間の肉体をも軽々しく切り裂くだろう。
やがて、持ち主の髪色を模した緑色の線で彩られた白い刀身の美しい大剣が、完全に顕現する。
「よっと。」
幽有の背丈ほどもある大剣は相当重いはずだが、テアは軽々しく持ち上げる。
だがその動作とは裏腹に額には汗が浮かんでおり、呼吸も乱れている。
「グァァァァァァァァァァァァァ‼」
「うわっ。」
思わず尻もちをついた幽有。
理由は突然の奇声。…それだけではない。
20メートルほどもあった巨大チューリップ、それが変化していた。茎にそって生えていたはずの葉は地面すれすれまで広がっており、本来生えていないはずの細い茎のようなものがうごうごと蠢いている。触手のようだ。
花弁も増えており、広がったそれはもはやチューリップではなくバラのようだ。というか化け物にしか見えない。
「グオォォォォォォォォォォォ‼」
うわぁ。(引)
叫び声を上げた化け物が自分の頭(?)近くまで振り上げた触手を、勢いよくテアに叩きつける。轟音と強風を響かせて徐々に、しかし一瞬でテアに向かっていく。
ひょいっ。
軽く横に飛ぶ。それだけでテアは避けた。
決して触手の動きが遅かったのではない。むしろ幽有ならなすすべなく押しつぶされていただろう速さだった。
そんな目で追うのが精一杯な攻撃に対して、テアの動きはよく見え、悠々としていた。マジックを見た気分だ。
地面には直径1メートルどの伸びた触手が横たわっている。
「ていっ。」
触手が、切れた。
まっすぐ伸びていた先端近く。
ちょうどテアの真横できれいな断面ができていた。
大剣によって分断させられた断面は丸く、道管と師管から血のように赤い液体がスルスルと垂れてきている。
小学校の理科の実験みたいだ。
大きい分それよりわかりやすいかもしれない。
だが当の実験台…もとい化け物チューリップさんは気に食わなかったようだ。今度はほとんどの触手を縦横無尽に振り回し、目に見えて激昂している。
「ギェェェェェェェェェェェェェェ‼」
右から、左から、上から、斜め上、正面、回り込んで後ろ、左右同時に、様々な方向からテアに向かって、規則的に、不規則的に、捻り潰さんと襲いかかる。
それに対しテアは口角を上げる。
次の瞬間、最速で振るわれた触手がテアの右側から横薙ぎに払われる。
テアは最初の一撃と同じように軽く跳躍して回避する。
だが今回は最初とは明らかに違う。
着地したテアに次は左から、同じく横薙ぎに別の触手が襲いかかる。
違うのはテアも同じで、襲いかかってきた触手を大剣でスパッと切断。再び赤い液体が飛び散る中、本体へと向かって走り始める。
テアの動きが変わったことなどお構いなしに触手の攻撃は続く。
真上からの攻撃は速度を緩めることのないサイドステップで躱し、前方からの鋭い突きは身を翻して流す、そのまま後方に伸びていく触手を剣で押さえつけて引き寄せ背後に回り込んだ触手とぶつけて相殺させる。
テアは勢いを殺すことなく触手を躱し切りつけながら本体へと近づいていく。
斜めからの攻撃は加速で振り切り、両側から迫る触手を大きく上に跳躍してぶつける、上で待ち構えていた鋭い突きはすべて振るわれた大剣によって
大破する。
「グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ‼」
ある程度テアが本体に近づいたところで花の攻撃パターンが変化する。触手より短いが太い、葉が攻撃に加わった。
触手と違って横に広い葉は広い面積で押し潰し、しなやかな側面で対象を切り刻む。
だがもちろんそんなものでテアは止まらない攻撃方法や範囲が変わったことなどお構いなしに突き進む。
急に、花の攻撃がやんだ。
触手が集まり、葉が地面に沿ってうねうねと脈打つ。
ここぞとばかりに加速したテアが、自らの白い髪と、きらめく刀身の白さによって白い閃光を帯びる。かすかに緑の散りばめられた閃光が化け物へとぶつかる寸前、殺意を持った葉が高速で回転する。
大きく広げられた葉が本体を中心に整えられた土の上を旋回。半径十数メートルに殺意の円を広げる。
足の踏み場のない状況でテアは即座に跳躍。旋回する葉に細切れにされる前に上空へと逃げた。ただの時間稼ぎにしか過ぎない。多少のごまかしはきくが、テアもずっと飛び続けるわけにはいかず、いずれ落ちるだろう。眼下で回る葉は止まる様子もなくこのままでは無事ではいられまい。
さらに、テアが跳躍した先の上空、集まった触手が迎えてくる。
空中で振りかざされる触手。敵を遥か彼方まで吹き飛ばさんとするテアの姿が消える。
だが、吹き飛んではいない。
全力で振り切られた触手、その上をテアが駆け抜ける。
土の地面よりもさらに走りにくいであろう動く足場の上で、飛ぶように走り抜ける。
「グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ。」
咆えた化け物がテアと振り落とさんと真下――回り続ける葉の元へ触手ごと突っ込む。
それに勢いを乗せるかのように強く蹴り上げたテアは、そのまま次の触手へと乗り換える。
一方、勢いを殺しきれない触手は降下。ミキサーに掛けられたようにぐちゃぐちゃになり、赤い液体と肉片(植物片?)があたりに撒き散らされる。グロい。
上空、テアは手近にあった触手を片手でつかみ、遠心力を聞かせて更に上へ。跳んだ先の触手を足場にして走り出す。うねる触手を跳び越え、動きを利用して乗り換え、大剣を使って文字通り切り開いて敵の猛攻を掻い潜る。
ちょこまかと動くテアに、花は葉を使って球根を投げつける。己の成長と種族の繁栄を担うはずだった球根は高速でスピンしながらブーメランのような斜めの軌道でテアへと向かっていく。
テアの倍以上ある大きさで、途中通り道にあった触手の一部が、その質量と打撃に飲み込まれて弾ける。
巨大な弾丸に当たったかのような断面で地に落ちる。
その威力は、さすがのテアも無視できない。飛来してきた球根を、まっすぐ剣で受け止める。
両手剣を高く持ち、野球のバットのような姿勢で力を入れたまま硬直する。
しばらく拮抗した状態が続いていたが、さすがに球根の勢いが弱まる。
その瞬間を見計らって、テアが思いっきりフルスイング。押し返された球根が見事に茎の真中部分にヒット。巨体がくの字に曲がる。
その少し下がった花の真上、花全体を見下ろせる位置にテアが現れる。
一瞬、美しい跳躍に、すべてが止まったように見える。
白いキノコヘアは全く汚れておらず、自分の傷どころかあんなに撒き散らされていた植物の返り血も見当たらない。
戦う前と同じ風貌で、戦う前と同じ笑顔を更に歪ませる。
わざわざ自分の捕食範囲に寄ってきた獲物に、花は花弁を精一杯開き、牙のようなものを覗かせる。大きな大剣ごと、テアを丸呑みするつもりだ。
さすがのテアも、空中で姿勢は変えられない。
大口を開けた花にすっぽりと飲み込まれる。
花弁が牙で噛み砕くようにバッと真ん中に収束する。
完全に飲み込んだ…と思えたのは一瞬で、すぐさま大剣が柔らかいようで頑丈な花弁を引き裂いた。
自らの得物に続きテアの姿も現れる。
花弁から脱出するための攻撃ではない。飲み込まれる直前、20メートルもの巨体を両断しようとしたその姿勢のまま、花弁の底を突き抜け、これまでとは比にならないほどの赤を撒き散らせ、太い茎を真ん中から切り開いていく。
剣先に全体重を乗せ地面に突き立てる落下攻撃モーション。
それによって高所からの落下のダメージを軽減させるテア。
その前で2つに割れ、地響きを立てて倒れ込むチューリップ。
テアは、ほんの数秒前まできれいな白だった髪に赤をべっとりと濡らし、戦闘のときとは少し違う柔和な笑みを浮かべる。
「じゃあ、幽有。まずはこいつを倒せるようになろう!」