10.嫉妬
続きを読んでいただき、ありがとうございます。
悪魔憑きとの戦闘から一週間が経った。あれから特に大きな出来事もなく、平穏な日々が続いている。変わったことと言えば
レイナの態度が軟化したことだろう。悪魔憑きとの戦闘以降、一緒に寝たのはあの日だけだったが……。厳正なる話し合いの結果、ベッドは一日交代で使うことになったのだった。それも含めて、ジェイドとレイナは良好な関係を築いていた。
「お疲れ様です。ジェイド君」
そう言って水を渡される。
「ありがとうメルリア」
水は魔力不足で乾いた体に染み渡る。
「で、この後はレイナちゃんといちゃいちゃするんですか?」
「!?」
思わず口に含んだ水を吐き出してしまった。
「あれ?図星でした?」
ニコニコしながらメルリアが言う
「ゴホッ……ゴホッ。何いってんだよ。そんなわけないだろ。俺とレイナの間にはなんもないって」
「好きなのに?」
「!?」
余計にむせてしまった。
「あれ?今度こそ図星ですかね〜」
「な、なんでそう思うんだよ」
「最近のレイナちゃんへの態度を見てれば分かりますよ〜。それで、いつ告白するんですか?」
「ちょっと待ってくれ」
話が早すぎる。
「善は急げって言いますよ」
「急いては事を仕損じるとも言うぞ」
「屁理屈王子ですね〜。意気地無し王子〜」
「さらっと酷いこと言うね!」
分かっている。ジェイドは自分でも気にしている事をメルリアに言われてドキッとした。
「……いや、分かってるよ。自分が意気地無しだってことも。けどしょうがないじゃん。一緒に過ごしてるのに告白して振られたらお互いに居心地悪くなったり、嫌な思いをするようになるかもしれないし」
「くぅ〜〜。青春ですね。分かりました。そんなジェイド君のために、私メルリア、一肌脱ぎましょう」
「是非ともお願いします」
ジェイドは土下座をした。心の中で
「仕方ないですね〜。可愛い生徒の恋を成就させるのも先生の役目です。私に任せてください」
「せ、先生!」
この時ほどメルリアを尊敬したことはない。
「いえいえ、それで、具体的なプランですが……」
「失礼します……っ!」
そのタイミングで訓練場のドアが開き、レイナが顔を出した。彼女は正座でメルリアの下にいるジェイドを見て、驚きの表情を浮かべた。傍から見たら、彼がメルリアに土下座も辞さない覚悟でお願いをしてるようにしか見えない。
「……何をしてるの?」
「いや、変な事ではなくて」
そうメルリアを見るが、口に手を当てて顔を逸らしているが確かに笑いを堪えているのが分かった。
「…………そう」
「ジェイド君、君の想いは受け取りましたよ。ご飯が食べ終わったら私の部屋に来てください」
「おいメルリア!」
誤解の招く言い回しはやめろと言おうとしたが、それを釈明する間もなくさっさと訓練場を出ていってしまった。
「レイナ、君はとんでもない誤解をしてると思うんだ」
「誤解?誤解も何もないでしょう。メルリア様は可愛いですしね。私よりもずっと」
「そんなことはない!レイナは可愛い」
「ばか、いまはそんな話じゃない」
「痛い痛い、ちゃんと力を込めて叩かないで」
◆◆◆
ご飯を食べて部屋に戻る。沈黙が気まずい。
「あー、レイナ。俺はこれからちょっと用事があるからさ」
「メルリア様の所ですか」
「ああ、まあ」
「いってらっしゃいませ」
「レイナ、なんか怒ってる?」
「……怒ってないですよ」
そう言い放つ声は明らかに冷たい。話し方も敬語に戻っている。
「そ、そうか……。じゃあ俺はこれで」
触らぬ神に祟りなしと、そそくさと離れようとする。
「ねえジェイド」
レイナに呼び止められる。
「は、はい」
「メルリア様に変な事したら許さないから」
「もちろん分かってるよ」
「ならいい」
ジェイドは背中に寒いものを感じながら、その場を後にした。
少し歩くと、メルリアの部屋に着いた。コンコンコンと三回ノックをする。
「どうぞ〜」
「失礼します」
ドアを開いて部屋に入る。彼女の部屋には色々な物が置いてあった。
「レイナちゃんはどんな様子でした」
「不機嫌そうだったよ。メルリア様に変な事をしたら許さないからって言ってた。相当彼女に尊敬されてるんだな」
「んー。これは重症ですね」
「……?なにが」
「いえ、こっちの話ですよー。それより本題に入りましょう。二週間後、『流星祭』という祭りがあるのは知っていますか?」
「いや、初耳だな」
「そうですよね。そこで、そのお祭りをレイナちゃんと楽しんで告白しよう計画です!」
「待て待て待て」
「なんですか?」
メルリアはキョトンとした様子でこちらを見返してくる
「さすがに話が進みすぎじゃないか。いきなり告白とか……」
◆◆◆
「ただいま」
「おかえりなさい」
メルリアとの作戦会議が終わり、自室に戻るとレイナが椅子にもたれかかっていた。
「メルリア様と何をしてたの?」
「あー、ちょっとな」
まさかレイナに告白するための計画を立てていましたなんて言えるわけもなく、他にいい言い訳も思いつかず、言葉を濁すしかなかった。
「それって私に言えない内容?」
「まあ、そうだな」
「ふーん、そうなんだ」
それだけ言うと、レイナはベッドにぼすんと飛び込んだ。
「おいレイナ、今日は俺がベッドで寝る日だぞ」
「知らない。私を置いてメルリア様と一緒にいたくせに」
「いやそれは誤解だ」
「悔しいからベッドは私が使う。ジェイドはメルリア様の部屋にでも行ってきたら?」
「そんなこと出来るわけないだろ」
「ふーん、意気地無し」
「失礼な、紳士なだけだぞ」
その発言を無視したレイナは、布団を被って動かなくなった。
「レイナ、今日は俺が布団で寝る番だって」
「…………」
彼女からの反応はない。
「おーい」
軽く体を揺すってみるが、彼女は無視を決め込んでいる。こうなった彼女は頑なだ。仕方ないと諦めて、風呂に行くことにした。
「レイナ、とりあえず風呂行ってくるから、帰ってくるまでにベッド空けとけよ」
そう言い残すと、浴場へ向かうため部屋を後にした。
◆◆◆
午後八時頃、ジェイドは一人風呂に浸かっていた。
「生き返るな〜」
訓練の疲れが癒される。偶然にも大浴場はジェイド以外誰もいなかった。大浴場はみんなが使うことの出来る施設だが、立場が上の者はそれぞれ自室に浴室が用意されており、滅多に大浴場を使うことは無い。また使用人達は大体が午後九時まで仕事に従事しなければならないのでこの時間は必然的に少ないのだ。
ジェイドは体を揉みほぐしつつ、ぼーっと浸かっているとガチャりと浴槽のドアが開く音がした。
「失礼します」
そう言って入ってきたのは、ルーゲンだった。
「こんばんは、兄さん」
「こんばんは、ルーゲン」
ジェイドは普段から浴場を利用しているが、ルーゲンと浴場で会うのは初めてだった。珍しいこともあるもんだな、と思いつつ特に話すことも無いので黙って湯に浸かる。
ルーゲンは簡単に全身を洗い終わると「失礼します」と温泉に入ってきた。
「兄さん、話があります」
入浴早々にルーゲンは話を切り出す。
「なんだ?」
「レイナさんの事です」
「レイナがどうかしたのか?」
ルーゲンとレイナの面識はジェイドとレイナと一緒に歩いていた時に会ったくらいだと思うが……。
「もう、レイナさんを弄ぶのはやめてください」
「…………は?」
「とぼけないでください」
「俺はレイナを弄んでなんていない。真剣だ」
「あなたが真剣かどうかの話をしているわけじゃありません。レイナさんの心を弄ぶのをやめろと言っています」
「どういうことだ?」
「そうやってあなたはいつも……。どれだけの人が被害を受けたと思っているんですか」
ルーゲンとの話は決定的に噛み合っていない。ジェイドは頭を働かせる。
ーー多分ルーゲンは俺が記憶を失っている事を知らない。あいつが会話しているのは記憶を失う前の俺だ。以前俺は何かをして、それに対して咎められている。しかしその内容が分からない。どうにかこの場を穏便に納めるには。
「分かった。お前の言う通り、レイナを弄ぶことはしない。それでいいか?」
「え、ええ」
ルーゲンは面食らった顔で頷いた。急にどうしたと言いたげな顔をしている。
「それと、今までのことすまなかった。レイナに対しても、お前や他の人に対しても不誠実だった」
多分記憶を失う前に、ルーゲンに対しても迷惑を掛けていたのだろう。身に覚えは無いが自分の行いなので、素直に頭を下げておく。
「兄さんがそう言うなら……」
ルーゲンは理解が追いつかないといった様子でこちらを見てくる。
「じゃあ。俺はこれで」
これ以上ルーゲンと話したくなかったジェイドはそそくさとその場を後にする。そんな彼の胸中では複雑な思いが渦巻いていた。
ーー俺は以前、どんな人物だった……。他人に害をなす人物だったのか。俺のせいで害を受けた人がいるのか。
今はただ、自分の行いを知るのが怖かった。
◆◆◆
部屋に戻って電気をつけると、レイナがベッドで寝ていた。その様子を見て、ジェイドはふっと笑う。
「おいレイナ、今日は俺がベッドで寝る番だぞ」
返事はない。どうやら熟睡してるようだ。
ジェイドはベッドで寝るのを諦めて、下で寝ようと思い準備をして、布団に潜る。下には正方形の大きなクッションが置いてあるので寝心地はそんなに悪くない。目を閉じるが、なかなか眠くならない。今日ルーゲンに言われた言葉が頭の中を回っている。最近は忘れていた以前の自分について考えてしまう。だが、それを知るのは怖い。以前の自分を知ったら、レイナの隣にいられなくなる気がした。
思考の波に飲み込まれそうになり、目を開いて時計を見ると時刻は一:00だった。どうやら気づかないうちに寝ていたようだ。再び寝ようかと思ったが、どうにも目が覚めて眠れそうにない。
ーー少し外の風に当たってくるか。
そう立ち上がると、机に置いたペンダントを首にかけ部屋を出る。少し歩き外庭に出て、芝生の上に腰掛ける。上を見ると、月が輝き、周りに星が煌めいていた。しばらくの間、何も考えずにぼーっと星を眺める。
「ジェイドくん?」
後ろから声をかけられ、意識が引き戻される。後ろを振り向くと、いたのはメルリアだった。
「メルリアか」
「ええ、こんばんは。隣、いいですか?」
「ああ」
「お邪魔しますっと」
そう言ってメルリアはジェイドの隣に腰掛ける。
「それで、メルリアはどうしてここに?」
「眠れなかったので星でも観ようかなって外庭に向かったら先客がいたので、声をかけました〜」
「一緒だな」
「一緒ですね」
二人で顔を見合わせて笑う。同じことを考えていたようだ。
「星観るの、好きなんですか?」
「ああ、上手く言葉にするのは難しいけど、夜空に光ってる星はずっと観てられる」
「私もです」
メルリアは両手を後ろに着いて首を少し上に向けた状態で星を見ている。しばらく沈黙が続いた。
「何か、あったんですか?」
口を開いたのは、メルリアの方だった。首をこちらに向け紅と蒼の瞳でこちらをしっかりと見てくる。
「……いや……何も」
思わず悩みを言いたい衝動に駆られたが、少し考えて、口から出た言葉は真逆だった。
ーーメルリアは多分以前の俺を知っている。その話を聞く覚悟は俺にはない。
今はただ、自分の過去を知るのがどうしようもなく怖かった。
「そうですか」
ジェイドの思いを知ってか、メルリアもそれ以上追求してこなかった。そのままジェイドの前に座って頭を優しく撫でられる。
「メルリア、なにを」
「ん?何だか無性に頭を撫でたくなったので。嫌でしたか?」
「いや、別に嫌なわけじゃないけど」
「なら良かったです」
そう言ってメルリアは頭を撫で続ける。最初は気恥ずかしかったが、しばらくするとその気持ちは薄れ、心は安らいだ。
「私はいつでもジェイド君の味方です。辛くなったら、私を頼ってください。力になりますから」
「うん、ありがとう」
「いえいえ、私はジェイド君の先生ですから」
そう言ってメルリアは撫でるのをやめて、横に腰掛け、そのまま再び空を星を見る。ジェイドもつられて夜空を観ていた。
「ありがとう、帰るよ」
「いえいえ、私も帰りますかね」
ほぼ同時に立ち上がり、手でお尻に着いた草をパッと払う。
「手、繋ぎます?」
「何言ってんだよ」
「ふふ、冗談です。レイナちゃんがいますもんね」
「そういうわけじゃなくて」
「そういうわけですよ」
そう言ってメルリアはくすくすと笑う。どうやらからかわれたようだ。言い返そうかと思ったが、何を言われても勝てる気がしないので、黙ることにした。
そのまま並んで少し歩くと、ジェイドの部屋が見えてきた。
「じゃあ、俺はここで。おやすみ」
「はい、おやすみなさい。お祭り、楽しみにしてますから」
「まあ、頑張るけどさ。あんまり期待しないでくれ」
「ジェイド君なら大丈夫ですよ」
「だといいけどな」
「ふふ、おやすみなさい」
そう背を向けて歩いていくメルリアを見送る。彼女が見えなくなったのを確認して、部屋に入った。ペンダントを机に置く。ベッドではレイナが寝ていた。
ーー俺も寝るか。
そう思い布団に入ろうとするとーー。
「……ジェイド」
声の方を振り向くと鼻までを布団で隠したレイナがこちらを見ていた。
「起きてたのか」
「うん、眠れなくて」
「……そうか」
「ジェイドは、何してたの?」
「あー……眠れなくて星を見にいってた」
メルリアと話していたと言うと、今日の事も含めて話がややこしくなりそうだと思い、伏せることにした。
「ふーん。星、綺麗だった?」
「まあ……綺麗だったかな」
どちらかと言うと、星を見ていたというより頭を空っぽにしたかっただけだったので、綺麗かどうかは気にしていなかった。
「私も、一緒に観たかったな」
「星、好きなのか?」
「うん、好きだよ。昔、よく一緒に観たんだ」
「……そうか」
誰と、という言葉が喉元まで出かかったが、その言葉を呑み込んだ。敢えて誰と言わなかったのには、何か意味があったのだろう。
「昔、星降り祭の時にも流星群を観たんだ」
「へえ、すごいのか?」
「うん、すごいよ。夜空に流れる星が本当に綺麗だった」
「それは見てみたいな。俺は観たことがないから」
「……うん。ほんとにおすすめ」
話している内に眠気が襲ってくる。レイナが何か言っているようだが意識がはっきりしない。ジェイドは途切れゆく意識に呑み込まれていった。
◆◆◆
「だからね、ジェイドがよかったら星降り祭、一緒に行かない?」
意を決して言う。話しつつ、夜でよかったと安堵する。不安と恥ずかしさがない混ぜになった顔をみたら、必ず彼は心配するだろうから。
しかし、ジェイドからの返事はない。代わりに聞こえてきたのは規則正しい寝息だった。
「……ばか」
レイナは一人、ぽつりと呟く。
実はレイナは二人が話しているのを見ていた。
夜、珍しく目が覚めたレイナは、ジェイドがいないことに気づく。トイレかな、と思いつつなんの気にもなしに窓の外を見ると、外庭に座っている彼が見えた。それを見て、いま一人でいるのが無性に寂しくなってベッドから起き上がると足早に部屋を出て外庭に向かった。明確な理由なんてなく、ただジェイドと話したいな、と思っただけ。
外庭に着くと、ジェイドがいた。駆け寄って声を掛けようとしたが、彼の隣に人影があって、足を止める。彼の隣にいたのは、メルリアだった。その光景を見て、レイナの胸は苦しくなった。理由は分からない、ただ思うのは、あそこに自分はいらないということ。これ以上二人が仲良さげにいるのを見たくないはずなのに、その場を後にすることができなかった。物陰からこっそりと様子を窺う。何を話しているかは遠すぎて聞こえない。しばらく二人を観察していると、不意にメルリアの手がジェイドの頭に手を伸ばし、撫でた。ジェイドも最初は気恥ずかしそうにしていたが、満更でも無い様子でそれを受け入れていた。
ーー嫌だ。
分からないが、その光景を見ているのが辛かった。レイナはその場を後にして部屋に戻ると、布団を被る。王子と四英雄の二人はお似合いだった。自分の入る隙も、好きもないほどに。そしてそんな二人を見て負の感情が湧いてくる自分も嫌だった。
ご拝読、ありがとうございました。




