店とワンピースと私
「つまり、特級魔術士が来た事で、隠していた事がバレたと思った。と言う事ですか?」
「まぁ、確証があったかどうかは分からないが、そんなとこだろうな。」
この店からの貢物。
クッキーを少しかじると、慣れた手つきで紅茶に口をつける。
この店のパンケーキは絶品だった。
昨日美味しい評判の店を聞いて回っていたところ、多くの人が紹介してくれたのがこの店だったらしい。
白と木材を上品に纏めた店内は、これまた上品なグリーンのクロスをアクセントとしたナチュラルウッドの円形テーブルが二十、規則的に並ぶ。
暖かい日にはオープンテラスが開くだろう大きなガラス扉が冬の寒さを暖かな採光で和らげている。
美味い物は正義だ。
絶品パンケーキの前に無粋なツッコミなど不要。
心ゆくまで堪能してから、と既に小一時間昼下がりの余暇を楽しんでいる。
血生臭い話を肴に……
しばらく店員さんが寄り付かない。
隣のテーブルが少しづつ距離を取り始める。
お陰で満員の店内にプライベート空間が誕生してしまい、師匠の優雅な余暇は更に長引いているのだが、絵になるので文句は無い!
師匠の真紅のマントは足首までの長さがあり、胸にある金の金具で留めるフードタイプだ。
高名な職人の手による一点物で、質の良さが一目瞭然。
マントの中身は無骨な鎧とは無縁の膝上レザーワンピースだ。
マントと対照的な白を基調としたタイトなワンピースに炎をあしらった刺繍が施してある。
通常魔術士は革鎧や薄手のチェーンメイルなどを着て防御力を上げるのだが、スタイルが悪く見えるとの理由で、体型に合わせたレザーワンピを好んで着ている。
レザーなら赤い下着が透けない!
ということも考えているかどうかは分からないが、気分によって赤や黒の色違いのレザーワンピ、更なるミニワンピも使用している。
で、当然ながら網タイツ着用の上、冬は黒のロングブーツを愛用。
杖とマントが無ければ魔法使い……
もとい魔術士とは思えない出で立ちだが、タチの悪い事に、一着で小国の予算が飛ぶらしい。
一度気になって聞いた事があるのだ。
黒髪に目の色も黒いからこその漆黒の主色。
僕もそれに合わせて黒のレザーシャツで全身をブラックコーデで纏めようとも思ったのだが、説明を聞いて膝から崩れた。
レザーの材質はドラゴン。
それも何やら滅多にいないタイプから取った物を使用し、失われた加工技術を用いて染めまで行われている。
刺繍に使われているのは、特殊な加工で糸にしたミスリル。
こちらも様々な色を定着させる失われた技術。
模様にも意味があり、魔法陣として防御術式が発動する古代魔法文明の技術。
先程、放たれた矢が燃えたのはこれが自動発動したから。
色々と便利な魔法刻印も埋め込まれていて防御力と機能性は、多分並ぶものが無い。
見えないお洒落の一言で片付けるところが師匠だ。
「さて、お茶も堪能したし、そろそろ行こうか」
長い赤髪を無造作に掻き上げ
足を組み替えながらこっちを見る。
「当店からのサービスです!」
また、滞在時間が延びた。
「そういえば、特級魔術士を受付の子が知っていたのは驚きました。」
僕ら二人を特級魔術士にしたのは、魔術協会の会長だ。
師弟となった後、僕が一人前になる様、修行をしながら……まだ修行中だけど……二人で旅をしていた。
しかし、魔術協会に登録の無い僕らは身分証が無く、大きな街に入ることが出来なかった。
まぁ、ちょいちょい忍び込んではいたのだけれど。
そんな時ある事件に遭遇して出会った魔術協会の会長さんは、師匠の昔からの知り合いだったらしく、身分の無い僕らに特例で魔術士資格を付与してくれた。
師匠の正体も知っていたことから、更新手続きがいらず、自由度の高い永久資格である特級魔術士を史上初めて与えられたのだ。
そのお礼と修行の旅の目的が合致するとのことで、街に入ると特級魔術士として仕事をしている。
魔術協会会長直属の特級魔術士とは
違法な魔術士の廃絶と
健全な魔術士への弾劾を未然に防ぎ、
魔術文明の社会に寄与する
という曖昧な目的と
古代魔法文明の遺跡調査
という直球の目的がある。
曖昧な目的はさて置き、遺跡調査の特殊性と希少性はある意味異端だ。
調査とは言ってもただ入るだけで無く踏破し、貴重な魔法具や武器、失われた魔法を記した何か、を持ち帰る。
五百年前、魔法革命以前に魔法使いが作った施設が、古代魔法文明の遺跡だ。
あの強力な魔法使い達が叡智を結集して作った施設や保管庫が遺跡になっているのだから、簡単には見つからない上に、強力な守護者がいる。
いくつか確認されている遺跡もあるが、強力な魔力に引かれた魔物が住み着いている。
それこそドラゴンがいたりもする。
その辺の魔術士程度では何も出来ずに殺されて終わりだ。
調査が出来る魔術士なんて数える程しかいないぐらい難易度が高い。
「何かに関わっていると見るべきなのよね。ただ、それが何かは推測の域を出ない。いつも言っている通り固定観念は真実を見逃すわ。ここからは慎重に行きましょう。」
少し口調が変わった。
ティータイムは終わりの様だ。
「はい!」
杖を握りしめ席を立つ
先頭を歩き出口へ向かう師匠に店の視線が集まる。
十分視線が集まったところで髪を搔き上げ振り返る。
「支払いお願いね」
残念!