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亡国の王子の人生譚  作者: ayataka
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2.狙われた命

2話を開いていただき、、ありがとうございます。

 ジェイドが記憶を失ってから一週間が経った。体は三日前に全快しており、昨日からメルリアの講義を受け始めた。怪我はかなりの重症だったが、メルリアが毎日回復魔法を掛けてくれたおかげで回復が早まったらしい。三日目に目覚めた時には、全身の体の痛みも消えて元気になった。

「この世界はラグナスといって、神様が創造した世界、と言われています。そして原本には神はこの世界に生物を作った。人間とそれ以外、ツノや動物の頭を持った生物ーー亜人の二種を……と書いてありますが、私から言わせてもらえば、人間と亜人の二種類に分けるなんてナンセンスです」

「私から言わせてもらえば、人間なんて亜人の一種類ですよ。亜人とか一括りにしてますけど、人間以外の総称を人間が勝手に呼んでいるだけです。亜人と呼ばれる者達は魔族にも鬼族とかエルフとかたくさん種類がいるのがいい例ですよ。彼らは自分達の事を亜人だなんて言わないし。そもそも亜人なんて呼び方は彼らに失礼です。亜人なんて人間が上のような言い方は。だから私は人間と亜人を纏めて民族と呼んでいます」

話しているうちにヒートアップしたのか、メルリアの口調が熱を帯びる。

 だが、確かに彼女の言う通りで、人間と亜人という分け方は横暴ではないだろうか。亜人に会ったことも無い自身が言うのもあれだが……。

「確かにそうですね。民族、いい呼び方だと思います」

 そう同意すると、メルリアが嬉しそうな顔で、「ですよね〜」と言った。

「話が逸れましたね。この世界は人族を含む多民族世界なんですが、この総称に含まれない者たちがいます」

「覚えておいた方がいい二種類だけ話します。魔物と、悪魔です」

「物騒な名前が出てきたな」

「魔物は名前の通り、魔力を持った生き物です。彼らは基本的には民族に害を及ぼします。なぜなら、彼らは魔力を喰らって生きるからです」

「魔力を食らって?」

「そうです。彼らは魔力を食らう事で強くなる。じゃあここで問題です」

「魔物は世界のどこにでも生息しています。彼らが魔力をたくさん得るために狙う生き物はなんでしょうか?」

「人間?」

「ん〜惜しいですね」

 ちっちっちと指を振るメルリア。

「正解は民族です」

「ああ、なるほど!」

 言われてみれば彼らも人間と同じく魔物の被害を受けているのだ。人間中心の考え方は良くないとか言いながら、ジェイド自身もどこかで人間中心に考えていたと気付かされる。彼女もそれを見越してこの問題を出したのだ。

「民族は魔力が動物に比べて多いです。だからこそ魔物は、その魔力に引き寄せられる。この性質こそ魔物が民族に害なす理由です。まあと言っても強くなった魔物は魔力に引き寄せられるとは関係なく暴れることもありますが……」

 ケースバイケースです。と雑な説明。

「一応、魔物は種類によって危険度が分けられていてE〜SSまであります。基準としてSは人間辞めた強さの人しか勝てないです。詳しくは魔物図鑑を見ておいてくださいね」

「質問いいか?」

「ジェイドくん。どうぞ」

「メルリアはどのくらいのランクの魔獣まで倒せるんだ?」

「私ですかー。んーB級までなら……。A級は倒せるかどうかわかんないですね」

「……さすがですね」

――ようするにA級と互角くらいということか。

パッと見可愛らしい女の子にしか見えないが……。

「ガルドはSS級倒してますけどね」

「え、ガルドがSSを……」

――S級で人間辞めてるレベルなのにSS級を倒したのか……。

「ちなみにその時の話も気になるな」

「それはガルドに直接聞くといいですよ」

「はい」

 ジェイドは今度、機会があったら聞いてみることに決めた。

「話がそれました。あとはもうひとつの悪魔について話します」

「悪魔か……」

「悪魔は、神に仇なす、もしくは仇なした者たちの総称です。彼らは実体を持っておらず、この世界に働きかける事が出来ないため、実体を求めて民族達の心に働きかけ会話を行い、あの手この手で契約を交わさせようとします。彼らは契約者の意識を乗っ取り、自由を得ます。その力で破壊と殺戮を愉しむために。そうなってしまった状態は悪魔憑きと呼ばれ、討伐対象となります。だから誰も契約を結ぼうとはしません」

――悪魔と魔物か、覚えておこう。

「次は簡単な歴史ですねーー」

 そこから聞いた世界の歴史は長くなったので割愛する。

「それじゃ、昼の講義はここまで! お昼休憩にしましょう」

「疲れた……」

「ふふ、長い間お疲れ様でした」

 記憶を無くした分、覚えることが多いため、必然的に講義時間は長くなる。昨日と今日で習ったのはこの世界の歴史だ。と言っても龍や神、悪魔などが出てくる壮大な物語を聞いているような感覚なので、全くといっていいほど退屈しなかった。疲れることには疲れたが……。

「どうしたんですかジェイドくん。ぼーっとして」

 回想しているとメルリアがこちらを不思議そうにオッドアイの瞳でこちらを覗き込んできた。

「い、いや昨日と今日で学んだことを思い出してた」

 風に揺らされた髪のいい匂いと彼女との近い距離にドギマギしてしまった。

「偉い。勉強熱心なのは感心です。せっかくですし、お昼ご飯でも食べに行きましょうか」

「ああ!ぜひとも!」

ジェイドは即答する。

 メルリアと一緒ご飯を食べることになったということで、評判がいい店に行くことになった。

「そういえば!これ付けといてください」

そう言ってメルリアが渡してきたのは白い紐に蒼の玉を通したネックレスだった。

「ええと……これは?」

「簡単な魔法をかけたネックレスです。これを付けた人は周りからの注目を浴びにくくなります」

「へえ、すごいね。で、なんでこれを俺に?」

 メルリアはやれやれと言った様子だ。

「記憶喪失で忘れているかもしれないですけど、今のあなたは王子ですよ? 余計な注目を浴びないための魔法道具(マジックアイテム)です」

 たしかに彼女の言うことは的を射ている。魔法道具って言うからには、何かしら魔法がかかっているのだろう。

「たしかに。これを付けると周りから見えなくなるのか」

「そんなレベルの高いアイテムじゃありませんよ。あくまでも周りに赤の他人という意識を与える道具です。普段歩いてる時にいちいちすれ違う他人のことを気にしないでしょ?それと同じ存在にさせるくらいです」

ーーいやそれも充分すごい気がするが……。

「へえ、すごいな。早速つけてみる」

 そう言って首に掛けると、変な感覚が……とはならず、特になんにも変わった気配は無かった。

「なんにも違和感ないけど、大丈夫なのか?」

「バッチリですよ。ちょっとしたら忘れそうな雰囲気出てます!そこら辺にいそうですね」

「あんま実感わかないが……」

「そんなもんですよ」

「そんなもんか」

「そんなもんです。じゃあ早速行きましょ行きましょ!」

 待ちきれないとばかりにメルリアは歩き出す。嬉しそうに歩いていく彼女をジェイドは後ろから追いかけた。

 しばらく歩くと目的地に着く。

「ここがホッカ亭か」

 メルリアが言っていた店、ホッカ亭は、赤レンガ造りの歴史を感じさせる店だった。変な装飾品はなく、シンプルな外見で、ドアと窓の間の壁には「ホッカ亭」と大きな文字で書いてある。店からは、美味しそうな匂いが漂ってきている。

「早速入りましょ!」

「そうだな」

ジェイドはわくわくしながらメルリアの後に続いて店に入る。

 中に入ると外観からは想像ができないほどにぎわいだった。四十はあるテーブルとカウンター席はほぼ埋まっていていて、店内にはうるさいとは行かないまでも、活気のある声が響いている。

 店員に案内されるまま、テーブルに腰をかける。しばらくすると店員が水とメニュー表を二つずつ持ってくる。「注文が決まったらお呼びくださいね!」そう言いのこし去っていった。

 メニューを開くと料理名がずらりと並んでいて、知っている料理もあれば、聞いた事のない料理もある。

「ここは何がおすすめなんだ?」

 初めて来た店で何を頼めばいいか分からないので、メルリアに聞いてみる。。

「そうですねー。ホッカ丼が一押しメニューらしいです」

 名前からして看板メニューであることは想像にかたくない。

「じゃあ、それにするか」

「私もそれで」

 店の人を呼んでホッカ丼二つをオーダーする。

「いやー楽しみですね!ホッカ丼!」

「そうだな」

 待ち遠しそうな顔をしている彼女に同意する。

「そういえば、午後からの授業なんですけど、ずっと座学も疲れるだろうし、魔術の練習でもしてみます?」

「魔術か!やってみたいな」

  ジェイドは、「魔術」という響きにわくわくする。座学もいいが、せっかくなら魔法も使ってみたい。手から炎を出したり水を出したりなんてかっこいいと思う。

「久しぶりなので体を壊さない程度に、午後は魔法の基礎と練習にしましょうか」 

「はい先生!」

「魔法の授業って聞いた途端に元気になりましたね。座学のときより……」

 そう下を向いて、悲しそうな顔をした。

「いやいや座学もすごく楽しいよ!メルリアの教え方はすごい分かりやすくて面白いから、先が気になるな」

 彼女が落ち込まないように必死にフォローを入れる。

「冗談ですよ、ジェイドくん。そんな必死にフォロー入れて」

 そう言って顔を上げた彼女はイタズラっぽい顔をしていた。

「なんだよ……ショック受けたかと思って焦った」

 まったく、心臓に悪い冗談だ。

「けど、優しいですね、ジェイドくんは」

「そうか?普通だと思うぞ?」

「いや、優しいですよ。私が傷づかないように気を使ってくれたんですよね」

「ま、まあ。そんな大それたことじゃないけど」

 正面切って褒められるとなんか照れくさい。これ以上褒められると恥ずかしいので、話を変えようと、話題を考える。

ーー自分だけ照れているのも恥ずかしいし、どうせならメルリアも照れさせてやろう、とジェイドは考えた。

 じっと彼女を見る。長いまつ毛に薄いピンクの唇、ぱっちりとした赤と蒼の瞳、最初見たときも思ったが、彼女は可愛い。

「こうしてみると、メルリアってほんとかわいいな」

「い、いきなり何言い出すんですか!」

 動揺したのか、ちょっと慌てた様子。よし、効果はてきめんだ。

「いや、髪も鮮やかな桃色で、紅と蒼の瞳もすごい綺麗だと思う。ほんとうに」

 嘘はない。本当に思っていることしか言ってないのだから。

 彼女は相当動揺している。綺麗な紅と蒼の瞳をぱちくりさせて、こちらを見てくるが、そんなに凝視されると、逆にこっちが恥ずかしくなってきた。

ふと、気づいたのだが……。

ーーあれ、これってもしかしてメルリアを口説いてる事になるんじゃないか……?

 女の子相手に可愛い可愛い言っているのだから。

 それに気づくと、急に恥ずかしくなってきた。

「あの、ジェイドく……」

「ごめんなさい今いった事忘れてくれ。変な意味は無いから。いや、変な意味が無いわけじゃないが……。メルリアに照れさせられたから、仕返ししてやろうと言っただけで……。いやだからって嘘とかじゃなくて、思った事がそのまま口に出た……。いや待て」

 言い訳すればするほど泥沼にハマっていく。墓穴を掘っている気しかしない。

「ジェイドくん」

「は、はい!」

「さっきの台詞、ほんとですか……?」

 さっきの台詞とは、彼女を褒めた事だろう。それはもちろん本心だが、それを認めるのは恥ずかしい。けど、嘘だとって彼女を傷つけてしまうことになったら……。しばし考えたあと、覚悟を決めたジェイドは口を開く。

「恥ずかしいけど、本当だ」

恥ずかしさを覚えている彼とは裏腹に、それを聞いたメルリアは黙ったまま反応らしい反応をしない。

「……変わりましたね」

 しばらくの沈黙の後、メルリアはぽつり、と呟いた。彼女の表情からはなにを思っているのかは分からない。だが、彼女すぐに、しまったという顔をして「今の言葉は忘れてください」と言った。

「いやまあ、忘れるもなにも前の記憶が無いからなんとも思わないさ」

「……ありがとうございますね」

 そう言うと彼女はいつもの笑顔に戻って

「それにしても、ジェイドくんに綺麗だなんて言われちゃいましたね。嬉しいですよー」

いたずらっぽい顔をしながら話すが、明らかにからかいに来ている。

――すごく恥ずかしい。

「本当のことを本当だと言っただけだ」

「そうなんですか。私の目、そんなに綺麗ですか〜?どうです?」

 照れを隠そうと強がってみせるが、メルリアにはバレバレのようで、紅と蒼の目でこちらを見つめながら顔を近づけてくる。そんな彼女に対して、ジェイドはドキドキしっぱなしでーーけど目が離せなかった。

「お待たせしました!!ホッカ丼二つでございます」

 どうやら店員さんが料理を運んで来た所だったようだ。タイミングがいいのか悪いのか。店員は俺とメルリアの目の前に一つずつホッカ丼を置いていくと「ごゆっくりどうぞ〜」の声と共に厨房へ戻っていった。

「わあ!美味しそうですね!」

 メルリアが声をあげる。目の前に置かれたホッカ丼は、ご飯の上に肉がたくさん乗っていて、タレがかけてある。タレの香ばしい匂いが食欲をそそる。

 さっそく食べてみると

「……美味しいな!」

 肉はジューシー、タレは甘辛で仕上げてあって、少しピリッと後に引く辛さがクセになる。

「美味しいですね!」

 メルリアもご満悦のようだ。

 五分ほどして、食べ終える。美味しすぎて、すぐ無くなってしまった。お腹が減っているのもあるだろうが、それにしても美味しかった。この味なら評判になるのも頷ける。

「美味しかったですね〜」

 同じく食べ終わったメルリアも満足そうな顔をして、水を飲んでいる。

 そういえば、記憶を失ってから初めて美味しいものを食べた気がする。療養中はおかゆしか食べていなかった。

 メルリアととりとめのない話をする。彼女は話が上手い。適度に話題を振ってきて、ジェイドが話すことに興味を持って、笑顔で相槌をうってくれる。彼女が楽しそうな顔を見て、ついつい話しすぎてしまった。

 話題の区切りがついたところで、時計をみる。

「もうこんな時間か」

気がつくと、時刻は一時前だった。食べ終わったのが十二時くらいだから、一時間ほど話していたらしい。そんな気がしないのは楽しかったからだろう。入った時はほぼ満員だった店内も、いまは人がまばらにいるだけになっている。

「もう一時ですか、話しすぎちゃいましたね。少し休んだら帰りますか。午後の授業もしなきゃ行けないですし」

 そう言うとメルリアは「すいません〜」と手を挙げて店員を呼んだ。そして会計を済ませて外に出る。

「メルリア、ご馳走様です。」

 奢ってもらったのだから礼を言うのが筋というものだろう。彼女に全額払ってもらうのは申し訳なかったが、ジェイドは金を持っていなかった。

「いえいえ、楽しかったので全然いいですよ」

 彼女は満足そうにニコニコとしている。

「じゃあ、帰りますか」

 歩き始めたメルリアに並んで歩調を合わせる。こうして二人で歩くのはなんか気恥ずかしい。

――次からはもうちょっとちゃんとした服装で行こう。

ジェイドが心の中で決意を固めていると、メルリアが不意に立ち止まった。何かあったのかと周りを見回す。考え事をしていて気づかなかったが、いつの間にか大通りから外れて、裏通りのような所を歩いていた。

ここはどこ? と聞こうとしたとき、

「ちょっと用事を思い出しました。ここで待っててもらってもいいですか?五分ほどで戻ってきますから」

 用事……?このタイミングでおかしいと思い、少し考える。しかしすぐに答えが出た。

ーーなるほど、トイレか!!

 それはしょうがない。女性が男に向かってトイレなんて言いにくいからな。ならばここは彼女の気持ちをくんだスマートな回答が求められる。

「わかった。五分でも十分でも三十分でもごゆっくり、ここで待ってるからさ」

「なんでそんな温かい目で言うんですか。まあ、ありがたいですけど……」

「ああ、ごゆっくり」

「じゃあ、ちょっと待っててくださいね」

 そう言って、彼女は突き当たりのT字を左に曲がり、姿を消した。

 やることもなく手持ち無沙汰で待つこと五分、彼女が曲がった通りに人影がみえたので、メルリアが戻ってきたかと思い視線を向けると、それは彼女ではなく、フードを被った男だった。

 男はこちらをみて俺を認識したようだが、意に介せずこちらに向かってくる。道の真ん中に立っていたジェイドは邪魔になると思い、道端に移動する。

 男はジェイドとすれ違う瞬間、キィンと金属を叩いたような高い音が鳴り、その数秒後に地面に落ちた何かがカンカンと高い音を鳴らした。どうやら男が何かを落としたようだ。男が落としたものを確認しようと目を向けた瞬間ーー。

「チッ!」

 男が舌打ちと共に、左手に握った何かをこちらに向けてくる。

――それは、短剣だった。

ジェイドがそれを認識した時には既に切っ先がこちらに迫ってくる。

ーー死ぬ。

 ジェイドはそう覚悟した。

 しかし、さっきと同じく、金属と金属がぶつかった音が目の前で響いた。恐る恐る目を開くと、男の左手には短剣が握られておらず、持っていたはずの短剣は、地面に落ちていた。

「どういうことだ……!」

 男は何が起きたか分からないという風に、周りを見渡す。だが次の瞬間

「ガッ…………!」

 飛んできた何かを受けて、男は吹き飛んで地面に叩きつけられる。

「大丈夫ですか?」

上から声がする。と同時に上からメルリアが降りてきて、俺の前に着地する。

「お、おまえは……?」

 吹き飛ばされた男が苦しそうに問いかける。しかしメルリアは彼の言葉を無視して彼の頭に触れて、なにかを呟いた。すると、

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 男は苦しそうな叫んだ後、ピクリとも動かなくなる。

ーー死んだのか?

 ぴくりとも動かなくなった男をみて、ジェイドは不安に駆られる。

「大丈夫、気絶しているだけです。といっても三十分は意識が戻らないでしょうけど」

俺の心を読んだかのように、メルリアが答えた。そして後ろ手にして手錠らしき物を取り出すと男の両手に掛けた。

「メルリア、それは?」

「拘束具です。これで手や足を拘束すると、しばらくの間、魔術が使えなくなります」

 しばらくすると、メルリアが呼んだ兵士たちが男を連行していった。といっても男に意識はなかったが……。

 メルリアから話を聞くと、ホッカ亭を出たあとから後を付けられている気配を感じたのだという。なのでジェイドを一人にさせて、男がどうするのかを見ていたそうだ。彼女もまさか男が俺を殺そうとするとは思わなかったらしく、驚いていた。

「そんなことが起きてたのか……」

 全く気づかず、メルリアがトイレに行っていると思って待っていた自分が情けない。

「なんにせよ、ジェイドくんが無事でよかったです」

「メルリアのおかげだ、ありがとう」

 メルリアが気づいていなかったら、死んでいたかもしれない。記憶を失ってから、彼女には助けられてばっかりだ。

「けど、おかしいですね」

 釈然としない顔で彼女は言った。

「なにがだ?」

「今回の男についてです。いまネックレスの魔法は完璧だったはず。なのに、男はジェイドくんだという事に気づいた」

 そう言われて、ジェイドも一つの事実に気づく。

「もしかして……」

「はい、城内に私とジェイドくんが街に出た事を教えた、裏切り者がいます」

ーー城内に、俺を殺そうとしたやつがいる。

 その事実は彼の心に重くのしかかった。

「俺が、狙われているってことか」

「はい、何者かがジェイド君を殺そうとしている。目的は不明ですが……。それに、ジェイド君が記憶を失うきっかけになった事故、それも事故ではなく、殺すためだとしたら……」

 城内で何かが起きている。この三日間、記憶もいつか戻るさ、と気楽なジェイドだったが、今回の事件で自分とそれを取り巻く不穏な空気を、否応なく感じた。


◆◆◆


ーー今日は疲れたな。

 ベッドに寝っ転がると、一日の疲れがどっと襲ってくる。

――今日は色んなことがあった。

 事件の後、ことの重大性を認識し直したメルリアは、連行された男を尋問するために引き取る事にした。その後、尋問で忙しい彼女に代わって、ガルドに事件の顛末を説明したジェイドは、ガルドと話し合った結果、俺に一人護衛を付ける事になった。今日のうちに人選を行い、明日以降付けるという事だ。

「メルリアじゃだめなの?」

「彼女には、他の重要な事を任せてある。同時に護衛をするのは厳しいのだ」

 とのこと。悲しいが仕方ない。

 時計を見ると、時刻は二十三時を回っていた。もうそろそろ寝ようと思っていると

「ジェイドくん、ちょっといいですか」

 コンコンとノックと共に、ドア越しに声がする。この声はメルリアだ。

「ちょっと待って」

 寝転がっているだらしない姿を見られるのは恥ずかしいので、ジェイドは急いでベッドから起き上がり、近くの椅子に腰掛ける。

「どうぞ」

 その声を聞いて、メルリアが部屋に入ってきた。

「どうした、こんな夜に」

「ちょっと話したいことがあって、来ちゃいました。迷惑でしたか」

 そう言ってイタズラっぽく微笑む。

――これは迷惑だと思ってないやつだ……。

「全然迷惑じゃない」

――実際迷惑なんかじゃないし、嬉しい。

「じゃあよかった」

 そう言ってメルリアは再び微笑む。

「そういえばさ、男からなんか聞けた?」

 自分を殺そうとした男、名前も知らないが何かしら情報を持っているはずだ。メルリアが尋問すると言っていたので、なにか聞き出せたらいいのだが……。

「それが、依頼されただけで依頼者の名前も姿も全く分からないだそうです」

 メルリアの話を要約すると、男はジェイドとは面識はなく、依頼されただけだと言っていた。

「誰かが俺を殺そうとしたって事は確定か」

「そうですね。現状は男が依頼主を知らないから手詰まりです」

 部屋に暗いムードが流れる。暗い雰囲気だと気まずい。そういえばメルリアは何か話したいことがあると言っていた。

「その話はひとまず終わりにして、メルリアが話したかったことはなんだ?」

「あー、そうでしたね」

彼女は思い出したように言った。そして、少し照準した後、口を開く

「その、なんて言うか辛いこともあると思うんです。けど、生きてれば嫌なことばっかりじゃなくて、いい事があると思います。なのでえーっと」

 彼女にしては珍しく要領をえない発言だ。伝えたいことはよく分からないが、ジェイドには、彼女が自分を案じているからこその言葉だというのは伝わってきた。

 俺のよく分からない、という顔をしているのをみて、彼女は少し間を置き、深呼吸すると

「ようするに、どんな時も私がそばにいて、ジェイド君を守ります。だから辛い時や苦しい時は私を頼ってください。力になりますから」

 彼女は真っ直ぐにこちらを見て言い切った。オッドアイの両瞳は決して目をそらさずに。

「メルリア、ありがとう」

 いまはそれだけしか、言葉がでなかった。

 彼女の優しさが心に染みた。彼女は今日の事件でショックを受けているかもしれない自分と案じて、自分も疲れているのにわざわざ来てくれたのだ。自分を励ますために。

「気にしないでください。私が好きでしていることですから」

 優しげな顔で微笑んだ。その顔に、不覚にもジェイドはドキリとした。

「優しいな、メルリアは」

 記憶を無くしてから彼女はいつもジェイドに優しかった。助けられてばかりだ。

「そ、そんなことないですよ。そ、それより今日は疲れましたね」

 唐突に褒められるのに慣れていないのか、明らかに話題を逸らしてくる。ツッコミを入れようかと思ったが、それも野暮なので、ジェイドは彼女に乗っかることにした。

「そうだな、クタクタだ」

 特に何かしたわけでもないのにな、と笑いながら言うと、

「そういうと思いました。癒してあげますね」

「え?」

 癒すっていうのはどういう意味で、とはさすがに聞けない。

「というわけで座っててくださいね」

「は、はい」

 言われたとおり椅子に腰掛けた状態で待っていると、メルリアの手が頭に触れた。そして彼女は短くなにか呟く、すると体の疲れが消えて、体が軽くなった。

「どうですか?少しは楽になったでしょ」

「ああ!すごい体が楽になった」

「回復魔法をかけて、疲れを減らしました」

「へえ、魔法はすごいな」

 炎や氷を出すだけではなく、人を癒すこともできるのか。

「じゃあ、私はこれでお暇します。今日の疲れも取れたと思うので、明日は厳しく行きますよ。覚悟していてくださいね」

「もしかしてそのために治癒かけたりして……」

「さあ、どうでしょうね?」

 それも理由のうちには絶対入っているな……。とはいえ、彼女の優しさには感謝しかない。

「ありがとう、メルリア」

 こういう時ほど語彙力がない自分を恨めしく思う。ありがとう以外の言葉が浮かばない。

「いえいえ。じゃあ、おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

 メルリアが出ていった後、明日から始まる授業と訓練に備えて、ジェイドは寝ることにした。

ご拝読、ありがとうございました。

ご批評、お待ちしております。

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