表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡国の王子の人生譚  作者: ayataka
8/13

8.窮地

ここまで読み進めていただき、本当にありがとうございます。

あと一話で一区切りです。

 森に足を踏み入れると、重苦しい空気がジェイドを包む。言葉で表すとすれば、まとわりつくような感覚。

「嫌な感じだな。早く月光草を取って出よう」

「そうですね」

「それで、月光草はどこに生えてるんだ」

「基本的には、水辺に生えていて白い花を咲かせてます。とりあえず、水辺を探すのが最善かと。それとアグラニル様、私の後ろを離れないようにお願いします」

そう言うと、オールイルの右手がぼうっと光り、消えると彼女の手には剣が握られていた。

「分かった」

魔法も充分に使えない自分が足でまといなのは痛いほど分かっている。その状況にもどかしさを覚えるがどうしようもない。

慎重に進むオールイルの後ろを慎重に着いていく。少し歩くと、周りの気配が変わった。横にある茂みから小さな音と、息遣いが聞こえる。

「オールイル」

「分かってます。安心してください」

こちらを振り向かずに答える。オールイルは知っていてあえて泳がせているようだ。それでもなお進み続けると、少しずつ周りの気配が増えていく。あちら側も人数が増えるにつれ、グルルという小さな鳴き声と息遣いが大きくなっていった。

「彼らは多分、魔狼です。リーダーが群れをまとめて行動します。一匹一匹の戦闘力は高くないですが、恐るべきなのは連携力と知能の高さです」

「いま俺たちはそいつらに囲まれてるってことか。それって……」

「大丈夫です。彼らは賢い、それゆえに」

オールイルが話終わる瞬間、茂みから魔狼が飛び出し獰猛な牙を向けて一直線に彼女の方へ飛びつこうと跳躍した。

「危なーー」

ジェイドがそう言うより早く、オールイルの右手が微かに動くと、飛び出した魔狼の頭と胴は二つに分かれ切断面から血が吹き出す。魔狼は何が起きたか分からないといった様子で地面に倒れた。

それが起きると同時に、

「ーーーーーーー」

少し離れた場所から重低音を響かせた遠吠えが聞こえる。すると、その音に引き寄せられるように茂みの気配が少しずつ減っていき、周りから気配はなくなった。

「行きましたか。魔狼でよかった。さ、行きましょうか」

少しほっとした様子でオールイルは息を吐く。そう言う彼女の髪には赤の斑点が着き、光沢のあった剣は赤を帯びていた。

「ありがとう。オールイルは強いな」

自分は見ているだけで何も出来なかった。その事実にジェイド歯がゆさを覚えつつ、彼女への感謝を述べる。

「アグラニル様の護衛ですから、これくらいは。それに……」

「それに?」

「い、いえ、何でもありません」

オールイル自身も無自覚で出掛けた言葉なのかハッとしてバツの悪そうな顔をする。

「これで魔狼は襲ってくる事はないでしょうし、先を急ぎましょう」

道中には魔兎やらスライムが出たが、オールイルはそれらを難なく倒していく。一時間ほど経っただろうか、道の先に水辺を見つけた。

「池ですね。ここにあればいいのですが」

そう言って池の周りに月光草が生えていないか確認しつつ進む。しばらく歩くと

「これですね。アグラニル様、これを」

そう言ってオールイルは屈むと花を手折ってジェイドに渡した。

「ありがとう」

「いえ、目的も果たした事ですし、帰りましょうか」

「そうだな」

「最後まで何があるかわからないですので、油断しないようにしてください」

「分かっーー」

分かったと言おうとした時

「ーーーーーー!!」

不快な重低音を響かせた咆哮が聞こえた。

「オールイル、この音は?」

「この音……だからこの森は……。アグラニル様、ここから走ります!私の予想が正しければ……この音は」

そう言って走り出すオールイルに着いていく。その間も絶えず咆哮は続いていた。それを無視して足早に進む。前にいるオールイルの表情には、焦りの色が見て取れた。

 咆哮を聴きながら、ジェイドは少し違和感を抱いた。

ーーさっきから咆哮のする方から離れるように走っているのにも関わらず、音は少しずつ大きくなっていっている。

答えは一つ

ーー音の主は、確実に俺らに近づいている。焦りの感じつつ。ジェイドは咆哮に耳を澄ませる。

「◆✕△※!」

よく聞くと、咆哮ではない音。まるで何かから助けを求めるような悲痛な叫び。そしてその音は一定間隔で何かを訴えていることに気づく。よく聞くとそれは……人の声だった。

「ーーーーーーーー!!」

背後から迫り来る気配が強くなっていく。嫌悪感を覚える背後の存在は明らかに近づいている。

「アグラニル様」

ぽつりとオールイルは呟く。

「彼が来ます。彼に呑まれないように」

そう言うとオールイルは足を止めて、背後に向き直る。それと同時に人の形をした何かが彼女に向かって飛びかかった。飛びかかってきた何かは鋭く尖った爪を持つ手で彼女を切り裂こうと左手を振り下ろすが、その攻撃を彼女は剣で弾く。それは一旦距離を空けて悲痛な叫びを上げながらこちらを見据える。その姿は簡単に例えるならば、かつて人だったと思われる怪物。目は爛々と獰猛に輝き、口には赤い血が付着して、全身から発せられる黒い瘴気ーー特に手と足には黒い闇が纏われていた。

「オールイル、こいつは」

「悪魔憑きです」

かつてメルリアが授業ね話していた内容を思い出す。

『悪魔と呼ばれる彼らは契約者の意識を乗っ取り、自由を得ます。その力で破壊と殺戮を愉しむために。そうなってしまった状態は悪魔憑きと呼ばれ、討伐対象となります』

「攻撃が来ます。下がって!」

悪魔憑きが悲鳴を上げたかと思うと、オールイルに襲いかかる。その攻撃を弾くが、飛ばされた悪魔憑きはすぐに体勢を整えると再び攻撃に転じる。

「オアグラニル様、私がこいつを引き留めているうちに入口に戻って応援を呼んできてください。こいつは今の私には倒せません」

「でも……」

それはオールイルを置いて行くことに他ならない。そんなことは出来ない、と言いたいが、自分がここにいても何も出来ない。魔法もろくに使えず、剣術の心得もない。自分がここにいる意味がないのは自分が一番わかっている。

「早く!!」

オールイルが切羽詰まった声で言う。彼女を助ける。だからこそ、いま俺ができることは、応援を呼ぶことだ。

「……絶対に戻ってくる」

オールイルを助けるために、ジェイドは助けを呼ぶために彼女に背を向けて走り出した。いまはただ自分の無力さが、どうしようもなく悔しかった。

 どのくらい走っただろうか。息も切れ切れに森を掛ける。幸いな事に魔物には遭遇しなかった。いや、魔物の気配は一切感じなかった。入ってきた森の入口の門は閉まっている。

「開けてくれ!」

外に向かって叫ぶと、先ほどの兵士が怪訝そうな顔でこちらを見てきた。

「どうされました?そんなに慌てて」

「悪魔憑きが出たんだ。いまオールイルが応戦してる。応援を呼んでくれ」

「……っ!悪魔憑きが!?分かりました。すぐに騎士団に連絡を入れます」

「騎士団はどのくらいで着く?早くしないとオールイルが危ないんだ!」

「今すぐ連絡します」

そう言って兵士はポケットから透明な紫の石を取り出すとおもむろに石が光を放つと言葉を発し始めた

「こちら騎士団本部、どうした?」

どうやら通信をするアイテムのようだ。

「魔の森の警備を任されたツェンだ。魔の森内に悪魔憑きが出現した。出所は不明。森内ではオールイル・レイナが応戦中のこと。至急応援を要請する」

「悪魔憑きだと……!分かった、すぐに特別部隊を送る。ツェンはその場で待機、間違っても魔の森には入るな。あれはいまのお前の手に負える相手じゃない」

「了解、こちらで待機する」

「特別部隊が到着するのは最短でも二十分後、ツェン、レイナ様が悪魔憑きと応戦して何分くらいだ?」

ツェンがこちらを見る。

「一五分くらいだ」

「……そうか」

通信先の声は短く、そして悲しみを含んだ声でポツリと呟いた。それだけでわかってしまった。特別部隊が間に合わないことを。

「通信を終了する。再確認だ。ツェン、お前の勝てる相手ではない。その場で待機せよ」

「了解」

そう言うと紫の石の光は無くなった。

「オールイルは助からないのか!」

「…………」

ツェンは答えない。しかし、彼の表情でジェイドは全てを察してしまった。

「俺はオールイルの元へ戻る。これをレッドボーンの店番をしている青年に渡しておいてくれ。友達を助けるために必要なんだとさ」

そう言ってジェイドはツェンに月光草を渡す。

「ジェイド様、もしかしてあなたが森へ入ったのはこのために」

「ああ、王の命なんて嘘をついて悪かった。俺のわがままだよ。父上には俺の独断行動だったと言っておく」

ーー俺が生きていればの話だけどな、と心の中で付け加えておく。

「ジェイド様、今まであなたの事を誤解していたこと、謝罪いたします」

そう言ってツェンは恭しく頭を下げた。

「あなたがレイナ様の元へ向かうことは止めません。ジェイド様の強さでレイナ様の助けになってあげてください」

「ああ」

本当は記憶を失っていて、戦えないということは黙っておいた方が良さそうだ。

「それとこれを」

そう言って、ツェンはポケットから緑の石を取り出すと、それをジェイドに渡した。

「これは?」

「持っているものの位置を示す道具です。これがあればジェイド様の位置を知ることができるので」

「分かった、ありがとう」

短く礼を言うと、ジェイドは再び間の森へ足を踏み入れた。

◆◆◆

 悪魔憑きの絶え間ない攻撃に対して、自分の攻撃は文字通り歯が立たない。悪魔憑きに対しては相当の威力の一撃を見舞う、または聖属性が付与された攻撃をしなければならない。それが悪魔憑きが危険だと言われる所以だ。当たり前だがオールイルは聖魔法は使えず、聖属性が付与された武器ももっていない。自分にできることは、少しでも時間を稼ぎつつ後退すること。アグラニル様が応援を呼んでくれれば、騎士団はすぐにでも聖魔法隊を派遣するだろう。

 戦闘を初めてからどのくらいの時間が経ったのだろうか。終わりの見えない攻撃は彼女から体力だけではなく、心も削り取っていく。避けきれない攻撃に彼女の肌にはいくつも薄く血が滲んでいる。相手はこちらがギリギリ防げる攻撃をするようになってきた。理由は単純、

ーー私をいたぶって楽しんでいる。

その状態に怒りを覚えるが、どうしようもできない。奴は私が絶望するのを待っているのだろう。悪魔にとって、他者の不幸や絶望が大好物なのだから。

ーーこんな奴に絶対に負けてたまるもんか。

そう心を奮い起こす。その様子を見て、悪魔憑きはニヤリと笑い、叫ぶ。

 必死に攻撃をいなすが、疲労は少しずつ、だが確実に溜まっていく。剣を握る手の感覚も段々と無くなり、動き続けた足は限界を主張するように震え始めた。そんな彼女を支えているのは彼との約束。

「……必ず、戻ってくる」

彼の言葉には一片の嘘も感じられない重みがあった。彼が戻ってきても何も出来ないことは分かっている。それでも、何故か彼が戻ってきてくれるという事が彼女の心の支えになっていた。

 だが、現実は無情であり、ついに体の限界が訪れる。悪魔憑きが組み込んだ変則的な攻撃にガードが間に合わず左足が切り裂かれた。

「ーーーーッ!」

傷は深くないが、疲労も相まって体を支える事が出来なくなり、オールイルはその場にペタりと座り込む。そんな彼女に邪悪な笑みを浮かべた悪魔憑きが鋭利な手を振り下ろすーーーー。

 直後、オールイルの近くで爆発音がした。目を開くと、悪魔憑きは吹き飛んで頭を抑えている。

「ごめん、遅くなった。立てるか?」

そう手を差し伸べたのは聞きなれた青年の声。いつもと変わらない声色のはずなのに、いまはただその声を聞いて安心している自分がいる。

「手を貸して貰ってもいいですか」

ありがとうと言いたかったが、口を出たのは別の言葉だった。自分ながら可愛げのないと思う。

「あ、ごめん」

そんな言葉には対しても馬鹿正直に謝る彼に対して、こんな状況にも関わらず可笑しいと笑ってしまう。極限状態で少しおかしくなっているのだろうか。

 座り込んでいる私似方を貸すと、立ち上がった。

「後もう少しで応援が来る。それまで耐えたら俺たちの勝ちだ。オールイルはまだ戦えるか?」

「ええ」

「そうか……ちなみに俺はほとんど戦えない」

「知ってますよ。二週間前からずっとあなたを見てましたから」

ーー何故だろう、頼りないはずなのに、何故か彼が頼もしく見えてしまう。それと共に尽きかけていた気力も再び戻った。剣を握る右手に力が篭もる。


◆◆◆


ーー間に合ったのはいいが、どうしようか。

メルリアを肩で支えながらジェイドは思考を回す。相手は攻撃が聞かない、倒すことは不可能。なら、時間を稼ぐしかない

ーー俺が使える魔法は、炎の球を発射する【ファイア】水の球を発射する【ウォーター】風を圧縮して切り裂く刃にして放つ【ウインド】。 この攻撃を当て続けて時間を稼ぐのがベストだと思うが、俺の魔法容量は少なく多用は出来ない。唯一問題だった魔法の発動はできた事で感覚は掴めた。そこでふとメルリアの授業での話を思い出した。

『戦いの上で一番大切なものはなんでしょうか』

『強さ』

『それもそうですね』

『じゃあ、自分より強いものに勝つために大切なのはなんでしょうか』

『気持ちかな』

『それもそうですね』

『それも正解なのかよ』

『私が大切だと思うのは、柔軟な思考力です。刻一刻変わる戦闘の中で以下に自分の目的を達成できるか。それを実現するためのプランを出し続けないと行けません。戦いでは戦う事が常にベストだと言えないように。使い方によっては攻撃魔法が防御になったり、防御魔法が攻撃になったりすることもあるのですから』

 いまなら、メルリアの言うことが分かる。戦闘では戦うことがベストだと言えないように、自分がいましなければならないのは、耐える事だ。自分の手持ちは三つの魔法、周りは森、その中で何をすれば一番効果的か。相手を足止めすればいい。

「オールイル、相手が攻撃してきた時に三mほど後ろに弾くことはできるか?」

「ええ、できますが」

「じゃあ奴が来たらできるだけ遠くに弾いてくれ」

 悪魔憑きは先ほどの【ファイア】の攻撃に対して怒りを持っている。飛びかかってきた悪魔憑きに対してオールイルが剣で弾くのと同時に

「【ウインド】」

悪魔憑きに対して放たれたのは高圧縮された風の刃、ではなく一点に圧縮された暴風だった。弾かれた勢いの文字通り追い風になって悪魔憑きは一0mほど遠くに吹き飛ばされた。すかさず

「【ウォーター】」

と悪魔憑きに向けて水球を放つ。水球は悪魔憑きに激突し、バッシャーーーンという音ともに悪魔憑きもろとも地面を水浸しにした。

「いまだ、下がるぞ」

ジェイドは肩でオールイルを支え、悪魔憑きと向き合ったままジリジリと後退する。少しでも早く騎士団と合流するために。悪魔憑きが叫び襲いかかろうとするが、体制を崩して倒れた。どうやら上手くいったようだとジェイドは安堵する。仕組みは簡単、悪魔憑きの周りを【ウォーター】で泥濘ませたのだ。稼げた時間はほんの少しだが、距離を空けることができた。自分が策にはまったことに気がついたのか、悪魔憑きは体を震わせる。

「オールイル、奴の攻撃が弾けなくなったら教えてくれ」

「まだまだ行けます」

鋭い爪を振りかぶって襲いかかった悪魔憑きをオールイルの剣で払い、その隙に再び【ウインド】で吹き飛ばす。悪魔憑きは為す術なく暴風に煽られ吹き飛んだ。ダメージは全くと言っていいほど入っていないが、確実に時間は稼げている。

「根比べと行こうか」

ーー俺の魔法が尽きるか、オールイルが剣を振るえなくなるのが先か、騎士団が到着するのが先か。

 悪魔憑きの攻撃を防ぎ、吹き飛ばす。その繰り返しは確実にジェイドとオールイルに疲労を蓄積させていた。ジェイドの息は荒く、オールイルの腕は敵の攻撃が来る時以外は下を向いて下がっている。対する悪魔憑きは全くと言っていいほどダメージを受けていない。奴は知っているのだ。彼らに自分を倒す手段がないことを。だからこそ彼らが涙ぐましい足掻きをする様を見て楽しんでいる。先ほどから悪魔憑きの攻撃のペースは落ちている。ゆっくりこちらをいたぶっているのだ。

「すいません。手の感覚がないです」

 先に限界を迎えたのは、オールイルだった。彼女の両腕はボロボロで、途中からは腕を無理矢理魔法で強化して動かしていたが、それも限界を迎えた。剣を持つ主軸である右手にはもう力が入らない。左手で辛うじて剣を支えている有様だ。

無限にも思える時間、攻撃を防ぎ続けていたが、いまだ応援はこない。

「私を置いていってください」

諦めたように、オールイルは言った。

「私はいま足でまといです。足は負傷して動けないし、腕は使えません。だから……」

そう言う途中に、ジェイドは体を屈め、彼女を地面に座らせた。

急な動きに、オールイルは驚いて、彼の方を見る。そして、彼と目が合った。

ーー彼の瞳には諦めや絶望の感情は一切なかった。

「支えるから立ってくれ。俺にもたれかかってくれていい。それと、手に感覚が無いなら両手で剣を握ってくれるだけでいい、どの向きに剣を振ればいいか教えてくれ、俺が振る」

ジェイドはそう言ってオールイルを後ろから持ち上げて立ち上がらせると、彼女の後ろに立ち剣を持った彼女の右手に自らの両手を重ねた。

悪魔憑きが距離を詰め殺そうと襲いかかる。

「左から右上に!」

オールイルの言葉に合わせて、剣は振るわれた。

「【ウインド】」

今日何回目か分からない風は、悪魔憑きを少し飛ばす。

 体の力が抜けていくのが分かる。体内の魔力はいまの【ウインド】で枯渇したのだろう。オールイルを支える事も出来ないまま、地面に倒れ込む。

ーーまだだ、立ち上がらないと。

 体がだるい。視界もぼやけている。それでも足に何とか力を入れて立ち上がる。そして、オールイルの手から離れた剣を拾い、座り込んで動けない彼女の前に立つ。

「すまないオールイル、こんなことに巻き込んで。這ってでもいい、逃げてくれ」

「アグラニル様、なにを!?」

「いや、さっきまでオールイルの動きを見てたから、俺も剣であいつの攻撃を受けられるかなって思ってさ。まあ物は試しって言うし」

一歩、前へ出る。

「一度、剣を握ってみたかったんだよね」

魔法の酷使で体が鉛のように重く、気を張っていないと倒れてしまいそうだ。

「短い間だったけど、ありがとう、オールイル」

 悪魔憑きがこちらに向かってくる。意外な事にその動きはスローモーションに見えた。その動きに対応した向きに剣をなぞろうと思い腕を動かそうとするが、驚くほど自分の腕の動きもスローモーションだった。

ーー相手の動きが遅いわけじゃなかったんだな。

自分でも驚くほど冷静にそう思ったと同時に腹部に衝撃、そのすぐ後に血と痛みが溢れ出してきた。倒れ込みそうになるが、剣を支えにして何とか膝を着く姿勢に踏みとどまる。

「痛みで……逆に……頭がハッキリ……したな」

「アグラニル!!」

後ろから絶叫にも似た声がする。

ーーなんだよ、逃げろって言ったのに。と思ったけどオールイルも動けなかったんだっけ。

半ば無意識に右手を彼女にかざし、体の端々に残った魔力を集め

「【ウインド】」

と唱えると彼女は後ろに大きく吹き飛ばされた。

ーー後は俺がどれだけ時間を稼げるか。

前を向くと、既に悪魔憑きは目の前にいた。

ーー死んだな。

それでもなお、彼女の逃げる時間だけは稼ごうと剣を持ち上げようとする……が動かない。

「◆✕✱△□」

ーー目の前から、何か聞こえた。最後の力を振り絞って顔を上げる。だが、何を言っているか分からない。

「△□✕◆✱」

悪魔憑きは口を開き、確かに何かを話している。死ぬ前になんて言っているかだけ聞いてやろうと思うがよく分からない。

 突如、目の前の悪魔憑きが吹き飛ばされた。地面に叩きつけられた奴はのたうち回っている。それと同時に複数人の足音、体を仰向けにされた。目の前では女の子がなにか叫んでいる。辛うじて顔を動かしてオールイルの方を見ると、複数人に囲まれている。

ーーオールイルは助かったのか。

それが、ジェイドの見た最後の光景だった。

ご拝読、ありがとうございました。

展開についてのご意見などあれば、お聞かせください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ