第四話 意外すぎる側面
クールビズも終わりに近づき、鳥越の愛想のない仏頂面にも慣れ、同世代の木村とは上司と部下というよりランチ&飲み仲間といった方が近いという仲になった頃。
なお、木村はしばらくは毎日定時ダッシュしていたが、最近は原則週に一回「残業デー」を作ることでとりあえず夫との間で落ち着いたらしく、残務や飲み会はそのときに片付けることで精神的に「職場に迷惑をかけている、コミュニケーションがとれる場所が限られている」という負担感も大分減ってきたらしい。
「それ」は、そんな時期の金曜午後二時半に、ほとんど前フリなくいきなり始まった。
「柳澤さん、いまちょっとよろしいでしょうか。」
「はい…」
(何かあったかなぁ、最近出張もちゃんと処理できてるはずだけど…)
鳥越の愛想のない声に反射的に構えつつ、一応ひきつった笑顔で返事する遥。そんな遥に気づいたのかどうか。
「柳澤さん、新婚旅行ってどこでした?」
「えーっと、その件…へ?」
(新婚旅行?この人いま新婚旅行って言った?しかも私の行き先?)
これまでプライベートについては、誰に聞かれてもそっけなく最低限の返事で返していた鳥越の意外すぎる質問。遥は動揺して周りを見回したが、あいにく喬木も木村も外していて、助けを求める相手はいない。
原則として内勤の喬木と木村。そのどちらもが外すようなタイミングはそう多くなく、むしろそれを狙って切り出したんじゃ、とバレないようにジト目で鳥越を観察するが、鳥越の様子は普段と変わらない。いや、よく見ると。
(…あれ、目が笑ってる。この人、もしかして雑談したい?)
「新婚旅行です。ご結婚されてましたよね?」
再度切り出してきた鳥越に、密かに覚悟を決めて遥はにっこり笑顔で返事をした。
「…はい。新婚旅行はヨーロッパに1週間くらいです。鳥越さんは?」
「僕ら、結構遺跡とか好きで。6年前になるんですが、カンボジアを中心に、東南アジアに行ってきたんですよ!」
いきなり語りだした鳥越。これまでに見たことのないイキイキ度合いである。
物ごいの子供たちとのやりとり。現地のマックで自分の英語が通じなかった話。アンコール遺跡の偉容。向こうのかき氷が大きすぎて風邪を引きかけたこと。タイの屋台のごはんが美味しかったこと。調子に乗って最終日に思いっきり食べたらてきめんに当たり、帰国後翌日丸2日寝込んだこと。
30分近く、身ぶり手振りを交え臨場感たっぷりに語る鳥越。最初はいつもとの違いに驚いたものの、遥は思いがけぬ話の面白さにすっかり引き込まれ、いつのまにか聞き入っていた。
***
「…ってことが、先週ありまして。鳥越さん、ものすごく話うまいんですよ、私大笑いしてしまって。しかも、30分くらいでぴたっと止めるんですよ。直後に木村さん戻ってこられて。」
翌週、木村と昼休みに銀座でラーメン炒飯餃子定食と格闘しながら遥は鳥越の意外すぎる一面をネタに木村と駄弁っていた。
ちなみにこのラーメン屋、ラーメンの本場A県出身の二人が納得する味と、昼休みに行って帰ってこれる距離と提供の早さでランチ定番となっている店である。一応女子二人ということで、炒飯と餃子はミニサイズだ。女子と呼べるのは20代までだ、とか、正統派女子はラーメンにニンニクなんか昼休みから入れたりしない、とか、炒飯に餃子まで付けたりしない、とか言ってはいけない。
「えー、何それー!超うらやましいんだけどー!!私も鳥越さんと仲良くなりたーい!」
「へへ、いいでしょ。」
えっへん、とラーメンを食べながら器用に胸を張る遥。
「でも、あれ私が部下だからかなって気もするんですよ。皆さん戻られてからは普段の鳥越さんでしたし…」
そんな予想は木村に関しては案外早い段階で裏切られ、冬に入る前にはお互いの子供のことや、結婚相手とのなれそめ、鳥越が合コンで出会った不思議ちゃんの話など、定期的に雑談タイムが構成されるようになり、木村、鳥越、遥の三人で構成された小さなチームは結構何でも言い合える仲になるのだったが。
「…何でか、喬木さんの前ではやんないねアレ」
「私、記録つけてみたんですが必ず木曜か金曜の二時半ですよ。」
「鳥越さん真面目だからなー、週末近い昼下がりにふっと気が抜けるのかなー」
それが他の班まで波及するにはまだまだ時間がかかるのだった。
これをもってストックぶんおしまいです。
あとは1日1話を目指しますが、いけるかどうかは微妙なところです。