ぽいっ!
マンティコアの処分を終えた僕らの前には、ゆうに大人二人分の高さはある大扉がある。
シンプルな石室に合わせ、あまり凝った修飾の無い簡素な大扉は開くよりも閉めておくことに重きを置いたものだ。
簡単に出入りを許していないことを、その佇まいで伝えてくる。
更に、魔法によるロックがかかっている様だ。
さて、どうしょうか……
閉ざしておくために設えた大層な扉には、侵入者を阻むトラップが定石だ。
開けてみろ!と言わんばかりに、魔法による認識阻害がかかっていて、トラップの種類は分からない。
こうした場合いくつかの方法が考えられる、力技で破る師匠好みの方法か、盗賊ばりの技術を持って解除するか、または……
突破方法を考えながら近づく僕の横から、おもむろに前に出る師匠が杖で二度ノックをする。
すると何事も無く大扉は、まるで意思があるかの様に開かれる。
うん、気にしないことにしよう。
扉の先には、高さと広さこそ同じだが、均整の取れた石室の延長とは思えない土がむき出したままの一直線の通路が姿を現わす。
まるで打ち捨てられた炭鉱の様だ。
少し肌寒い空気が流れ込み、土の匂いがする。
多少、光苔が生えているらしく、ダンジョンの魔力に反応し淡い光を発しているので、薄暗いが見えない訳では無い。
そのまま一歩を踏み出す。
「ここからダンジョンの様ですね。」
前方に意識を飛ばして索敵を行いながら話しかける。
「この魔力量からしてそう大きなものでは無いだろうが面倒には変わりないな。まぁ、数日の探索は覚悟だな。」
「そうですね、この大扉の先の部屋との間にダンジョンが出来た様です。この階層には幸い魔物はいない様ですがトラップの類が無いとは言えません。」
「ああ、それならついでに解除してある。気楽に進んでくれ。」
「あ、ありがとうございます」
何か釈然としないが、気にしたら負けだ。
教わっていた魔法を使わなかったのが悪い!と思うことにしよう。
二百メートルほど進むと壁から微量の魔力を感じる箇所を見つける。
些細な違いではあるが、若干壁の色も周囲と違う。
魔物部屋、モンスターハウスとも呼ばれるトラップの一種だ。
この部屋の奥には無数の魔物がひしめいており、侵入者が近づくと解放、または通り過ぎた後に背後から一気に襲われる。
索敵に引っかからなかったのは壁の中にいたからだ。
こうしたトラップが数多くあるため、ダンジョン探索に素人は向かない。
冒険者などは随時見つかったトラップの情報をギルド経由で共有しているし、探索にはそれなりに精通したパーティーで挑むのが定石だ。
定番のものは、魔術学校などでも教えられるほど、トラップの対策は慎重に行われている。
その中でも特に物量タイプのトラップというのは危険度が高い。
一体では問題無い相手も複数となると難易度が格段に上がるので、よく駆け出しの冒険者が命を落とす。
先程師匠が解除したのはこのトラップだった様だ。
知らずに進めば後方から一気に襲いかかられたのだろう。
先導する僕は扉の安全だけは確認し、先に進もうと振り返る。
すると、扉の前で師匠が立ち止まり、首を捻る。
何か思案している様だが……
「どうしました?」
返事の代わりに、師匠の左掌に火球が生成される。
僕が思わず、目を見張ると、一瞬にして火球は収縮し人差し指に乗るほど圧縮された青白い火球に変わる。
見た目の大きさこそ小さいが、込められた魔力量がヤバイ。
「な、なにを……」
僕の問いには再び答えられることは無く、そのまま師匠は魔物部屋を杖で二度ノックすると少し扉が開く。
途端に中から獣臭が吹き出し、大量の魔力が漏れ出る。
部屋からは数十の魔物の殺気が感じられる。
ぽいっ!
まさに、ぽいっ!
その隙間から火球をぽいっ!っと投げ入れると……
……閉めた
「さっ、行こうか!」
無邪気な笑顔で僕の腕を取ると二階に続く階段に向けて歩き出す。
「し、師匠、歩きづら……」
「なに?嫌なの???」
振りほどける訳など無い。
薄暗い迷宮を腕を組んで歩き出す。
いつの間にか杖をしまい身軽になった今日の師匠は、いつものマントにシンプルな白のミニレザーワンピ。
探索を意識してか、黒のタイツにヒールでは無く、底の平たい少し厚めの黒のショートブーツ。
僕もいつもの黒のマントに黒シャツ、黒パンツに黒のブーツと主色一色。
差し色として銀の刺繍がいくつか入っているが基本は黒一色、師匠のコーディネートなので文句など、あるはずもない。
薄暗い洞窟を腕を組んだ男女が一組。
軽い談笑をしつつ次の階段を目指し歩いて行く。
その様子を見たものは、ここが魔物の巣窟であるダンジョンとは思わないだろう。
すっかりデート気分……
ちなみに。
投げ入れられた火球は圧縮され、強化されたエネルギーを一気に解放する。
解放される衝撃波が、近くにいるものを跡形も無く吹き飛ばし、命を絶つ。
続いて解放された炎が部屋にある酸素を食い尽くし、数秒で最高温度に到達すると、一瞬で骨をも残さず焼き尽くす
後には高温でガラス化した室内と灰が舞うだけだ。
このダンジョン渾身のトラップはこうして破壊された。
後で聞いた話だが、なんか煩そうだったというのが、大量虐殺の真相だった。