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女神  作者: 南あきお
3/9

カオス

母さんが家を出て行ってしまってから、五日が経った。

俺は突然の出来事に、まだ動揺を隠せないでいた。


今まで父さんと母さんの関係は、上手くいっていると思ってたのに……。

というより、思い起こしてみれば、両親の夫婦関係についてなんて、深く考えた事なんてなかった。

ただ、口数の少ない父さんが居て、口うるさい母さんが居て、俺は一人息子でって、それだけの事だった。

どうして突然、離婚なんて……。

しかも、いつの間に他に男なんか作ったんだ?

意味分かんねぇよ……。


朝、俺は母さんの代わりに朝食の仕度をする。

朝食を作らなければならないので、いつもより早起きしなければならなかった。



「ふあぁぁ~~」



あくびが出る。

……眠い。

朝は苦手だっていうのに。


父さんは、すっかり元気を無くしてしまった。

俺も同じく。

ため息ばかりがリビングを漂う……。


毎朝、母さんが、俺と父さんの朝食や弁当を用意していてくれた。

だが、母さんが出て行ってしまってからは、俺が朝食と、父さんの弁当を作らなければならなかった。

俺は、母さんのように上手く弁当を作れない。

だから学校で食べる昼飯は、コンビニで買ってきたパンやおにぎりに切り替えた。

居なくなってしまってから気づく、母親のありがたさ……。

母さん、毎朝、うるさかったけれど、俺を起こしに部屋まで来てくれたし、朝食や弁当の用意、料理や掃除や洗濯……全部やってくれていた。


母さん、家を出て行く時、何を考えてたんだろう?

もう、戻って来ないのか?


通学途中、昼飯を買うために、あのコンビニに立ち寄る。

今日も彼女は居ない。



「棚橋さん、まだ連絡取れませんか?」

「全然ダメだよ〜。向こうから何の連絡もないしねぇ〜」



店長も困り果てている。

やっぱり、何も言わずに辞めてしまったのだろうか……?


※※※※※※


放課後。

友達が、俺に声を掛けてきた。



「純! カラオケ行こうぜ!」

「ごめん。ちょっと、今日はパスしとくわ……」

「どうしたんだよ? なんか最近、変だぞ?」

「そ、そんな事ねぇよ」



授業はすべて終わったが、いつものように友達とツルんで遊びに行く訳にはいかなくなった。

晩飯の用意をしないといけないからだ。

俺は、べつに弁当とかレトルト食品でも良いのだが、父さんは、そういった類のものを断固として食べない。

添加物がああだこうだ言う人なのだ。

だから、俺が作らなければならない。


……ったく、我儘な父親だよな。

母さんは、父さんのそういうところが嫌になったのかな?


友達たちには、母さんが他に男を作って家を出て行ってしまった事は言えなかった。

そんな事、恥ずかしくて言えない……。

そんな事でも言えるような、深い友情でもない。

言ってみればいい、自分が心を開けていないだけかもしれない、とも思ったが、裏で笑われるんじゃないか、という心配もあった。

……所詮、それだけの浅い友情なのかもしれない。


俺は、学校の後はスーパーに通うようになった。

まるで主婦のような気分だ。


今日もスーパーで食材の買い物を終えて、自宅の玄関の扉を開けようとした。

キーを差し込み、鍵を開けたら、何故か扉がロックされてしまった。


……あれ、なんで閉まるんだ?

って事は、俺が鍵を開ける前に開いていたのか?

まさか、母さんが戻ってきたのか?


俺は鍵を開け直し、扉を開いて家の中に入った。



「ただいまーー!!」



返事は無い。

しかし、鍵が開いていたのだ。

誰かが居るはず……。



「母さん!? 戻ってきたの!?」



何も返事が無い。

……まさか……泥棒!?



俺は怖くなって、玄関に置いてあるバットを手に持った。

中学生の頃、野球部だった時に使っていたバットだ。

バットを強く握りしめながら、ゆっくり、一歩ずつ、恐る恐る、リビングに入る。

まだ夕方前なので、部屋は暗くはない。

リビングは部屋の照明が点いていなかったが、食卓の間接照明だけが点けられていた。

その食卓の椅子に、父さんが座っていた。



「な、なんだ、父さんか……。泥棒かと思ったぜ」



ホッとして、強ばっていた全身の力が抜ける。

ひとまず、バットをソファの横に置く。

俺は、父さんに尋ねた。



「今日は早いじゃん? もう、仕事終わったの?」



俺が話し掛けても、父さんは机にうなだれるばかりで、返事をしない。


……何か、様子がおかしい。


父さんに近寄ってみると、物凄い酒の匂いがした。

よく見ると、机の上には酒の空缶や空ビンが沢山横たわっていた。



「父さん、なんだよ!? こんなに酒飲んで!」

「うぅ……純……すまない……」

「はぁ?」

「父さんは、もう駄目だ……うぅ……」



何故か、父さんは泣いていた。

涙を流す父さんを見るのは初めてだった。


……何があったんだ?

母さんが出て行く少し前から、父さんは様子がおかしかった。

妙にイラついたり、浮かない表情ばかりだった。

いつも父さんは、酒はそんなに飲まないのに、今はどうしてこんなに沢山の酒を……。

母さんが出て行った事が、相当ショックだったのか?



「父さん、どうしたんだよ!?」

「父さんの会社な……倒産したんだ。もう、駄目だ……。すべて、おしまいだ……うぅ……」



えーーーッ!!

父さんの会社が倒産!?

嘘だろ!?

ギャグだよな!?



「純……すまない……すまない……家のローンだって、まだ沢山残っているのに……うぅ……」



俺は、立て続けに起こる出来事に頭がついてゆけない。

ラブレターを渡そうと思っていた棚橋まりあが失踪、母さんが男を作って蒸発、そして、父さんの会社が倒産。

頭がパンクしてしまいそうだった。


なんだこれ……

意味が分かんねぇ。

まだ母さんが出て行ってから、一週間も経っていないのに……。

なんで俺ばっかり、こんな不幸な目に遭わなきゃならないんだ?


俺は震えながらも、何の根拠も無く、自信もなく、こう言うしかなかった。



「父さん……たぶん、なんとかなるよ」

「いや、もう……おしまいなんだ……うぅ……」

「お、俺も働くから……」



ついて出た言葉だった。


働く?

俺が?

じゃあ高校、辞めるのか?

ただの高校生だった俺が、家計を支えるために学校を辞めて働く?

アルバイトはした経験があるけれど、どれも長続きしなかった。

そんな俺が働けるのか?

というより、どうして俺が学校を辞めてまでして働かなければならないのか?

──父親が無職になったから。

でも、俺の学校の友達たちは、普通に高校生活をエンジョイしているのに、どうして俺だけが……。


俺の心は、不安感でいっぱいになった。

頼りにしてきた父親が、小さくなり、泣いている。

母親は家を出て行ってしまったし、行き先も分からない。

他に頼れる人もいない……。


俺は、父さんのそばから離れ、リビングのソファに横になった。

そして、天井を見つめながら思った。


『これから、どうすれば……』


その言葉だけしか頭に浮かばない。

きっと、父さんも同じ事を考えているだろう。


しばらく俺は、ソファに座り食卓のほうの父さんを見つめていた。

もう、何と声を掛けて良いのか分からなかった。

泣き続ける父親の姿を見て、不安感で押し潰されそうだった。


しばらくすると、父さんは、俺にこう言った。



「純、本当にすまなかった……」



何に対しての『すまない』なのか?

意味が分からなかった。

そして父さんは、ふらふらした足取りで寝室に向った。


……俺、これからどうしたらいいんだ?

父さんは、これから再就職先を探すのか?

でも、年齢的に厳しいかもしれない……。

失業保険があるから、しばらくは大丈夫かもしれないけれど、その先は……?

母さんも出て行っちゃうし、一体全体、どうしちまったんだ、俺の平凡な毎日は!?

父さんも不安かもしれないけど、俺だって不安だよ!

俺、どうしたらいいんだ!?


夜になっても、父さんは、寝室から出て来なかった。

食欲などなくなっていたが、一応、父さんも食べるかもしれないと思って、簡単なものだけど、晩飯を作った。


寝室に行って、父さんに声を掛ける。



「……父さん、晩飯、作ったよ」



寝室は真っ暗で、父さんはベッドに横になっていた。

父さんは俺に背を向けていたが、首を横に振った。

いらない、という事だろうか。


そうだよな……食欲ないよな……。

俺も、食欲ないし……。


その夜、俺は晩飯を軽く食べた。

カレーを作ったが、食欲はなく、まるで砂を食べているかのようだった。


その後、風呂に入り、自分の部屋に入った。

ベッドに横になる。


なんだか現実感がないが、カワイ子ちゃんが居なくなってしまったのも、母さんが家を出て行ったのも、父さんが無職になったのも、本当に起きた事なんだよな……

現実感はないけれど、これから先の事とか不安だ……

あぁ、頭の整理がつかない。

不安感しかない。

もう平凡な毎日じゃない。

あんなに平凡な毎日から抜け出したかったのに、こうも立て続けに不幸が重なると、頭がフリーズしてしまう。

父さん、泣いてたけど……本当は俺だって泣きたいよ……。

なんなんだよ、一体……。


頭が酷く混乱し、疲弊する。

その夜、俺はシャットダウンするかのように眠りについた。


※※※※※※


6:14


翌朝。

父さんは、家の中から忽然と姿を消していた。

家中の何処を探してみても居ない。


父さん……

俺が寝ている間に出て行ったのか?

何処に行ったんだ?


父さんの携帯電話に電話をしてみるが、コールはするものの、電話には出ず、何度かけてみても留守番電話サービスに繋がる。


会社が倒産したからっていっても、後始末とか何とかで、今日も出勤しているのかもしれない。

でも、昨日は父さん、俺より早く家に帰って来てたし、どうなんだろう……?

昨晩の落ち込み具合からして、もしかしたら……、もしかしたら……

いや、最悪な事態は考えないでおこう!

きっと、また家に帰って来る!!


そう、信じていた。

しかし、父さんは、骨になって家に戻って来た……。


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