13.魔物侵攻
ジェイドの父、ガルド視点になります。
――魔物侵攻、当日。
朝、八時。ガルドは自身の椅子に腰かけながら、窓から外を眺めていた。窓の外では、深々と雨が降っている。
――生憎の天気だな
ため息をつく。
ガルドは、雨が好きではなかった。両親との別れ、親友との別れ、最愛の人との別れ――そんな日は、いつも決まって雨が降っていた。それに、彼の得意とする魔法は、雨の日に威力が減衰する。
体も重い。戦場から遠ざかって二十年が経った。魔力量も減り、近接戦闘の勘は間違いなく衰えている。
――歳はとりたくないものだ
しばしの間、目を閉じていると、ドアの開く音がした。
「おはようございます。寝ていました?」
「いや、考えごとをな。それよりどうだ、みんなの様子は」
皆というのは、王国騎士団と国民のことだ。
「市民はみんな落ち着いています。しかし……」
「アルデか……」
「ええ」
アルデ。王国騎士団団長で、ガルドに次ぐ戦闘力を持つ実力者。近接戦闘に絞れば、その実力はガルドをも凌ぐ。また裏表なく、面倒見のいい性格から騎士団での人望も厚い。文字通り騎士団の柱といえる存在だ。
だが、妹であるレイナが死んでから、彼は明らかに元気がない。肉親の死が彼に取って大きなダメージを受けていた。以前までの快活さは息をひそめ、一人で塞ぎこむ時間が多くなった。それに引きずられるように、騎士団の士気も決して高いとはいえない状況だ。
「アルデと話す場を設けたいが、いまは時間がない」
「……そうですね」
レイナを殺した犯人もいまだ捕まっていない。ガルドの息子であるジェイドも、レイナが死んだあの日以降、自室に閉じこもっている。
「タイミングが悪すぎるな」
「ええ、黒幕はそれが目的でしょうね」
「この侵攻を乗り切る。話はそれからだ」
「…………乗り切れそうですか」
「ああ、俺がいて、騎士団もいる。なんてことはない。」
驕りでも、強がりでもない。ただ事実を述べた。
「それにメルリア、お前がいるからな」
メルリアの固有魔法は【治癒】。対象の種類に関わらず、すべてを癒やす力を持っている。
「過信は禁物ですよ。私も無限に治せるわけじゃありませんからね」
「分かっている。……そろそろ、時間か」
「私は、ジェイド君と少し話をしてきます。すぐに戻ります」
「すまないな。お前には色々と迷惑をかけてしまった」
「いえ、彼がこうなったのは、私にも責任がありますから……」
「メルリア、お願いがある。お前がジェイドを支えてやってほしい」
「…………遺言に聞こえます。やめてください」
「そんなつもりはなかったのだが、どうやら俺も年老いたようだ」
「すぐ戻ります。ご武運を」
メルリアが部屋を出ていくのを確認すると、ガルドは椅子から立ち上がる。そして手を軽く開くと、彼の口の周りに小さな魔法陣が出現し、それと同じ、しかし何倍も大きな魔法陣が、城の上空に展開された。
魔法【拡声】。自身の声を増幅し、何倍もの大きさにして広範囲に響かせる。
「今日は魔物侵攻の日だ! だが、安心していい。この日のために、我々は準備をしてきた! それに騎士団も、私もいる! 君たちは、騎士団と私が全力で守る。だからどうか見守ってほしい。我等の雄姿を!」
この日、後に“ガルドの悲劇”と記録される。第二次魔物侵攻が始まったのだ。
空が目を覆うほどの眩しさで青く光った。
――それは、魔物侵攻の合図。
城壁の外、何もない空間から、おびただしい量の魔物たちが具現化する。十万を優に超える多種多様な魔物たちが辺り一帯に出現した。彼ら一体一体は、一般的な兵士と同程度の強さを。姿形は異なるが、共通しているのは、その目に憎悪の炎を滾らせていること。
すべてを殺さんと、魔物たちは思い思いに咆哮をあげた。その音は不協和音となって辺りに響き渡る。
「さて、いくか」
城の上からその様子を眺めていたガルドは、屋根を蹴り、宙に浮いた。
「まずは、肩慣らしといこうか……壱の魔法【獄炎】」
そう唱えると同時に、彼の背後に巨大な炎球が九つ出現した。その一つ一つが凄まじい熱を放つ。
「焼き尽くせ」
その声と同時に、炎球は周囲の水分を蒸発させつつ、魔物たちへと降り注いだ。
「*☆※▽〇#!!!」
魔物たちの断末魔が響き渡る。魔物たちが灰と化すまで、その炎は燃え続けた。
【獄炎】。炎を操る固有魔法【炎舞】を持つガルド。彼が使う八つの魔法の一つ。彼にのみ許された炎が燃料とするのは、燃え移った者の魔力。対象の魔力が尽きるまで、その灯は絶えることはない。
唯一の弱点は雨が降ると威力が減衰してしまうこと。それでも、具現化した十万を超える魔物たちの二割は灰と化し消滅した。
――……衰えたな
昔ならば、優に二十を超える【獄炎】を放てた。だが、いまはその半分以下。
「次へいこう。六の魔法【爆炎】」
まばゆいほどの光と轟音が、魔物の中心で炸裂する――。
光が収束し、視界が開けると、爆発の中心部には半径十メートルほどの穴がポッカリと空いていた。
【爆炎】は轟音と目が眩む光とともに、あたり一帯を焦土と化す魔法。
だが、【爆発】が恐ろしいのはその威力だけではない。爆発が直撃しなかった者に対しても、轟音で聴力を奪い、光で視界をも奪う。
視界と聴力を失った魔物たちは、混乱を極めていた。
ガルドは手を軽く開き、魔法【拡声】を使う。
「魔物たちは弱っている! いまが勝機だ! 攻撃せよ!!」
「おおおお!!」
雄叫びとともに、騎士団を始めとする何千もの兵士が前進を開始。それに呼応して、城壁の上の魔術師たちは、一斉に魔法を唱え始めた。
――炎、水、氷、風。
彼ら魔術師たちから放たれた幾色の魔法は、まるで流星のように魔物たちへと降り注ぐ。
直撃した魔物たちはなすすべもなく倒れ、次々と霧散していった。
――これで、削った戦力は五割といったところか
いまた、こちらの被害は0。
しかし、懸念点があるとすれば――
――……いない、な
見下ろす限り、騎士団長、アルデの姿はどこにも見当たらない。戦場の柱とも言うべきアルデが姿を見せないことに、ガルドは強い違和感を覚えた。
――まさか、何かあったのか……?
そんな思考がよぎる。アルデはどんな状況であろうと、決して戦いから逃げる男ではない。それが姿を見せないとなれば――。
思案を巡らせていると、ガチャリという音とともに、ドアが開いた。
メルリアが帰ってきたのだろう。
「どうだった?ジェイドの様子は?」
ガルドは振り返らず、窓の外、魔物と騎士団の戦いを注視しつつ問いかける。
――返事はない。
「……どうした?」
そう振り返ろうとしたとき、自身の胸に、鋭い痛みが走った。
下を向き自身の左胸をみると、そこからは剣が突き出ていた。
――刺されたのか……
理解すると同時に胸を貫いた剣が引き抜かれる。
「私も、老いたな……」
【獄炎】と【爆炎】を使って、魔力を消耗した体に、致命傷。
「……さよなら」
声を聞いて、ガルドは衝撃を受ける。
「……な……ぜ………………」
声の主はその質問には答えず、静かにガルドに剣を振り下ろす。
――あなたが、国を、みんなが笑って過ごせる、国を作ってくださいね。
最期に思い出すのは、遠い昔、亡き妻、マリーナとの約束。
(すまない、マリーナ。私は……ここ……で)
鮮血で赤く染まった床にガルドは倒れ込んだ。
◆◆◆
ガルドの死体をみて、メルリアは理解する。
もう、この魔物侵攻を退けることはできないと――。
【治癒】の魔法を持っている彼女にも限界がある。最初の作戦は、ガルドは蹂躙し、消費した魔力をメルリアが【治癒】することで戦い続けるという話だった。
だが、ガルドが死んだいま、魔物たちを蹂躙できるものはいない。
魔物たちの最大の厄介さは、圧倒的な物量と、いつ終わるか分からない恐怖に他ならない。
――私のやるべきことは。
ジェイドを連れ出す。この国は終わりだ。ここにいてもみんな魔物に鏖殺されるだけ。一人で戦っても、圧倒的な物量に対して勝ち目はない。
「すいません、ガルド。私にはあなたの守ろうとした国を見捨てます」
悔恨を口にしながら、メルリアはジェイドを連れ出すために、彼の部屋へ向かう。
◆◆◆
レイナがいなくなったあの日から、何日が経ったのか。
今日は、朝からやけに騒がしかった。興味はない、どうでもいい。
ジェイドには分からなかった。レイナがいない世界の過ごし方が。
いまはただ、どうでもいい……。レイナが、彼女がいない現実、それを受け入れたくなくて、彼は今日も思考をやめる。
ーー遠くから、音がする。
ーー煩いな、ほっといてくれよ。
内心毒づくジェイドとは裏腹に、その音は一向に鳴り止まない。
ーーほんとうに煩いな。
彼の意識が、少しだけ現実に戻る。
それは、ドアを叩く音だった。
「ーーーーーー!」
微かに聞こえる。どこか聞き覚えのある、優しい声。
「ーーイド君ーー。ジェイド君!」
呼んでいるのは、自分の名前。
「ジェイド君!」
その声の主は、メルリアだった。
「私と逃げてください!」
――なにをいってるんだろう。逃げるってどこに。俺に逃げる意味なんて、もう無いのに。
「ジェイド君、開けてください!」
――ああ、煩いな。ほっといてくれよ。
「ジェイド君、私は君まで死なせたくないんです!」
初めて聞いたメルリアの必死の声。ほっといてほしいのに、彼女の声は、否が応でもジェイドを現実に引き戻す。
「うるさいな、メルリア」
気がつけば、ドアに向かって言葉を放っていた。
「……!ジェイド君。よかった」
メルリアの安心した、という安堵を含んだ声が、ドアの外から聞こえてきた。
――なんでそんな優しいんだよ。
自分に、いまさらなにをしようというのか。あの日――レイナが死んだ日から、ジェイドはメルリアとの対話を拒み続けていた。話せば、否が応でも実感してしまう。彼女の死を受け入れてしまう
嫌だった。ジェイドが記憶失ってからの日々、そのほとんどはレイナと共に過ごしていた。それが過去になるのは……。
「メルリア、もういいんだ。消えない過去も、忘れたい今も、全部抱えて俺はここで終わる」
「なんで、そんなこと……亡くなったレイナちゃんが、そんなことを望んでいると――」
「うるさいな!メルリアになにが分かるんだよ!レイナが死んだのは、俺のせいだ。俺がレイナを護衛にしなければ、関わろうとしなければ!」
言葉にすると、より重く、昏く、心にのしかかってくる。
――俺が、レイナを殺したんだ。
「……俺に関わらなければ、レイナはいまも――」
「ジェイドくんのせいじゃ、ありません」
メルリアは消え入りそうな声で言葉を続ける。
「……ジェイド君のせいじゃ、ありません」
「…………ありがとう、メルリア。けど、もういいんだ」
「なんで、そんなことを言うんですか。私は、ジェイド君にまで死んでほしくない!」
「いいんだ。俺の生きる意味はもう無いから」
「……顔をみて、話しましょう」
「…………分かったよ」
――最後に、メルリアの顔をみて伝えよう。
ありがとう、と――。
ジェイドは重い体を引きずり、ドアを開ける。
目の前に座るメルリアは、ほっとした表情を浮かべていた。
「ジェイド君、ひどい顔……してます」
「メルリアだって」
「私と、逃げてください」
「ごめん、俺にはもう、逃げる理由がないんだ」
「なら、私を逃げる理由にしてください」
「……なんで……そこまで……」
「あなたを、助けたいんです。生きる意味がないって言うのなら、私をジェイド君の生きる意味にさせてください」
メルリアの表情はいまにも泣き出しそうで、ただこちらをみつめていた。
「なんで……俺に」
「ジェイド君が、私には、必要だから」
まっすぐにこちらをみつめる彼女の赤と黄色の瞳に嘘は、なかった。
「……俺には」
ジェイドは、メルリアに手を伸ばす。
「なにも、ない……けれど」
――それでも、誰かの生きる理由になれるのなら……。
もう一度、生きようとも思えた。
「私を、待たせすぎです」
メルリアは冗談っぽく笑うが、その表情はいまにも泣き出しそうだった。
「ごめん」
「逃げましょう、二人で、私が守ります」
「分かった」
ジェイドはメルリアの手を取る。彼女の手の温かさは、彼女が生きていることを実感させた。
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