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女神  作者: 南あきお
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変態ババアの言う嘘

父さんが、自殺してしまった。

家から少し離れた公園で、真夜中にブランコに縄をかけて首を吊っていたそうだ。

明け方に公園を散歩していた近隣住民に発見された時には、もう遺体になっていたという。


葬式に、母さんの姿は無かった。

母さんの両親は既に他界しており、携帯電話を持っていない母さんとは連絡がつかなかったせいもある。


なぁ母さん、父さん、死んじまったんだぜ?

なんでこんな時に居ないんだよ……

父さんが死んじまったっていうのに……

二人の愛って何だったんだ?

最終的には離れ離れになっちまったけれど、一応、夫婦だったんだよな……?

今、何処で何してんだよ……


父さんが急死した事によって、通夜、葬儀、俺の身の回りの事など、バタバタと事が進んだ。

状況が目まぐるしく変化する。


もう、考える事さえ苦痛になるくらい疲れた……。

いろんな事が起こりすぎた。


自棄気味になって、考える事を放棄していた。

だけど行き場の無い感情はあって、悲しみ、怒り、孤独感、不安感、それらが混ざって、今までずっと押し込めていた涙が流れた。


そして、ついに涙も枯れ果てた……。


──後に判明した事実。


父さんは、家族に内緒で、相当な額の借金を作っていた。

全部、ギャンブルによるものらしい。


なんだよ……

母さんはオトコ作って蒸発、父さんは借金を苦に自殺かよ……。


父さんは、消費者金融だけでなく、どうやら闇金にまで手を伸ばしていたらしい。

闇金で借りた金を消費者金融で返済する、という悪循環を繰り返していたらしい。

もう最期のほうは、債務の行き場がめちゃくちゃだったそうだ。


父さんの借金は保険金だけでは補いきれず、最終的には家も家具も全部差し押さえられてしまった。

しかし、それでも返済できない借金が数百万円残っていた。


……尋常じゃあねぇよ。

狂ってる。


※※※※※※


俺は、父さんの残りの借金を肩代わりをしてくれた、父方の伯母さんの家にお世話になる事になった。

それによって住所も変わり、高校も別の私立の高校へと編入する事になった。

有名な、おぼっちゃま、おじょうさま学校だ。


伯母さんと会うのは、約10年ぶりらしい。

俺は幼なかったせいもあって、あんまり伯母さんの事を覚えていなかった。

ぼんやりと記憶にあるような、ないような、漠然とした記憶しかない。

どうやら父さんとは仲が良くなかったらしく、ほとんど交流が無かったようだ。

俺たち家族の間でも、伯母さんの話題は滅多に出なかった。

伯母さんには悪いと思ったが、だから記憶が曖昧でも仕方がない。


伯母さんは今年で46歳だが、独身で、何軒ものレストランを経営する、やり手の女社長だった。

万年平社員だった父さんとは大違いだ。



「やっぱり、兄さんは弱い人だったのよ。昔からそうだった……。純くんは、兄さんのようになっちゃ駄目よ」



火葬場で伯母さんは、こう言っていた。

実の兄が死んだっていうのに、全く悲しむ気配が無かった。

少し不思議に思ったが、その時の俺は、虚無感に包まれており、あまり物事を深く考えられなかった。


※※※※※※


伯母さんの家にお世話になってから、一ヶ月半が過ぎた。

季節は初夏に差し掛かっていた。


新しい学校、新しいクラスでも、徐々に馴染めるようになっていった。

最初は目まぐるしく変化する環境についてゆけず、ただただ悲しみに暮れる毎日だったが、クラスのみんなは品が良くて、俺を温かく迎えてくれた。

『友達』と呼んでいいのか分からないけれど、よく一緒に行動してくれるクラスメイトもできた。

みんな親切な人ばかりだった。


伯母さんも、温かく俺を迎えてくれた。

伯母さんは料理はしなかったが、毎晩、俺を自分の経営するいろんなレストランに食事に連れて行ってくれた。

本格的なシェフが作る創作料理はどれも美味しくて、高価な料理から、今まで食べた事もないような料理を食べる事ができた。

母さんの手料理も懐かく思っていたが、もう環境は変化したのだ。

受け入れなければ……。


伯母さんは広いマンションに住んでいて、その中の一室を俺の部屋として与えてもらった。

12畳くらいの部屋だ。

前の俺の部屋より広い。

ベッド、羽毛布団、テーブル、椅子、クローゼット、本棚、液晶テレビ、スタンドライト、基本的な家具もきちんと揃っていて、Wi-Fi環境もある。



「純くん、何か必要な物があれば遠慮なく言ってちょうだいね」



そう、伯母さんは言ってくれる。

衣類は元の家から少しだけ持って来たし、スマートフォンの月々の支払いも伯母さんが払ってくれる事になった。

新しい高校の制服や鞄や教科書なども、全部、伯母さんが揃えてくれた。

特に不自由は感じていない。

それに、毎月4万円のお小遣いまでくれる。



「純、元気にしてるか?」

「まぁな」



前の公立高校の友達たちも、俺を心配して、電話をしてくれたり、アプリでメッセージをくれる。

しばらくSNSなどを更新していなかった。

どうして俺が急に転校したのか、理由は言わなかったが、それでも俺を気遣ってくれている。

俺が思っているよりも、友達は友情深い人たちだったのか……。

なんだか自分が情けなく思えたと同時に、心が癒された。


※※※※※※


1:37



ある夜だった。

俺は、伯母さんに与えてもらった自分の部屋で眠っていた。


……なんだか、下半身がムズムズする。


目を覚ますと、俺が寝ていたベッドのそばに人影が。

その人影は、伯母さんだった。

なんと、伯母さんが布団の中に手を入れ、俺の股間を触っているではないか!



「な、何をしてるんですか!?」

「ウフフフ……だって、純くん、すっかり美味しそうな少年に育ってるんだもの」

「えっ!?」

「昔はまだ小さかったのに、こんなに大きくなってぇ……。アソコも大きくなったわねぇ……ウフフフ」

「やめてくださいッ!!」



俺がそう言って伯母さんの手を払いのけると、伯母さんの態度が豹変した。



「グダグダ言うんじゃないよッ!! 誰が借金を返してやったと思ってる!? 誰のお陰でメシが食えてるッ!? 誰がここに住まわせてやってんだい!?」

「で、でも、あなたは俺の伯母さんじゃないですか!! こんな事、間違ってますッ!!」

「……あらあら、知らないの? お前と私に、血の繋がりは無いのよ」

「え!?」

「兄さんと義理姉さんとお前は、血が繋がってないのよ。つまり、お前の両親は本当の両親じゃないって事よ! だから私とお前は、赤の他人なのよ」



なんだって!?

父さんと母さんは俺の両親じゃない!?

そんな事、全く聞いていないぞ!!


伯母さんは椅子に座り、煙草に火を点けた。

そして、煙草をくゆらせながら、遠い目をして語り始めた。



「あれは14年前だったかしらねぇ……。いつまで経っても子宝に恵まれない兄さんと義理姉さんは、相当、悩んでたのよ。だって検査の結果、兄さんが種無しだっていうんだからねぇ」

「父さんが!?」

「そうよ。だから義理姉さんは、相当落ち込んでたわよ。私には、もう子供は産めないんだって……。しまいにゃあ、ノイローゼになっちゃってねぇ。ある日、お前を何処かからさらって来たのよ。……とんでもない女よね。イカれてるわ、ウフフフ……」

「う、嘘だッ!! そんなのありえないッ!!」

「じゃあ、調べてごらんなさいよ? お前の本当の名前は、シミズ・タケシ。漢字は、清水寺の『清水』に、武士の『武』と歴史の『史』。当時、行方不明だって騒がれて、ニュースにもなったし、新聞にも載ったのよ」



なんだって!?

俺は、母さんがさらって来た子供!?

本名は、シミズ・タケシだって!?

はぁ!?

そんなの信じられねぇよ!

嘘に決まってるッ!!



「なによ、黙っちゃって。……あら、泣いているのかい? よしよし、私の胸で泣きなさい」

「……嫌だ!」

「ふざけんじゃないわよッ!! とっととコッチに来なさいッ!!」



伯母さんは魔女のような顔で、強引に俺の腕を引っ張る。



「私はね、少年が大好物なんだよッ!! お前の精気を私にわけてくれッ!!」



俺の心は酷く動揺し、混乱した。

俺は耐え切れず、訳が分からなくなって、伯母さんを殴ってしまった。



「な、何するのよッ!?」

「いい歳こいて色気づいてんじゃねーよ!! ガマガエルみたいな顔しやがって!! お前なんかとヤれるわけねーだろ!! クソババアッ!!」

「なッ!? 私の言う事が聞けないのなら、今すぐ出て行きなさいッ!!」

「あぁ、こっちから出て行ってやるよ!! この変態ババアッ!!」



俺は、変態ババアのマンションを飛び出した。


クソッ!!

なんだよ、せっかく平穏な日常が訪れたと思っていたのに!!

みんな狂ってる!!

カオスが生じている!!


※※※※※※


何処に行こうか……?


変態ババアのマンションを飛び出した時、俺はパジャマの上から学校で使っているジャージを羽織り、リュックサックひとつしか持って来なかった。

財布の中身は、2万6千円あまり。

スマホはちゃんと持ってきたが、こんな夜中じゃあ友達にも連絡できないし、電車も走っていない。

そもそも、伯母に襲われそうになったなどと、友達に言える訳がない。


俺は、夜の住宅地をさまよった。


どれくらい歩いただろうか?

覚えてない。

とにかく疲れた……。

ひたすら明るい場所の方向へ、明るい場所の方向へと、あてもなく歩いた。


しばらく歩くと、大きな公園があった。

とりあえず俺は、その公園の中にあるベンチで一夜を明かす事にした。


……疲れてもう歩けねぇ。

冬じゃないから、一日くらい野宿しても平気だろう。

男だし、何かあれば抗えばいい。

補導されたら、どうすればいいのか分からないけれど……。


俺は、リュックサックを枕がわりにして、ベンチに横になった。

そして、眠りについた。


──その夜、父さんと母さんの夢を見た。

昔のように平凡な毎日。

退屈だけど、何も悲惨な事がなかった毎日。

父さんも、母さんも、笑っていた。

新聞を読んでいる父さん、韓国ドラマを見ている母さん。

……いつから……どうして……こんな事になってしまったんだろう?


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