ロズワルドからの手紙
「そんな訳でして……」
ひとまず街に戻る事にした僕らはシャナが乗って来た馬車に便乗している。
「はぁ、特級魔術士と言うのは随分と無茶苦茶なのですね。」
「師匠はともかく僕は全然ですよ。」
「レオ様も十分普通じゃないですからね!」
「え?」
「自覚症状無いんですか!」
「クックック」
くそ、笑ってやがる。
他人事か。
師匠を基準に考えているうちに、どんどん一般常識から外れていたとは、盲点だった。
「まぁ、それは置いておいて、なんとか誤魔化せませんかねぇ」
「流石に無理ですよ……」
「そこを何とか!」
「地形変わってるんですよ!しかも街中の注目集めておいて、無理です。」
「見たところ水源は拡張されて問題ないのだろ?」
「はい、予算の関係で着手出来ていないだけで、元々あの湖の拡張工事の計画はあった様ですけど。」
「なら良いじゃないか、工事費用を貰いたい所だが、今回は不可抗力という事で手を打てってやろう。魔法の方も魔術協会上げての大規模魔術行使と言えば追求しようがないだろう。悪いことをした訳では無いのだからな」
「いや、流石に領主様への報告しないとですよ。貴族ですし」
「まぁ、その辺はなんとでもなる」
師匠が悪い顔をしている……
まぁ、誤魔化せるなら最早何でも良いか。
街を焼くより、良いだろうと投げた。
「街に着いたら説明だけは、ホントお願いしますよ。」
「分かった分かった、そう心配するな。」
お願いしますよ師匠!
元はと言えば師匠の過剰戦力が引き金だし、弟子は大人しく一歩下がっておくべきだろう。
うん、そうしよう。
「話は変わるのですが、街に着く前にコチラをお渡ししておきます。」
恭しく差し出された手紙には蜜蝋で封がされている。
「これは?」
師匠が目で指示してくるので、受け取り尋ねると、まくし立ててくる。
「お二人とも魔術協会本部で何したんですか!お二人の名前出しただけで、拘束されて尋問ですよ!何話しても信じてくれないし、常に嘘発見器にはかけられるし!特級魔術士と会っただけで犯罪者ですか!ずっと牢屋の中とか、殺されるかと思いましたよ!折角経費で良い宿屋取ったのに!今話題のスイーツだって食べ損なったんですよ!」
後半は微妙だが、身に覚えがありすぎて何も言い返せない。
主に原因は師匠のはずだが……
また、師匠が笑っている。
「なんか、すいません……」
一気にまくし立てて落ち着いたのか、わざとらしい咳払いをしてシャナが居住まいを正す。
「まぁ、本部長が帰って来て釈放されましたから良いですけど。これはその時、くれぐれもご本人にと預かったロズワルド本部長からお手紙です。」
未開封の証明である簡易魔術が施されているのを確認して封を開ける。
中身は確かにこの国、サーシャ王国の王都にある魔術協会本部の長ロズワルドからの親書だった。
魔術協会は各国に本部があり、その国の支部を統括している。
その上にはニルバーナ帝国にある魔術協会が統括本部として全ての魔術協会を統べている。
協会の最高職会長がいるのもここだ。
各国の本部は大体がその国の首都にあり、この国、サーシャ王国は王都サーシャに本部がある。
つまりこの国に存在する全ての魔術士を統括する任にある者がロズワルド本部長だ。
「内容はなんだ?」
「王都のロズワルド本部長から我々に未踏破の遺跡調査の依頼です。詳細は本部に来てからとの事ですが。」
「それと、会長の許可を取っていると伝えてくれといわれました。」
「あのタヌキの許可まで取っているのでは無視も出来ないか」
「会長をタヌキ呼ばわり……」
シャナが若干引いているが、最早今更だろう。
「門が見えて来ました!」
御者をしている職員から声がかかる。
依頼よりも、まずは後始末だ。
「このまま協会に向かいます。」
◇
「師匠、今日中にこの街出ませんか?」
「確かに、面倒な事になりそうだな」
魔術協会に着き、事の顛末を聞くや否や冒険者ギルドに恩を売ると言ってマスターが勇んで出て行く。
残った職員は関係各所への説明、今回の招集に参加した魔術士達への報酬の清算と総出で後始末。
僕らはやる事も無く応接室でお茶を飲んでいるのだから。
こんな会話にもなる。
そっと出て行っても分からないのでは……。
「あの炎はお前達か!」
マスターが出て行ってから小一時間経った頃、扉が勢いよく開き、いかにも貴族という出で立ちの初老の男が、共のものを連れ入って来た。
「聞くところによると、水源の湖まで広げたというでは無いか!一体何をしているんだ!」
「ご領主様!お待ち下さい」
やっぱり領主か……
マスターが慌てて追いかけて来る。
「まったく煩いヤツだな。」
背後に立つ領主に背を向けたまま、師匠が火に油を注ぐ。
「なんだその態度は!いくら魔物を討伐したからといって、住民を更に不安にさせる魔術を使うとは、協会は何をやってるのだ!」
「そ、それはご説明した通り、不可抗力でして、それよりも街に被害がなかった事の方を評価して頂きたく……」
マスターもフォローに大変だ。
勇んで出て行ったのは何だったのか。
あまりの剣幕に職員が集まって来ている。
そんな中でも師匠は一向に領主を向く事なく紅茶をのんでいる。
「それとこれとは別だ!あんな危険な……」
「煩いと言っているだろう!」
領主の言葉を遮り、おもむろに師匠が立ち上がり領主の襟首を掴んだ
「な、なにを……」
あっ、照れた。
いきなり振り向いたのは、絶世の美人だ。
領主がたじろぐ。
「魔物を街から守り、水源も広げてやったのだ!男なら良くやったの一言ぐらい言えんのか!」
「し、しかし、わ、私には」
「ならこれはどうだ?」
むっ!師匠が領主の耳元に顔を近づける。
近い!近い!息のかかる距離だ……
満更でもない顔をしたら、一撃で葬ろう!
魔力を込めた所で
師匠が離れると、なんとも言えない顔の領主。
「こ、今回の魔物討伐大義であった。魔術協会の皆も今回はご苦労であった。後程、褒賞も出そう。今回は礼を言いに来ただけなので、これにて!マスターちょっとコッチへ来い!」
急に手のひらを返し、マスターを連れいそいそと出て行く。
残された僕も職員も、あまりの事にポカンとしている。
師匠は優雅に、また紅茶に手を付け唖然としている僕を見る。
「さて、私達はこのまま王都に向かおうか」