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亡国の王子の人生譚  作者: ayataka
4/13

4.乖離

この小説を開いていただき、ありがとうございます。

朝、硬い床で目が覚める。ジェイドはベッドではなく、その下のカーペットが敷かれた床に布団をかぶって寝ていた。時計を見ると時刻は朝の六時。まだ朝ご飯には時間があるのでもう少し寝ようとするとーー

「おはようございます」

 と、凛とした声であいさつが聞こえたので、ねぼけなまこで声のしたほうに視線を向けると、声の主であるオールイルが机に座りながらこちらをみていた。彼女はすでに寝間着から普段着に着替え終わっていて、机の上にはロセオの盤とその周りに駒が散らばっている。どうやらロセオの練習をしていたようだ。

「おはよう」

 目が覚めて意識がはっきりしていくうちに、昨日の記憶が鮮明によみがえってくる。昨日オールイルにロセオのアドバイスをすることになって、ロセオのコツを教えながら対戦を挟んでいくうちにすっかり深夜になってしまって、そろそろ寝ようということになったのだが、ここで問題が発生した。

 ベッドが一つしかないのである。ジェイドとオールイルの間で長い話し合いが始まった。結果、彼女が折れてベッドに、ジェイドは床で寝ることに落ち着いたというわけだ。

 大きく伸びをすると、起き上がる。すると、こちらをみている彼女と目が合った。

「ん?どうかしたか」

「いえ、なにも」

 そう言ったあとに、ハッとして口を閉じる。そしてバツが悪そうな顔をした。どうやら言い方がキツくなってしまったことを気にしているようだ。しかしジェイド自身は、昨日一日でだいぶ慣れてきたので特に気にならない。

 起きるとお腹が減る。しかし、食堂が開くのは七時からだ。あと一時間ほどある。さて、どうやって暇を潰そうか。思案していると、オールイルがチラチラとこちらをみている。何かあるのか?という疑問は彼女の手元をみてすぐに分かった。ロセオの盤を片手で握っており、隠しきれないロセオの対戦欲が彼女から発せられている。昨日と今日で成長した実力を試したくて堪らないのだろう。昨日の指導の後も何回か対戦して全勝だったが、明らかに彼女は上達していてほとんど駒数は変わらない程になっていた。今日も朝から研究していたようだし、これは彼女に負ける日も近いかもしれない。

「なんかロセオしたくなってきたなー。オールイル、対戦するか?」

「はい」

 彼女は一瞬嬉しそうに顔を輝かせる、がまたすぐにいつもの無表情に戻った。もう少し素直になればいいと思うが、彼女の嬉しそうな顔が見れたので良しとしよう。

「じゃあ、やるか」

ーー時間は流れ、午前七時。四回目の勝負は、拮抗していた。駒の総数は互いにほぼ同じ、どちらも一つずつ角のマスを取っていて、そこから自陣の駒を広げている。今のところジェイドの全勝だが、もはや差はほとんどないといってもいい。三回目に関しては駒の差は僅か三つだった。

ーー先にミスをした方が負ける。

 それは彼女も理解しているようで、一手一手考えて、慎重に打っていく。彼も同じく焦らず慎重に駒を置いていく。

 勝負が動いたのは、オールイルの一手だった。やられた、という表情で彼女が駒を置いた場所は、次のジェイドの駒で角を取れる場所だった。置ける場所が少なく、そこに打つしか無かったのだろう。その隙をジェイドは見逃さない。二つ目の角を取ると、戦況がガラリと変わる。オールイルも負けじと食らいつくが、ひっくり返されない角の駒を止められる訳もなく防戦一方となった。

「…………負けました」

 最後の空きマスに駒が置かれたと同時に彼女は呟いた。

 ーー勝負の結果は、ジェイドの勝ちだ。

「いい勝負だったな」

「次は負けません。ご飯の時間なので、行きましょう」

 そう言うと彼女はすたすた歩き始めた。負けたのが悔しかったのだろう。あからさまに話題を変えてきた。

「待って待って、俺も行くから」

 そう言って、彼女についていく。昨日今日で、彼女から向けられた嫌悪の感情も少なくなってきて、少しだけだが態度もなんかした気がする。それが、いまのジェイドにはとても嬉しかった。今日はいい一日になりそうだな。根拠の無い確信なできる。そんな穏やかな朝だった。

 ご飯を食べ終わり、支度をして教室に向かう。朝ご飯を食べているときにメルリアに午前中は座学、午後は訓練にするという旨を伝えられたのだ。教室に着くが、まだメルリアはいない。一番前の席に座ると、その後ろにオールイルも腰掛ける。

 しばらく歴史の本を読んでいると、しばらくしてメルリアが教室に入ってきた。

 「お、ちゃんと起きれましたか。えらいえらい。では授業を始めますよー。今日は神龍についてです」

「神龍?」

初めて聞く名前だ。前回の授業では民族以外の生物は『魔物』と『悪魔』しか出てこなかったが……。

「前回の授業では取り上げませんでしたが、実は生物、というのは正しいのか分かりませんが、神龍という四体がいました」

 いました、ということはいまはいないのか。

「レイナちゃんは四体の神龍は覚えていますか」

「はい。北龍グルムンド、西龍アマルガム、南龍ヴォルゲイザー、そして……ヴェムンドラの四体です」

ーーヴェムンドラ?どこかで聞いたことがある名前だが、どこでだっけ?

 ジェイドの疑問をよそに、メルリアは話を続ける。

「その通りです。彼らはこの世界を見守る存在であり、それぞれが自分の領域を守護しています。といっても彼らは神との契約により行動を起こすことはほとんどないですが」

 なるほど、彼女の話し方からするに、神龍は自分たち人間や魔物などとは一線を画す存在なのだろう。ここで一つ気になったことなあった

「一つ、質問いい?」

「ジェイド君、どうぞ」

「メルリアは四体の神龍はそれぞれ自分たちの領域を守っているんだよな。じゃあこの国ーーアグラニル王国はどの神龍が守っているんですか?」

「それなのですが、この国と一帯は神龍に守られていないんです。この国を護る東龍は、討伐されました」

「どういうことだ?」

  わけが分からない。人間を護る神龍を討伐した?なぜ?なんのために?

 その疑問に答えるように、メルリアは言葉を続ける。

「約二0年前、東龍ヴェムンドラは悪魔と契約を交わし、神々の契約ーー人を傷つけてはいけないという誓約なのですが、それが適応されなくなったヴェムンドラは、人々を守護すると立場を捨て、ヴェムンドラとなった彼はその力を振るい、人々を虐殺し始めたのです」

「ヴェムンドラの変ですね……」

 オールイルが誰に言うでもなくポツリと呟いた。

 メルリアはオールイルの言葉を聞いてそうです、と頷き話を続けた。

「元から絶大な力を持つヴェムンドラは悪魔の力を得たことによって、比類無き力を手にしました。ヴェムンドラが現れた大地は、巨躯によって光を遮られ、全てを燃やされ灰と化したといいます。人々は彼を畏怖して『暗黒龍』と呼びました」

「それで、結局どうなったんだ?」

「世界の危機に、王国連合は手を結び各国の選りすぐりの精鋭達と勇者達を含む討伐隊を結成、そして暗黒龍ヴェムンドラとの戦いが始まったのです。暗黒龍の圧倒的な力に討伐隊は甚大な被害と帯ただしい死者を出しつつも、最後は討ち取られました」

 彼女の説明を聞いて、ジェイドの中で話が繋がった。オールイルは昨日、メルリアにヴェムンドラを討伐したと言っていた。恐らくヴェムンドラを討伐したのは彼女なのではないか?

「じゃあもしかしてだけどヴェムンドラを討伐したのは、メルリアなのか?」

「合っているとも、間違っているともいいません。その話はまた今度にしましょう。それより、私がなぜこんな話をしたのか分かりますか?」

 彼女にとって話したくない出来事だったのか、ひらりと躱されてしまった。 そして逆に質問を返される。といってもさっぱり分からない。

「えっと、この前言い忘れていたから……?」

「違います」

 即答だった。だよな……。

「この国には神龍に守られていない。いわば他の国に比べたら著しく防衛力は弱体化している。もしもいま、魔物の大群が攻めてきたら確実に被害は甚大なものになるでしょう。三00年前に起きた魔物侵攻、それと同等の規模がいま起きたら…………この国は、滅亡します」

 そう真剣な顔で言われたが、いまいちピンと来なかった。いまのこの国は平和そのもの。そんな危機感を持てという方が無理なことだろう。後ろのオールイルの顔をちらりとみると、彼女はジェイドとは違い、聞いている姿は真剣そのものだった。尊敬する人物の話だというのもあるだろうが、彼女の真面目さがうかがえる。

「すいません、熱くなりすぎました。いまの話は記憶の片隅に留めておいてください」

「はい」

「分かった」

 ジェイドとオールイルは同時に返事をする。

「では、授業の続きをしましょう」

 そうしてメルリアはまたこの世界の歴史について話し始めた。

 

 夜、午前の授業と午後の訓練を終えて、ジェイドはオールイルと食堂で夜ご飯を食べていた。今日は訓練の後にヒールを掛けてくれなかったので、疲れがピークに達している。

 メルリア曰く「昨日は辛そうだったのでついつい【ヒール】を掛けてしまったんですけど、【ヒール】を掛けない方が魔力変換効率が良くなるんですよ。だから今日からは我慢です」とのこと。

 一刻も早く寝たい。そう思いながらご飯を食べていると、食堂に屈強な男が入ってくる。初めてみる顔だったのだが、どこがで見たことがある顔をしていた。どこで見たかは思い出せなかったが……。男はジェイドがいることに気づくと、こちらへ向かってくる。昨日といい今日といい俺をみると嫌味のひとつでも言いたくなるのな。以前俺はどんな人物だったのか本気で気になってきた。しかし身から出た錆なのだと思い、身構えていると

「なにをしてるんだ?」

 いえ、ご飯食べているんですけど。と言おうとしたが男の視線は俺ではなく、オールイルに向いていた。どうやら彼は俺ではなくオールイルに用事があったようだ。

「アルデ兄さん、これは……」

 狼狽えた表情で慌てるオールイル。兄、というワードにいささか面食らった。しかしオールイルは相当慌てふためいていて、上手く言葉が出ないようだ。兄妹で話しているところ申し訳ないが、助け舟を出すことにしよう。

「アルデさん、彼女に俺の護衛をしてもらってるんだ。それ以上でもそれ以下でもないよ」

「貴様は黙っていろ。この外道!」

 逆に怒鳴られてしまった。何か言い返そうとするが、それより先にアルデがオールイルに話し始めた。

「レイナ、なんでこんな男の護衛をしている?」

「それは、父さんに……」

「父はそこまでして権力を求めるのか……!待ってろオールイル、俺が父に直接抗議してくる。そんな任務すぐに辞めさせてやるからな」

 最初の雰囲気で勘違いをしていたが、オールイルの兄アルデは外道(ジェイド)の護衛を無理矢理任命させた父に怒っていているようだ。

「待って兄様、護衛のことだけど……」

「言わなくても分かっている。真面目なお前の事だから真面目に護衛をこなそうと考えているのだろう。だがその必要はない。すぐにお前をこの任務から解放してやる。なんとしてもだ」

「あの、ですが兄様……」

  なにかを言おうとしているオールイルの言葉を遮って

「うちの妹になにか変なことをしてみろ。お前が王子だからなど関係ない。迷いなく殺す」

  そう殺気すら感じる威圧感を放ちながら言った。当の本人はポカーンとしているだけだったが。

「レイナ、待ってろ。すぐにでも任を解いてやるからな」

 そう言って彼はダッシュで食堂を出ていった。

 あまりの急展開に、ジェイドは呆然と出ていくガルドを見送るしかなかった。

「妹想いの、いい兄さんだな」

 フォローをしようと思ったが、そんなくらいしか言えることがなかった。

「……すいません」

 食べかけのご飯は、すでに冷めていた。


 ご飯も食べ終わったあと、一度部屋に戻りオールイルと一緒に浴場に向かう。相変わらず壁越しにオールイルの歌声が聞こえていたが、昨日のアップテンポではなく、少ししっとりした歌だった。そんな彼女の歌に耳を傾けながら風呂に浸かっていると、とても眠くなる。が、部屋まで我慢だと言い聞かせ耐える。

 風呂からでて、入口で待っているとすぐに彼女も出てきた。しっとりした金髪はほのかにいい香りが鼻をくすぐった。しかし眠気が部屋に戻るやいなや、彼女は口を開いた。

「護衛のことですが、今日が最後かもしれないので先に言っておきます。短い間でしたが、ありがとうございました」

 まあ今日の事があったからな。ガルドのあの剣幕でジェイムズ大臣に詰め寄ったらジェイムズも護衛を取り消すかもしれないし、悲しいけど仕方ない。

「まだ分かんないよ。けどどちらにせよ後五、六日で代わりを見つけるって話だったからな。それが少し早まっただけか」

「そうですね」

「二日間だけだったけど、ありがとな。お前も嫌そうだったのにしっかり護衛してくれて助かったよ」

「いえ、私こそ短い間でしたが……(悪くはなかったです)」

「ん?なんか言った?」

「い、いえなにも……」

 気のせいか、何か言ったように聞こえたがよく聞き取れなかった。

「オールイルは俺なんかと一緒にいるの嫌かもしれなかったけど、俺は結構楽しかったよ。ロセオやった記憶しかないけど」

「そうですか」

 軽くボケを入れたがそれはスルーされた。そして相変わらずの真顔返事。彼女の調子は変わらないが、それが逆に彼女らしく思えてしまった。

 そう思うと同時に、眠気が襲ってくる、もう限界だ。

「あー、オールイル、話してる最中に悪いんだけど、今日は訓練で疲れたから寝させてもらうね。おやすみなさい」

床に寝転がって毛布を被ると、あっという間に瞼が重くなってきて…………。


 彼から規則正しい寝息がするのを聞いて、オールイルは彼が寝たことを理解した。彼には悪いが、まだ眠くない。もう少しロセオを練習していよう。今日の朝の盤面を思い出し、並べてみる。勝負が拮抗していたが、置く場所を減らされた彼女は角を取られるマスに置く状況となった。昨日彼に教えてもらったロセオのコツを生かして、彼とは互角になったはず。しかし、何かがまだ足りないのだろう。それはなんなのか、考えるが、彼女には分からない。負けた盤面を並べては考え、並べては考えを繰り返しているうちに、気がつくと時刻は一一:00になっていた。と同時に集中していて感じなかった疲れが押し寄せてくる。

ーー私も寝ようかな。

そう思い、ロセオを片付けると、灯りを消して布団に入る。自分のでは無いベッドで寝るのも今日が最後ーーといっても二日だけだが。と思うと不思議な気分だった。心の中でベッドを譲ってくれた彼にありがとうを言いつつ寝る姿勢になる。光は窓からさしこむ月の光だけがほんのわずかに部屋を照らしていた。気持ちよく寝れそうだ、そう思って目をつぶるが、

ーー眠れない。

布団に入ったのはいいが、妙に目が冴える。理由は単純、一つはアグラニルのこと、もう一つは今日のこと。

 最初は、アグラニルの護衛になるのは死ぬほど嫌だった。関わった事すら無かったが、彼の噂は知っていたし、王子でありながらそんな彼が嫌いだった。だがいまはどうだ。実際に彼と接してみて分かったのは、彼は噂とは違う。ということだ。明らかに、人格が違うといっても過言ではないレベルで。噂で聞いた彼といまの彼は別人格といってもいいくらい乖離している。何かが……いや、誰かが彼を変えたのか。

 考えるほどキリが無い。思考の迷路に迷っていく。少しずつ瞼が下がってきて、意識が遠のいていく。

 しばらくするとジェイドの部屋は、二人の静かな寝息の音だけとなった。

ご拝読、ありがとうございました。

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