神様が匙を投げたので―――お玉で世界をすくうことにしました
神様は、この失敗した世界に絶望して匙を投げてしまったらしい。
世界には魔物が蔓延り、病が溢れ、生き残った数少ない人間たちも食料を奪い合い、滅ぶのを待つだけだった。
私が生まれ育った村も焼けた。母がこれを持って逃げろと言った剣だけを持って、父に教わった剣術で今日までどうにか生き抜いてきたが……もうだめだ。どんなに魔物を倒しても食べ物が無ければ生きられない。木の根をかじって泥水を啜って……それも、もう……限界だ。私はついに地面に突っ伏した。
感覚が少しづつ薄れていく。ああ、きっとこのまま意識を失えば、もう二度と目覚めることはないのだろうな。
薄れていく感覚――――その中で1つだけ、何かを感じ取ったものがあった。
―――嗅覚だ。
(あれ?……良い匂いがする?)
もう嗅覚だけ先に天国に行ってしまったのかと思った。……けれど
「大丈夫か?とりあえず、俺の作ったすいとんでも召し上がれ!」
「……は?」
不思議に思った。
不審にも思った。
だけど私は目の前にいきなり出された生きるすべに何も考えずに手を伸ばした。
久々にとった食事は滅茶苦茶美味しかった。たくさんのお野菜と豚肉。もちもちのすいとんにその出汁がしみ込んでいた。温かくてお腹も心も満たされた。
「……ありがとう。とっても美味しかった……です。」
命の恩人の男に頭を下げる。男はニコニコして自分でもすいとんを口にした。
「なにこれ滅茶苦茶美味い!!」
「作ったのあなたですよね?」
「こんなに美味く作れたの初めてだ!!」
彼はそう言うとすごく嬉しそうに笑った。
「あなたは一体何者ですか?流浪の料理人ですか?」
この滅びゆく世界でそんなことをする人がいるなんて俄かには信じがたかったけれど。彼は私の質問にニッと笑ってお玉を持ってカッコつけて言った。
「俺はこの世界をすくう、救世主だ!!」
私はこの人と関わったことを微妙に後悔しだしていた。
「ご飯美味しかったです。ありがとうございました。」
頭を下げて立ち去ろうとすると彼は慌てて私を引き留めた。
「待て待て待て!!」
「何なんですか?」
「あ、敬語はいらないよ。」
私はため息をついて彼を見る。
「じゃあお言葉に甘えます。……世界を救うって、こんな……こんな神様に捨てられた世界、救える訳ないじゃない!!」
救世主なんてふざけないで欲しかった。
「でも俺は、確かに君の救世主じゃなかったか?」
彼は空っぽになった食器を指差してそう言った。確かに、確かにそうだけど!!
「それにこの世界は神様に捨てられたんじゃない。」
彼は柔らかく微笑んだ。
「神様に匙を投げられたんだ。」
「あんまり変わってない!!」
「―――いいや、違うよ。」
彼は再びお玉を手に持って言った。
「匙ですくえないのなら、もっと大きなものですくってしまえばいいんだ。」
「えっと……?」
「俺はお玉で世界をすくう!!」
私はどう反応して良いのか分からなかった。
「さて、今日の具材は何が良いかな。キマイラの尾にポイズンフライの鱗粉、人食い魚の尻尾としびれ蟹の甲羅。」
彼はそう言って鍋をかき回した。鍋は川を流れてきた適当なものらしい。私は信じられないものを見た。彼が何かの材料の名を口にするたびお玉からその材料が溢れてくるのだ。
「魔界の毒沼の水も加えて、仕上げに煮立ったマグマを注いで出来上がり!!」
この男は一体何を作っているのだろうか。どうやって世界をすくうつもりなのか問い詰めたら、怪しげな儀式を見せられている。確かにすごいけれど。
「このお玉はなんでも出してくれて、なんでも煮込めるんだ。」
彼はふふっと笑ってそう言った。というかそれなら料理作ればいいと思う。変な儀式まがいのことしなくても良いと思う。
「で、作ったこれは」
男はお玉で鍋の中身をすくった。そして、林の中で私たちを獲物として狙っていた魔獣にぶっかけた。
「ギヤアアアアアアアアア。」
魔獣はすごい叫び声をあげて……溶けた。
「…………。」
なにこれ。
すごいけど、怖い。
「俺、料理すごく苦手なんだ。」
「苦手とか言うレベルじゃなくない?!」
彼は神から魔法のお玉を授かった人物らしい。そして彼の両親もそれを喜び、彼に料理を作らせたらしい。しかしできる料理はおおよそ料理と言えない代物ばかり。試しに魔物に投げつけたらその魔物が消滅するという破壊力。
神は確かに彼に二物を与えなかった。
(え?そんなお玉で作った料理食べたくない。)
というか、こいつ、そんな料理を私に食わせたのか。助けたというより止めを刺そうとしていたのではないだろうか。思わず後ずさる。
「でも今日初めてあんなに美味い料理が出来たんだ。」
「やっぱり初めての試みだったんだな?!」
彼は私の言葉をスルーしてお玉を見て言う。
「お玉の本当の使い方はやはりすくうこと。美味しい料理を作ってこそだと思うんだ。」
確かにこのお玉でちゃんとした料理が作れたら、飢え知らずなのかもしれない。
「俺はこのお玉を本来の使い方で使って、世界をすくうんだ。」
「そうか……。頑張って。」
「待って待って!!」
私はため息をつく。私が知らないところで勝手に頑張って欲しいんだが。
「私に何の用なの?」
「俺と一緒にいて欲しい!!」
「……は?」
彼の言葉に私は呆気に取られてしまった。
「今まで他の誰に作っても、親に作ってもまともな料理は作れなかった。だけど、お前に料理を作ったらあんなに美味い料理が作れたんだ。」
「えっと……。」
「お前じゃなきゃダメなんだ。俺に毎日お前のご飯を作らせてくれ!!!」
手を両手で包まれてそう言われた。私はどうしようか悩んでしまう。ああ、もう、顔が熱い!!
「だ、大体、なんで私なのよ!!どうして美味しい料理が作れたかも分かんないくせに!!」
「何か滅茶苦茶可愛い女の子がいる!!この子をどうしても救いたい!!助けたい!!って思って料理を作ったら美味しくできました!!」
「っ~~~!!一緒に行ってあげるから!手を離せ!!」
後から考えてみれば私に一緒に行かないという選択肢は無かったことがよく分かる。あの料理を食べた瞬間から、彼の笑顔を見てしまった瞬間から私は彼に負けてしまっていたのだから。