残酷な真実
朝陽が昇り、俺は調理用に使っていたナイフを懐に隠し、リーダーらしき少年の自宅まで徒歩で向かった。
途中、すれ違う人々は、俺を怪しむような目で見ていた。
そりゃあ、仕方ねぇ。
頭から血を流してるんだからな。
全身ボコボコだしよぉ。
でも、関係ねぇよ!
絶対に、復讐してやるッ!!
※※※※※※
徒歩だし、怪我を負っているせいで足が重く、かなり時間がかかってしまったが、リーダーらしき少年の自宅の前に到着した。
さぁ、どうやって乗り込もうか?
正面から突入しようか……それとも……
──その時、少年の自宅の玄関の扉から、一人の女が出て来た。
その女は、両手にゴミ袋を抱えていた。
アイツの母親か?
その女と、俺の目が合う。
少年の母親らしき女は、ギョッとして目を見開き、ゴミ袋を地面に落とした。
……そりゃあ、ビックリするだろうな。
こんな血だらけで怪しい男が、朝っぱらから目の前に現れたら。
女は、ゆっくりと俺に近づいて来た。
そして、俺の目の前で足を止めた。
女が俺の瞳を一心に見つめ、こんな事を言った。
「武史……武史でしょう!?」
武史??
誰だソレ?
俺はもう、名前なんて無い。
ホームレスになってから、名前は捨てた。
以前の俺の名前は『純』だ。
誰だよ、『武史』って……。
女が俺の頬に手を添える。
「あぁッ!! やっぱり武史なのね!? 私には分かるわ!! こんなに酷い姿になって……何か事件に巻き込まれていたんでしょう!? 命からがら……お家に……戻って来てくれたのね……うぅ……」
女は俺を強く抱きしめ、号泣した。
なんだっていうんだ?
誰だよ、このババア?
「うぅ……分かる? 私はあなたのお母さんよ……」
呆然と立ち尽くす俺に、女はそう言った。
「うわぁぁぁあああーーー!! 嘘だッ!! 嘘だッ!! 嘘だぁぁあああーーー!!」
信じたくねぇッ!!
アイツの学生証を見て、何か嫌な予感はしてたんだッ!!
清水秀史が、清水武史の弟だなんて……!!
俺は、本当に清水武史だったのか!
あの変態ババアの言っていた事は、全部真実だったんだ!
そして今、目の前に居るこの女が、俺の本当の母親……。
最悪な事は考えないように、考えないようにって押し込めてきたのに!!
これが真実か!?
俺は、清水武史!
そして、俺の弟がオッサンを殺した!
最低、最悪だ!!
こんな真実、いらねぇッ!!
もう、嫌だ。
こんなのって、ねぇよ……。
俺は、その場に崩れるように座り込んだ。
「武史……疲れちゃってるのね。さぁ、お家の中に入りなさい」
「……うぅ」
「お腹空いてるの? お風呂に入って、着替えなさい。その間に、お母さんがご馳走を作ってあげるから! 傷の手当てもしないといけないし。あなたのお家よ、おかえりなさい!」
「……お母さん……俺の弟は、どうしていますか?」
「まぁ、秀史の事を覚えているの!? 今は、まだ寝ているわ。昨日の夜は、帰って来るのが遅かったから……。でも、すぐに起こすわ! だって、お兄ちゃんがお家に帰って来てくれたんですもの!!」
「……お母さん……俺の弟、手が掛かるでしょう?」
「え!? う~ん、少しヤンチャかな? でも、私にとっては可愛い息子よ」
「……お母さん……俺の弟、殺していいですか?」
「え!? ……な、何を言ってるのよ! 怪我もしているみたいだし、ちょっと頭が混乱してるのね! さぁ、お家の中に入りなさ──」
俺は、その場から立ち去った。
本当のオカアサンが追いかけて来るが、そんなのどうだっていい。
もう、誰一人として俺とは関係ねぇ。
「武史!! 何処へ行くのよ!? 武史!? 武史ーーーー!!」
俺は全力で走り去り、オカアサンを撒いた。
もう、俺の居場所は何処にも無い。
オッサンも殺されちまったし、あんな本当の家族なんてクソくらえだッ!!
この世に、俺の居場所なんて無いんだッ!!
こんな現実、クソだ!
本当にクソだ。
クソクソクソクソクソクソ……
クソクソクソ……
クソ……
俺は、とにかく走った。
走って、走って、走りまくった。
過去を、現在を、置き去りにするように走った。
──あぁ……神様、俺は生きていて良いのでしょうか?
生きている意味があるのでしょうか?
死んだ方が良いのでしょうか?
あの世に行ってしまったほうがよろしいのでしょうか?
答えて下さい、神様……。
「あぁ、俺、アタマ、完全にヤラれちゃってるわ」
神様なんていない!!
神様は、こんな残酷な試練を与えない!
悪魔だ……。
悪魔の悪戯だ!
エクソシスト呼ばなきゃな。
悪魔払いって幾ら掛かるんだ?
俺、金持ってねぇーよ、ハハハ……。
怪我を負っていたが、痛みも忘れ、とにかく走りまくった。
あても無く走り続けた結果、たどり着いた場所は、名も知らぬ川原だった。
俺は、川に近づいた。
水面を覗き込むと、蒸発してしまった母さんと、自殺してしまった父さんの顔が浮かんだ。
あぁ、母さん、元気に暮らしてるか?
またどっかで韓国ドラマでも見てんのか?
オトコとは上手くいってんのか……?
父さん、天国で元気にしてるか?
天使たちと仲良くやってるか?
なぁ、天国でもギャンブルはもうしちゃダメだぞ……?
水面に伯母さんの顔が浮かぶ。
伯母さん、少年好きだからって犯罪犯すなよ?
男は30歳からだって言うだろ?
ロマンスグレーのダンディーな男のほうがお似合いだぞ。
早く結婚できるといいな……。
水面に弟の顔が浮かぶ。
お前の顔を見た時、なんか懐かしい感じがしたんだよなぁ。
面影あったよ。
ピンときたっていうかさぁ。
まさか、弟だったなんてな……。
「ふざけんなぁぁぁあああーーーッ!!」
コイツら、みんな最悪だッ!!
俺の人生を狂わせたッ!!
死ねッ!!
死ねッ!!
全員、死んでしまえッ!!
俺は水面に次々に浮かぶヤツらに、地面に転がっている小石を投げたくった。
「オ前ガ死ネヨ」
何処からか、低く、おぞましい声が聞こえてきた。
辺りを見回すと、川の先の水面に黒い影のようなものが浮かんでいた。
だんだん近づいて来る。
ソレは、山羊頭で、毛むくじゃらの男の身体。
何本も腕がある。
──悪魔だ。
「オ前ガ死ネ、純」
あぁ、やっぱり、俺が死ねば良いんだ……。
そうなんだ……。
その時、上空から雲を突き抜けて閃光が走った。
光の中から、背中に翼をもった女性の姿が現れた。
その女性は光り輝きながら、水面に舞い降りた。
──女神だ。
女神様が俺に言う。
「死んではいけません、純」
女神様が、手のひらからボウっと光を出した。
手のひらには、金色の粉が出現した。
女神様が金色に輝く粉を悪魔に吹きかけると、悪魔はけたたましい奇声を上げて消え失せた。
「ギャアアアァァァーーーッ!!」
俺は、助けてくれた女神様に問いかけた。
「女神様……俺は……俺は、どうすれば良いのですか!?」
しかし、女神様は何も答えてくれず、黙ったまま、俺を見つめた。
そして、物悲しげな表情をしたまま、翼を広げ、上空に戻って行ってしまった。
俺は、ひとりポツンと残されてしまった。
女神様の顔には、見覚えがあった。
「……誰だ?」
──そうだ、あのコンビニでアルバイトをしていた可愛い女の子だ!!
そうか、あの子の正体は、女神様だったんだッ!!
思い起こせば、あの子が居なくなってしまってから、こんなに不幸な出来事ばかり起こり始めたんだ!
女神様が居たから、俺は“普通”でいられた!
女神様が居なくなってしまったから、俺は“普通”でいられなくなってしまった!
そうか、なるほど、女神様を捜せば良いのだ!
そうすれば、“普通”に戻れる!
そうに違いない!
俺は、女神様を捜す事にした。
※※※※※※
女神様がアルバイトをしていたコンビニに向かう。
金が無いので、徒歩で向かう。
やっと、あのコンビニに到着できた。
距離もあったし、怪我のせいで丸一日も掛かってしまった。
でも、辛くなんてない。
女神様に、会えるかもしれないのだから。
コンビニの中に入る。
しかし、女神様の姿はドコにも無かった。
シケた店長に、俺は尋ねた。
「女神様、居ませんか!?」
「えぇ!? ……い、居ないよぉ~!」
「何処に行ったか、分りませんか!? 俺、女神様を捜しているんですッ!!」
「……キ、キミィ、コレあげるから出て行ってくれよぉ~! 頼むよぉ~!!」
シケた店長は、俺に弁当や飲み物をくれた。
物乞いだと思ったんだろうか?
俺はただ、女神様を捜しているだけだっていうのに。
……まぁ、いいか。
腹も減っている事だし。
女神様を捜すために、腹ごしらえしとかないとな。
俺は、そのコンビニを後にした。
そして、途方もない、女神様を捜す旅に出る事にしたのだった。