小瓶の中
よく考えたい。わたしの知らないだれかの気持ちを。
なにかが近くで動いた。目は悪いが動いた影がわかった。
かすかに動いた音がした。
わたしはそっと息を潜めて振り返った。
なにも見えない。
いつからここでこうしているのか。数分前の記憶がない。
まず記憶をなくしたのが数分前からなのか、もっと前からなのか、はたまた数秒前なのかさえもわからない。
ここは少し息苦しい。
ゴン、ゴン、と周りに響き渡る鈍い音が二回した。
体が揺れた。とっさにわたしは逃げなければと思った。
逃げども逃げども必ず行き止まりだ。
わたしが知っている道はどこまでもいけたはずだ。
わたしはいつからここにたどり着いたのだろうか。
その時、体がぐわんぐわんと勝手に動いた。
行き止まりたちに打ち付けられる。息も出来ない。
痛い、苦しい。逃げなければ……
薄れゆく意識の中でわたしははっきりとみた。
遠い昔、子どもの頃に川辺で親が教えてくれた。
一度近くで、ずっと前から、そうだ。見たいと思っていた。なんて綺麗なんだろう。こんな鮮やかな色、生まれて初めて見れた。
あれが花か。
「お母さん、ジョニーは死んじゃった。もう動かないや。」
「あとで埋めてあげましょう。ねえ、そこの花瓶を取ってきてちょうだい。お花を入れるから。」
「わかった。この赤い飾りは捨ててもいい?」
「ええ、それはこの前のお花屋さんがおまけでくれた飾りよ。もういらないわ。」
彼はたくさんの花が咲く花壇へ埋められます。どうかその匂いと音と色が彼に届くことを祈ります。
まだ見たことのない、感じたことのない世界はいつでも外にあるもの。狭い世界に閉ざされることのない人生を歩かれてください。