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亡国の王子の人生譚  作者: ayataka
5/13

5.心境の変化

この小説を開いていただき、ありがとうございます。

今までのご感想、誤字脱字などありましたら、お気軽にご連絡ください。

 朝、目が覚めるとオールイルは机に腰掛けてロセオとにらめっこをしていた。昨日と同じ光景だ。

「ふわぁ、おはよう」

 大きく伸びをしながら時計をみると時刻の針は八時をさしていた。一回も目が覚めないままこんな時間まで寝ている自分に驚いたが、それほど疲れていたのだろう。

「おはようございます」

 声の方をみると、オールイルがやたら不満そうな顔をしている。

「オールイル、なんか不機嫌に見えるけど」

「……気のせいです」

 気のせいじゃないなこれは。理由は分からないが不満げな顔をしている。しかし本人が気のせいと言っている以上、詮索しても意味がないと思い追求は控えておく。そんなことより今日はいつもより起きるのが遅い。いつもより早く準備をしないと授業に間に合わない。

「朝ごはん行くか」

「はい」

 短くそっけない返事にも慣れてきた。食堂へ向かうとしよう。


◆◆◆


 急いで朝食を済ませて、部屋に戻って準備を終わらせると教室へ向かう。時間はまだ授業が始まる十分前、意外に余裕だった。しばらく待っているといつものようにメルリアがやってくる。

「おはようございます。お、ちゃんと起きれましたね」

「昨日は早めに寝たからな」

「ジェイドくん疲れてましたもんねー」

「誰かさんのスパルタ指導のおかげでな」

「えー誰でしょう?」

「一人しかいないよ」

 とぼけたフリをするメルリアに突っ込むジェイド。なんてことのない会話が心地よい。

「では、授業を続けますよ」

 メルリアの授業で、時間が流れていく。


◆◆◆


午前の授業が終わり、午後の訓練が始まる。内容は昨日と同じ、ひたすら【ファイア】を使い続ける。今日はメルリアも訓練場に残っていて、椅子に腰掛けメルリアとジェイドを見ていた。

 最初に比べると【ファイア】は的に届かないが、球形の形を保つようになった。少しずつだが、確実に成長しているのが実感できるのは楽しい。

「いいですね。最初より魔力の移動がスムーズになって、球形のまま放出できてます。この調子です」

 メルリアにも自分が上達しているのそ分かるようで、褒めてもらった。

 休憩をはさみつつ、【ファイア】を撃つ。そうしていると

「レイナはいるか!」

 大きな声が訓練場に響いた。驚いて発動しかけの魔法を中断して声のした方を向くとーーオールイルの兄、アルデだった。

「兄さん、私はここ」

 椅子に腰かけたオールイルが返事をする。

「おお、ここにいたか!!どこにいるかと思って探したぞ!!」

「分かったから、そんな大きな声で言わなくていい」

 オールイルがほんのりと顔を赤くしながら強い口調で言う。

「そうか、すまん……」

 強い口調で言われたのがショックだったのか、さっきまでの威勢が無くなっている。

「で、なんの用?」

「そうだ、忘れていた。いまから国王のところに行くぞ、昨日父上と話した結果、お前の護衛の任務を辞めさせることが出来るそうだ。嬉しいだろ」

「え……」

 いきなりの展開に驚いているオールイル。だがそれはジェイドも同じことだ。

ーーオールイルが、護衛じゃなくなる……?

 突然の出来事にただただ驚くことしかできない。

「そうだ!王もお前の意志を確かめると仰った。いますぐにでも行くぞ。というわけでメルリアさん、レイナを借りていきますね。じゃあ俺は先に行くからすぐに来いよ」

「ちょ、ちょっと待って……」

 静止しようときたオールイルに気づかないまま、ガルドは訓練場から出ていった。

「嵐のようでしたね……」

 メルリアがぽつりと呟く。

「そうだな」

 ジェイドも強く同意だった。

「で、レイナちゃんはどうするんです?」

「わ、私ですか!」

「そうですよ。護衛、辞める事も出来ますけど」

「そ、そんなの決まってるじゃないですか!!私は護衛の仕事、最初からーー」

 そこまで言って、口を閉じる。そして黙ってしまった。

「まあとりあえず、言ってきなよ。お兄さんも心配するだろうし」

「……そうですね。じゃあ私はこれで失礼します。ジェイド様」

「なんだ?」

 彼女は口を開いて何かを言おうとしたが、一瞬考えた後に

「いや、なんでもないです。それでは失礼します」

「あ、ああ」

 そう言うとオールイルは 一礼して訓練場を出ていった。何か言いたかったことがあったのかと思うが、言わなかったのは彼女の考えがあるのだろう。

「訓練、再開しますか」

「……そうだな」

彼女は最後に何を言おうとしたのか、心にもやもやを抱えたまま、ジェイドは魔法の訓練を再開する。だが自分の心に生じた心のもやの原因は、それだけではないような気がした。

ーー気にしていてもしょうがない。いまは目の前の訓練に集中しないと。

 そう考え魔法の発動をしようとするが、上手くいかない。むしろ前よりも練度も速さも落ちている。一度目の【ファイア】は球形になることなく掌から放たれた瞬間、炎を噴射してすぐに霧散した。明らかな失敗だ。

ーー今度こそは。

失敗を取り返そうと気持ちを落ち着かせて【ファイア】を発動するが、今度は、炎になることなくただ魔力が掌から抜けただけだった。

「なんで……」

 さっきまで上手くいっていたのに、再開した途端てんでダメだ。

「ジェイドくん。少し、休みましょうか」

「はい」

 明らかに練度も集中力も落ちているのは分かっていた。だからこそ彼女の提案に頷く。

 腰掛けると、軽い疲労感。体を少しでも楽にするために壁に寄りかかる。不意に、メルリアが右手でジェイドの頭に触れた。

「なに?メルリア」

 頭に感じる柔らかい感触に少しドキマギしながらも聞く。

「おまじないです。気にしないでください」

 そう言って頭を撫ではじめた。恥ずかしいが、彼女の手が頭に触れていると、安心する。

「レイナちゃんが護衛じゃなくなるってなって、寂しいんですかよね」

 頭を撫でながら、メルリアは言う。

「別にそういうわけじゃ……」

「違いませんよ、ジェイドくん。けど、その気持ちを持つことは悪いことじゃないです」

「けど、オールイルは俺の事が好きじゃないのに、言えるわけない。護衛を続けてほしいなんて。そんなの俺のエゴだ」

 言葉にすると、自分の気持ちがはっきり分かった。俺はオールイルに護衛を続けて欲しいんだ。

「ジェイドくんはレイナちゃんに何か嫌われる事をしたんですか?」

「分からない、分からないけど、俺が記憶を無くす前、俺と彼女の間に何かがあったのかもしれない」

 最初の彼女の態度は明らかに俺を嫌っていた。おそらく、何かがあったのだ。

「そうですね。けど、いまのジェイドくんは彼女に何か悪いことをしましたか?」

「してないよ、絶対に」

「なら、いいじゃないですか。昔した事は消えないかもしれない。けど、それで嫌われたならレイナちゃんに見せてあげればいいんですよ。いまは違うってこと」

 メルリアの言葉に、ハッとした。

「けど、近くにいるだけでオールイルは嫌そうな顔してた。俺が護衛としていて欲しくても、彼女は俺といたくないよ」

「じゃあ、聞けばいいじゃないですか。レイナちゃんに、護衛をして欲しいけど嫌かどうか」

 彼女の言う通りだ。聞かないでオールイルから手を引こうと考えていたけど、聞けばいいんだ。嫌だと断られたらすっぱりと諦める。当たって砕けろだ。

「メルリア……ありがと」

「可愛い生徒の背中を押すのも先生の役目ですよ」

 彼女はそう言ってウインクする。あざとい仕草も彼女がやるとやけに似合っていた。

「じゃあ、そういうことで再開しますか」

「ああ」

 さっきまでの心のモヤモヤは、どこかへ消えていた。


◆◆◆


 オールイルはアルデと並んで歩いていた。若くして王国軍の隊長となったアルデは圧倒的な実力で兵士達からの人望も厚く、王からも絶大な信頼を寄せられている。そんな彼はすれ違う度に声をかけられる。そしてその度に笑顔で挨拶を返していた。裏表が無いのも、彼がみんなに慕われる理由だ。オールイルはそんな彼を誰よりも尊敬していたが、苦手だった。

「どうした?レイナ」

 黙って歩いていると、アルデはこちらを心配そうに覗き込んでくる。

「なんでもない」

「そうか」

 そう言うと、アルデはそれ以上詮索して来なかった。代わりに、別の話題を出してくる。

「これからの事だが、昨日父さんと話し合った結果、護衛の任務を辞めさせてくれることになった。良かったな」

ーーそんな早く決まったのか……。まだ数日ほどかかると思っていたが、兄が父に相当無理を言ったのだろう。

「そっか……」

 喜んでいい。喜んでいい事なのに、何故か素直に喜べなかった。なぜかもやもやする。だが理由は自分でも分からない。

「それで、一応だが王はお前の意志を確認すると言った。いまから王の間に行き、お前の意志を王に示せばいい。ああ、もちろんお前が護衛を辞めたことに関しては責任も罰も受けないぞ。そんなことはないし、なにより、俺がさせない」

 兄の言っていることは本当だろう。王である王や大臣である父には負けるといえ、王国軍隊長である彼の影響力は決して小さくはない。軍事の要となる彼なら二、人の激しい反対に合わない限り容易いはずだ。

「ありがとう、兄さん」

「何言ってるんだ、困っている妹をほっとけるわけないだろ。お前は俺の大切な家族で、たった一人の妹だ」

 そう言って乱暴に頭を撫でてくる。撫でられていると温かい気持ちになるが、それと同じくらい苦しい気持ちになる。

「ちょっとやめてよ。もうそんな歳じゃないから」

「すまんすまん」

 そう言ってアルデはオールイルから手を放す。悪気は無いのだろう。良くも悪くも、彼は正直なのだ。自分にも、他人に対しても。

 もう一度、護衛の任務について考えていたが、思考がうまく働かない。考えているうちに王の仕事場に着いてしまった。

「オールイル・アルデです。レイナを連れてきました」

「おお、よく来たな。入っていいぞ」

「失礼する」

「失礼します」

 一言添えて部屋に入ると、三日前に訪れたばかりの仕事場に入る。テーブルの椅子には王が座っており、隣には父であるジェイムズがいた。明らかに不機嫌そうな様子を醸し出している。

「まあ、二人とも、適当に腰かけてくれ」

 二人は同時にはい、と答える。こういうところで息がぴったりなのが兄妹らしいなとオールイルは思った。

「では、早速本題に入ろう。レイナの護衛についての話だが、今日、アルデ隊長から辞めさせて欲しいと直訴があった。それに、間違いはないかね?」

「ええ、間違いありません。幸いな事に、父ジェイムズも納得してくれました」

「と言っているが、どうだ?ジェイムズ」

「本人が嫌だと言っているなら、辞めさせるのも手かと思っております」

 そうジェイムズは言葉少なめに答える。昨日の間に兄と口論になり、結果、父の方が譲歩したのだろう。

「そうか、ジェイムズとアルデ、そなたの意見は聞かせてもらった。その上で」

 そこで一旦言葉を止めると、レイナの方をみて

「そなた自身はどう思っているのだ?」

「……私は」

 その一言で、レイナは考える。自分はどうしたいのだろう。アグラニルの護衛を三日やっていたが、彼といて、何か危害を加えられたわけではない。だからといって自分は嫌々引き受けさせられた護衛を、辞める機会があればすぐにでも辞めようと思っていた。

ーーそう思っていたはずだった。いまがその絶好の機会。のはずなのに……。なんでだろうか、自分の中にもやもやとした感情があった。辞めようとする自分を否定するような、そんな感情が。彼女は自分の気持ちが分からなかった。自分の心はぐちゃぐちゃになったように葛藤を繰り返す。

ーー私は、私は……。

「もう少し、護衛を続けようと思います」

 気がつくと、気持ちより先に言葉が出ていた。自分でも何故かは分からない。けど口にすると、不思議と胸のもやは晴れていった。

「レイナ!なにを!」

予想と違う言葉を聞いて、アルデは驚きの声をあげる。隣のジェイムズも驚いてはいたが、むしろ歓迎していた。大方、自分の娘と王子であるアグラニルが近づけば、自分の権力もより大きくなるという魂胆なのだろう。父の権力を手に入れるための助けになるのは嫌だったが、仕方ない。

「レイナよ、本当にいいのか?お前は最初明らかに嫌そうな素振りを見せていた。そんなお前が続けたいというのに少し驚いている。その上でもう一度聞く。それはお前の意思で合っているか?」

 王は、レイナの眼を真っ直ぐに見据えた。その瞳の奥には心配を含む感情を、レイナは見逃さなかった。王は、レイナが誰かに無理矢理言わされているのかと案じているのだ。

「はい。これは、私の意思です」

 言い切った。これは、私の意思なのだ。理由は分からない。ただ心の奥から出てくる続けたいという気持ちは本当だった。


◆◆◆


 オールイルが帰ってきたのは、魔法の訓練を再開してからだいぶ時間が経った頃だった。すでに訓練は終わり、メルリアと別れて自室に戻ってきたのだった。

「おかえり」

 気持ちをなるべく悟られないように、何事も無いように声をかける。

「ただいまです」

 その声はいつもと同じようで、何か違う響きをジェイドに感じさせた。バッと彼女の方を見る。目が合った

「な、なんですか?」

 目を逸らして言う。

「いや、なんにも」

 言いたいことは山ほどあるはずなのに、言えなかった。しばらく、部屋に沈黙が流れた。何故だろう、いつもは感じない謎の気まずさがある。彼女の方を見ると、何かを考えている様子で座っている。そんな彼女を見ていると、再び目が合う。また逸らされた。

 気にしていてもしょうがないと思い直し、ジェイドは歴史の教科書を読みはじめる。だが、彼女の事が気になって内容が全く頭に入ってこない。それでもなんとか集中しようと思って読み進めていると、

「アグラニル様」

  本から顔を上げたら、彼女が目の前に座っていた。

「護衛を再び続けさせて頂くことになりました。よろしくお願いいたします」

 先に口を開いたのはオールイルだった。

 驚いて、言葉を失う。

「あれ、けど、俺の護衛は嫌だって……」

「ロセオ、勝ってませんから」

 負けず嫌いの彼女らしい理由だった。思わず笑ってしまう。

「なにがおかしいんですか」

 彼女は少しムッとした表情になる。

「ごめんごめん、そんな理由だとは思わなくてさ」

「私も驚いてます」

「俺も驚いてるよ。じゃあ、俺がロセオに負けたら、護衛を辞めるのか?」

「そうですね」

「ははっ、じゃあ絶対に負ける訳には行かないな」

「いいましたね、じゃあ早速やりますか。負けませんよ」

「いいよ、やろう」

いそいそとロセオの準備をする。お互いに駒を所定の位置に並べる。

ーー絶対に負ける訳には行かないな。

 改めて気合いを入れ直して、ジェイドは盤面に集中することにした。

ご拝読、ありがとうございます。

ジェイドとレイナの仲を少しずる縮めていければと思います。

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