12.星織祭
第一章も終盤に差しかかります。最後までお付き合いいただければ幸いです。
星織祭当日、ジェイドは落ち着かない様子で、人を待っていた。彼の首にかかっているのは、この前メルリアからもらった認識阻害のネックレスだ。メルリアとレイナ以外には彼の姿が全くの別人に見える魔法をかけてある。
「ジェイド」
声の方へ振り向くと、そこには彼女が、レイナがいた。
「じゃあ、行こうか」
「そうだな」
どちらともなく、歩き出す。レイナと一緒に歩く、いつもと変わらないことのはずなのに、心がドキドキした。
城を出て少し歩くと、いつもの街並みが様変わりしていた。夜の大街道の両端には灯りが吊るされており、その下には多種多様な屋台がずらりと並んでいる。
「わ、たくさんお店があるね」
メルリアが少し驚いた様子で声を上げる。
「ほんとだ。星織祭ってこんな感じなのか」
「そうだね、私も星織祭に参加するのはすごい久しぶりだから、すごい新鮮」
「そうなのか。なあレイナ、あれはどういう食べ物だ?」
ほどよく焼かれた茶色の肉が串に刺された食べ物を指さす。
「あれはルーラックって言ってね、ドーバーっていう魔物の肉を焼いて味付けした食べ物で、美味しいよ」
「へえ、美味そうだな」
「せっかくだから食べてみる?」
「ああ、食いたい」
「じゃあ、行こいこ!」
ルーラックの屋台に向かうレイナについていく。
「へい!らっしゃい!ルーラック、一つ500ガルだよ!」
屋台に行くと、ルーラックを焼いているかっぷくのいいおじさんから声を掛けられた。
「じゃあ、二つください」
「はいよ!二つで1000ガルだ。味は秘伝のタレか秘伝の香辛料か選べるが、どっちにするかい?」
「せっかくだから、どっちも食べてみよっか」
「そうだな」
「じゃあタレと香辛料1つずつでいいかい?」
「はい、お願いします」
そういいながら、おじさんに1000ガルを渡す。
「おうよ!ちょっと待ってな」
おじさんは手際よく二本の串を焼き始めると、あたりに香ばしい匂いが広がっていく。
「はいよ!ルーラック二つだ」
「ありがとうございます」
二つのルーラックを受け取って、ジェイドとレイナは歩き出す。
「お、美味いな」
「おいしいね!」
一口ほおばると、口の中に肉とタレの旨みが広がる。肉は固すぎず、ほどよく脂がのっていて、ジューシーだ。
夢中になって食べていると、隣から視線を感じる。
「どうした」
「いやー、ジェイドのルーラックも美味しそうだなって思ってさ」
「食べてみるか?」
「いいの?」
「ああ、その代わりレイナのルーラックもくれよ」
「えっ、うん……」
ジェイドはレイナに自分のルーラックを渡し、彼女のルーラックを受け取った。口にすると、先ほどのたれの味がない代わりに、肉の旨みをより強く感じる。
「塩も美味いな」
「……そうだね」
「どうした?あんま美味しくなかったか」
「いや、美味しいよ」
「ならよかった」
なにか釈然としないが、まあいいか。
「ねえねえ、あれも食べたい」
レイナが指さした先には、黄色い生地にクリームが巻いてある食べ物が並んでいる。
「あれは?」
「あれはクレープ。モチモチの生地の中にクリームがたっぷり入っていてとっても美味しいよ」
「へえ、それも食べてみるか」
「すいません。クレープ2つください」
「すいません。一つでいいです」
「はいよ」
「一人一つだとすぐお腹いっぱいになっちゃうから、二人で分けようよ」
「確かにそうだな」
クレープ屋台のおばさんは手際よく熱された鉄の上に黄色い液体を垂らし、薄く広げていく。黄色い液体が固まり、薄い生地になるとそれをすくいあげ、上に様々な果物やクリームをトッピングしていく。最後にそれをクルクルと巻いて完成だ。
「はい。クレープだよ。おまけしておいたからね」
屋台のおばさんはそう言ってウインクする。
「わあ、ありがとうございます」
「いいんだよ。今日は彼氏さんとデートかい?」
「デ、デートでは……ないです」
そういうレイナの顔は真っ赤だった。
「そうかい。変なことを言って悪かったね。二人ともあんまりにもお似合いだったからね」
『そんな、お似合いだなんて』
「はは、息ピッタリだね」
そういわれると言い返せない。
「二人とも、せっかくの祭りだ。楽しみなよー」
「……なんか、勘違いされちゃったね」
「そ、そうだな。……早速だけどクレープ食べてみるか」
強引に話を逸らす。
「そうだね。はい、どうぞ」
レイナが手に持ったクレープをこちらに渡してくる。
「俺は後でいいから、レイナが先に食べな」
「じゃあ、お言葉に甘えよっかな。いただきます」
クレープを一口食べると
「わあ……すごいおいしい」
「……俺ももらっていいか?」
「はい、どうぞ」
レイナはクレープを手に持ったままこちらに差し出してくる。彼女の手に持ったものを食べるのは少し恥ずかしい気もしたが、考えないようにしてかぶりつく。
「うん、美味いな」
「ねー」
一通り食べ終わると、それからは色々な屋台を回った。食べ物だけではなく、射的やくじ引きなど。
「楽しいね!」
くじ引きでクエウチというボードゲームを持ってご満悦なレイナ。
「ああ、楽しい。クエウチも当たったし。くじ引きで二等はすごいな」
「へへ、でしょー」
『後30分で、星織が始まります。星織が始まると同時に、明かりは消灯されますので、ご注意ください』
「あ、もうすぐ星織だね」
「ほんとだ。もうそんな時間か」
一年に一度、星織祭の星織。何が起きるのか、ジェイドは知らない。
「私についてきて。いい場所、知ってるんだ」
レイナに言われるままついていく。大通りの人ごみを抜けると、人通りの少ない道に出る。そこを真っ直ぐ進んで行くと森が見えてきた。森の中に入ると、少しだけ整備された山道を進んで行く。山道を抜けると、そこは開けた草原だった。
「すごい見晴らしがいいな」
周りが木々に囲まれているなか、ここだけは草原が広がっていて、人工的な灯りは周りにはなく、夜空の星がよく見える。
「でしょ、メルリア様がいい場所を教えてくれたんだ」
「へえ、メルリアにも感謝しないと」
「メルリア様がこのあたり一帯に魔よけの魔法をかけてくれたから、魔物も、人も来ないよ」
「誰も来ないのか」
「あっ、そうだね」
レイナは自分の言った意味を理解したのか、少し顔を赤くする。ここは、ジェイドと彼女、二人しかいない。
――もしかして、いまが告白するチャンスなんじゃないか?
二人きりで、周りには誰もいない。
「なあ……レイナ」
「あ!始まった。みて、ジェイド」
そう彼女は空を指さす。指の差した方を見ると、
――空を照らす星々が、思い思いのままに夜空を流れていた。それに規則性はなく、各々が自由に夜空を泳いでいる。星が瞬いていた夜空は光り、この世界を照らしていた。
「……すごいな」
それ以外の言葉が出てこなかった。星々が織りなす。だから、星織。
「うん、本当に……」
レイナは感慨深くいう。
「……ねえ、ジェイド。私、ジェイドと星織を見れて、星織祭に行けて本当に嬉しい」
そう言ってレイナはジェイドの方に寄りかかる。彼女から伝わってくる体温にジェイドはドキドキしてしまった。
「俺もだ」
「来年も、また見に行きたいな」
「……来年だけじゃなくて、再来年もその先も……俺はレイナと一緒に見たいし、一緒にいたい。……レイナの事が好きだ」
恥ずかしさで、レイナの顔を直視できない。夜空の星織を観る。
「ねえ、ジェイド」
ささやくようなか細い声。ジェイドは横を向いて彼女の方をみる。
「私も、ジェイドの事が好きだよ」
精一杯振り絞った、かき消えそうな声、近くにある彼女の顔を見ると、ほんのりと赤みがさしている。
「俺と、ずっと一緒にいてほしい」
「うん」
どちらともなく手を繋ぐ。そして、一緒に星をみる。
「いつから、好きだったの?」
夜空を見たまま、レイナは問いかける。
「……初めて会ったときからかな」
「ええ……私すっごい無愛想だった気がするけど」
「言われてみればそうだったな、けどロセオで負けてもう一回とか、アドバイスを聞いてきた時はすごいかわいかったぞ」
「あ、あれはその……悔しかったから」
「ははは、いまもかわいいけどな」
「もう、恥ずかしいよ」
レイナはジェイドの肩に頭を当てる。
「ごめんごめん」
「分かったから星織を観よ」
そう言って、レイナはあおむけに地面に倒れこんだ。背の低い草が柔らかく彼女を受け止める。続いて、ジェイドも倒れた。星織はいまだ続いている。
「綺麗だね」
「ああ、綺麗だな」
黙って、星織をみる。
「どこか、遠くへ行きたいな」
ポツリと、レイナが呟く。
「いまの生活が嫌なのか?」
「楽しいよ、ジェイドがいるから」
少し困った顔をして、彼女は言う。
「なにか、あるのか……?」
「うーん、また今度ね」
やんわりと流されてしまった。そう言われると、深く追うことも出来ない。
「もうすぐ、終わるね」
空を見上げると、光の粒が小さく、少なくなっていた。
また、お互いに黙って空をみる。言葉はないが、気まずさはない。
さらに、星が少しずつ、だが確実に小さくなって、やがて空の星は動きを停めた。
「終わったね」
「終わったな」
「ねえ、ジェイド」
「なんだ?」
「もう少し、ここにいたいな」
「俺も、そう思ってた」
「ふふ、一緒だね」
「一緒だな」
それからは、とりとめのない話をした。今日あったこと、初めて会った日のこと、一緒にいるうちに芽生えた思い。
「もうこんな時間だ」
持ってきた時計を見て、レイナがハッとしたように言う。
「はやいな」
「本当だね……帰ろっか」
レイナはパンパンとお尻についた草を手で払いながら立ち上がる。
「ほら、帰ろ」
彼女はジェイドに向かって、手を伸ばす。ジェイドはその手を取った。帰り道は、あっという間だった。部屋に戻ると、どっと眠気が襲い掛かってくる。
「今日は、ありがとう」
「ん、こちらこそ」
そこからは、あまり覚えていない。気が付いたら、意識が飛んでいた。
最後に確かに聞こえたのは、レイナの「おやすみ」という声だった。
◆◆◆
ジェイドはは微かな朝の光を感じて目を覚ました。窓の外から聞こえる鳥のさえずりが、新しい一日の始まりを告げている。だが、彼は違和感に気付く。
――レイナがいない。
昨夜、確かに彼女はここにいた。夢ではなく、現実として。互いの気持ちを確かめ合い、心を通わせた。彼女の温もりも、声も、確かに覚えている。なのに、今、彼女の姿はどこにもなかった。
「……どこへ行ったんだ?」
――なぜか、嫌な予感がした。
立ち上がり、急いで身支度を整える。廊下へ出ると、冷たい空気が肌を撫でた。まだ城内の朝は静かで、侍女や兵士の足音が遠くに響く。すれ違う者に彼女の姿を見なかったか尋ねるも、皆が首を横に振るだけだった。
嫌な予感が、振り払えない。胸の奥がざわつく。
ジェイドは足を速め、庭へと向かった。根拠はなかった。なぜか、そこにいる。そんな気がした。
庭に足を踏み入れ、草花をかき分けて奥へ進む、ふと靴の先を見ると、赤いなにかが付着していた。
視線を前に向ける。
――視界の先、朝露に濡れた芝生の上。
そこにレイナは倒れていた。
「……っ!」
呼吸が止まりそうになる。
自らの駆け寄る足音が、やけに遠く聞こえた。現実感がない。胸が締め付けられ、呼吸すらままならない。それでも、彼女のもとへと手を伸ばした。
――レイナの身体は冷え切って、微動だにしなかった。
白い服は鮮血に染まり、彼女がいつも握っていた剣は、手の届かない場所に転がっていた。その顔は穏やかで、まるでただ眠っているかのようだった。だが――決して、目を開けることはないことを、ジェイドはなぜか、理解してしまった。
「レイナ…………」
声が震える。喉がひりつき、息が詰まる。昨夜、確かに隣にいた。笑いかけてくれた。たくさん話をした。それなのに――
「レイナ……」
ジェイドは無意識のうちに、彼女の冷たい頬に手を添える。だが、もう彼女は――。
呆然と膝をつく。心が理解を拒んでいた。どれだけの間、そこに座りこんでいたのかすら覚えていない。後ろから複数の足音や、声が聞こえてくるが、彼はもう全てが遠い世界の出来事のように思えた。
静かな朝が、無情にもすべてを覆っていた。
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