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知識・教養は諸刃の剣(そして知性も)
よく言われていることだが、知識・教養は諸刃の剣だ。のみならず、知性そのものも、表現者にとっては諸刃の剣かもしれない。
どちらも、あれば表現の幅は広がる。しかし、その共有を前提とした表現であるがゆえに、他者の理解から離れた世界へと飛び立ってしまいやすい。
大衆受けを狙うのが必ずしもいいことだとは限らないにせよ、頭のいい表現者は、時にバカになる必要があるかもしれない。
養老孟司の著書に、『バカの壁』というものがあるが、これによると、IQが20違うだけで、お互いの話がかみ合わなくなるとすら言う。
その道を進んでいったのが、純文学であろう。
漱石門下の木曜会、東大英文科を中心とするエリートたちが作り上げた近代小説は、一高、東大をトップクラスの成績で卒業した芥川の名にちなんだ芥川賞をピラミッドの頂点とする世界を作り上げ、徐々に大衆の理解から乖離し、その難解さゆえに人気を失っていった。
ある意味では、大衆文学ですら、ラノベに押されていて、既にその兆候はあるかもしれない。
歴史は繰り返すのかもしれないが、高すぎる知性はそれに見合う場所へと飛んでしまいがちだ。
時には、バカになることも重要かもしれない。
もちろん、行き過ぎて単なる「おバカ」になってしまってもいけないんだけど。




