マクスウェルの悪魔
有名なパラドックスの一つに、マクスウェルの悪魔という物がある。簡単に説明できる自信はないが、要約して言うならば――
「ここにお湯の入ったビーカーがあるだろう?」
「…ありますね。」
私はビーカーを手に取り、小さな穴の空いた板を間仕切りにするようにビーカーに入れた。
「このお湯の温度は50℃だ。そういう事にしてくれ。」
「…わかりました。」
私はビーカーに魔法を掛けて、少し浮かせる。
「この小さな穴を使って、より暑い水を右へ、より冷たい水を左へ移動させたとする。」
「…」
ビーカーはふわふわと漂いながら、助手の目の前まで移動する。
「この作業を続けると、右の水は沸騰して、左の水は凍るはずだね?」
「…博士。」
助手はビーカーを取って机に置いた。
「ところがそうは成らない。左の水が凍っても、右の水は決して、、、」
「博士!!!!」
助手は私の両肩を鷲掴みにしてくる。
「おいおいレディーに乱暴す…」
「今!!何が!!必要ですか!!!」
「人類を救う事だ。」
「そうでしょう!!マスクウェルだか何だか知りませんが!人類を救う方法を探す方が先でしょう!!」
「マクスウェルだ。それと、方法はもう思いついてある。あとは実行するだけだ。」
助手の表情が驚きに変わり、安心、困惑となっていく。
「だったらどうしてすぐに実行しないんですか?」
「今やろうとしてた所だ。」
「そんな子供みたいな、、」
「私はまだピチピチの女子高生だ。」
「それはそうですが、、いや、そんなことより!!」
助手はせっかちだ。せっかちはモテない。とても助かる。
「話を最後まで聞け。そして質問だ。」
私は咳払いをして、助手の方を見る。少し笑う。
「50℃のお湯を選り分けて、温度で極端に二分した。冷たい方は凍った。暑い方は沸騰しない。つまり、エネルギーがどこかに行ってしまったことになる。熱力学的に、エネルギーが消える事はありえない。どこに行ったと思う?」
助手は少し真剣な表情をして考える。
「移動した時に…いやそれは摩擦熱で…」
ブツブツとなにか言い始めた。しばらくして何かに思い当たったのか、はっと顔を上げた。
「記憶…」
「素晴らしい!!流石は私の助手!」
私は拍手をする。音は静かな研究室の壁に吸い込まれて行く。
「そうだ。これが『悪魔』の由来だ。観測者の、つまり悪魔の記憶として、エネルギーがあるわけだ。情報がエネルギーであることの証明だね。」
「しかし、それとこれと何の関係が…。」
「関係大ありさ。」
助手はまだわかっていない様子だ。
「いったいどういう関係があるんですか?!ただでさえ恐ろしいあの『穴』は!今も急速に大きくなっているんですよ!!あんな恐ろしいもの!どうやって消すんですか!幸いまだ人は巻き込まれていませんが、それが良かったのか悪かったのかは僕にもわかりませんよ!だって、発電所も特異点も全部あの中ですよ!破壊兵器を使おうにもそんな電気は無いし、大魔術を使おうにも魔力が無いんですよ!!僕らに!!もう!!逃げ場は無いんですよ…。」
助手は一通り叫んだあと、その場にへたり込んでしまった。
「博士に怒鳴っても仕方ないのに…すいません…。」
私はまた少し笑う。
「解決する方法も無ければ、それを実行するエネルギーも無いんですよ。………エネルギー?」
「そうだ。エネルギーはある。そして使い方は私が知っている。」
私はもっと大きく笑う。
「そもそもあの『穴』は科学と魔術の結晶だ。このどちらが欠けても成り立たない。つまり、あれを起こさせないためには、どちらかかが発展しなければいい。」
「待ってください。起こさないため?元にもう起きてるじゃ無いですか。いまから予防してどうするんです?」
私は屈んで、助手と目をあわせる。
「次の未来でも、会えるといいな。」
「え?」
私はホワイトボードを裏返す。そこにはびっしりと魔法陣を書き込んである。
「全人類の魔術の知識をエネルギーに時間を巻き戻す。もちろん全人類ってのは過去から現在までの全人類だ。さすがにエネルギーの前借りはできないから、未来の分は使えないがな。」
「そんな!時間を巻き戻す?!むちゃくちゃだ!できるわけがない!!」
魔法陣に力を込める。淡く光り風を生む。
「できるさ。私は天才女子高生魔術博士だからな。」
「いやだ!もうあなたと会えないかもしれないじゃないか!!」
大魔術が発動した。世界がゆっくりになり、逆行の準備を始める。
「あえるさ。私の助手だからな。」
助手は涙目になっている。
「時間はそうだな…2021年の8月22日にしよう。」
助手の誕生日だ。
時は戻る。




