エテルナ魔術協会陥落
「そうですね。この街でやる事も済みましたし、このまま向かいましょうか。」
とはならない。
このまま街を出ると言う師匠を諭して、取り敢えずマスターが戻るまで待つ。
「さっきのあれは一体……」
おずおずとサブマスターのホルンが聞いて来る。
いたのか!
他の皆も一様にウンウンと頷いている。
「女の秘密だ。聞かない方が身のためだと思うぞ」
あ、これマジのやつだ。
納得いかなそうな皆に師匠の偉大さと命の大切さを語ると青ざめた顔で慌てて業務に戻って行く。
ここに虐殺は回避された……
「君は命がいらないらしいな」
◇
気がつくとマスターが師匠と話している。
どうやらまた意識を刈られたらしい……
たまには師匠に任せようと、もう一度目を閉じる。
「え、今からですか!もう日が暮れますから、せめて明日の朝にしてはいかがですか?街を救ったお二人を領主様が歓待したいとも言っておりますので。」
僕の意識を刈って満足したのか丁寧に応対している。
「それは辞退させて頂きますわ。特級魔術士の正体は出来る限り隠してしておきたいですから」
魔術協会でも特殊な存在だ、おいそれと公には出来ないし、僕らも出来るだけ人前には出たくは無い。
「それに毒を盛られても困りますから」
あんた何したんだ!壮大にツッコミみ飛び起きた。
ダメだやっぱり任せられん。
「それは女の秘密だと言ったろう」
元の口調に戻る師匠。
マスターも口を挟んで来る。
「領主様からも命が惜ければ、聞くな忘れろと言われました……」
「いや、まぁ、なら良いんですが」
良い訳無いのだが、自体が収束しつつあるのだから街ごと焼き尽くすより良いと納得しよう。
「分かりました、領主様の方は私が対応します。しかし、この時期は野盗も出ますから、せめて護衛依頼を冒険者ギルドに出して来ますので、やはり明日の朝までお待ち頂けませんか?」
「冒険者なぞ足手まといだし、我々のみの方が速い。」
丁寧な応対はどこに???
そんな身を蓋もないことを……
「お気遣いは大変ありがたいのですが、護衛よりも強い護衛対象者では冒険者の皆さんも立場が無いでしょう。我々にはご存知の通り秘密も多いですから」
慌ててフォローにならないフォローで口を挟む。
対人スキルは僕の方が上だのはずだ
対人戦闘は師匠の圧勝だけど……
そこまで言われては、マスターも渋々引き下がるしか無い。
まぁ、僕らの実力の一端は身に染みて理解しているのだから文句は無いだろう。
「とりあえずご報告だけはさせて頂きますね。おい!お茶のおかわりをお持ちしてくれ」
そばに控えていた女性職員に声をかけ、席に座るよう促す。
街の状態は落ち着きを取り戻しつつ、あるらしい。
やはり、炎を見てパニックになる市民もいたらしいが、領主が衛兵達を使って街中で説明に回らせているらしく程なく日常を取り戻すだろう。
あの時何か耳元で呟いていたのだが、本当に何を言ったのだろう、態度変わりすぎだ。
「それと今回の褒賞として金貨百枚が支払われる事になりました。」
「なっ!」
あまりの褒賞金の多さに口止め料込なのは想像が付く……
「そいつを受取る訳には行かないな。それは水源の整備にでも当てて貰えるよう領主に伝えてくれ。不肖の弟子がやらかした事だしな。」
いやまぁ、そうなのですが……
腑に落ちない!
「しかし、くれぐれも受け取って貰う様にと申しつかっているのですが。
領主に脅されているのだろう、必死だ。
「この程度で口止め出来ると思うなら、命の保証はしないと伝えてやれ!きっと魔術協会に便宜を図ってくれるぞ」
うん、これからも脅し続ける気満々だな……
「わ、分かりました。伝えておきましょう。」
「それとこれは魔術協会にだ」
人の頭程の布袋を机におく。
「これは何でしょうか?」
「魔石だ」
「全部ですか⁈」
あれは眷属達から回収した魔石だろう。
確か二百ちょっとあったはずだから、金貨数十枚にはなる。
「迷惑料だ。魔術協会で役立てくれ。シャナから聞いていると思うが、行き先は秘密だ。それと今回の私達のことは分かっているな?」
あ、これ、口止め料だ。
「はい、心得ております。」
ニヤリと笑うマスターに、悪者が復活した瞬間を垣間見た。
「こちらはお受取ください。先程冒険者ギルドから支援要請の達成報酬をぶんどって参りました。」
せっかく改心したマスターの面影が崩れて行く……
手渡される布袋を確認すると、おもむろに金貨三枚放る。
「そいつは個人的に取っておけ!」
「はっ、有難うございます。このタナティス、領主を敵に回そうともエテルナ魔術協会総力を挙げ、身命を賭してルナ様の為に働かせて頂きます。後は万事お任せ下さい。此度の施し、重ねて御礼申し上げます。」
舎弟が出来ました……
領主の様付けはこの時を持って消えたし……
師匠の飴と鞭は的確すぎる。
「これで用件は全て終わりだな。さて、出発しようか。」
「は、はい……」
事の顛末に驚いて一瞬反応が遅れてしまったが、慌てて立ち上がる。
師匠がドアノブに手をかけ振り返り微笑む。
「世話になったなタナティス。後は任せるぞ。またな!」
「はい!お任せください!」
直立不動で真っ赤になり答える。
あー、駄目押しだ。
あの微笑みは金貨なんか目じゃ無い。
きっとタナティスは全力で職務を全うするだろうな。
師匠の為に。
ここにエテルナ魔術協会は師匠の手中に陥落した。