第28話 法令屋さんのお手伝い(中編)
お待たせしました。
(そしてまだ続きます……)
翌日。
いつもの朝の仕事を終え、自席について仕事をはじめた遥は、一件のメールに驚くことになった。
『はるちゃんさま 別添のPDFの人が「一覧」のファイルの表に入ってるか確認をお願いします。入ってなければ形式に従い表に追記してください』
と記載されたメールの添付ファイルを何気なくあけたところ、一覧表に記載された議員の数が200近いのだ。それぞれの肩書き、選挙区、会館の部屋番号、そしてアポの日時と担当者欄。肩書きは党の要職だったり、党内で関連の深い役職者だったり、国会で審議されるだろう委員会の委員だったり、政務として昔この省にいたり、いろいろだ。「再掲」がついている欄もある。
(……ってことは、これ全部回るの?)
PDFのほうは、一覧表では使われていない、この局独自の関係者リストのようだ。業界団体OBやら、関係の深い○○省出身やらと書かれた数枚に記載されている名前を、表計算ソフトの検索機能を使って一覧表に掲載があるか確認していき、ない場合は下に枠を追加して入力する。単純作業だが、鈴木やら田中やら、何人かおなじ名字のひとがいて紛らわしい。
これだけの人数のアポをとり、省内のしかるべき役職者に行脚させるのはたしかにハードルが高いだろう。
そうこうするうちに、元凶たる木村が出勤してくる。
「おはよー。あ、作業してくれてるんだ、ありがとね。」
「おはようございます。……なんですか、これ。」
「局長以下の根回しリスト。週末まででいいから、根詰めてやらなくていいよ。」
「……全部回るんですか?」
「局長、次長、審議官、総務課長、担当課長あたりで手分けしてね。早いのは来週あたまから~」
こういうのは、バラバラで回ると漏れや重複が発生しやすい。したがって、誰が誰に回るかを決めたあと、アポが入ったとき、アポが流れたとき、そしてレクが終わったときには情報をこちらに共有してもらい、集約するのだという。
「……アナログな。」
「共有フォルダに入れてたとして、えらいひとがちゃんと更新してくれるかもわからないし、複数人で同時にアクセスすると『編集中です』とかになるしねぇ。」
「たしかに、そうですが。」
「GPSでもつけりゃ別かもしれないけど、いつどこに行ったかは誰かが手入力するしかないわな。」
ついでに、誰がいつどこに回るかも、割とセンシティブらしい。
「例えば、課長はだいぶ前だけど当時の美村政務官の秘書官をしてたことがあるのよ。美村さんはもう党の大幹部になってるから、レベル感は局長なんだけど課長は同行させる、とかね。」
「なんていうか、……全員にメールか何かで送ればよくないですか?」
「情報だけなら。内閣提出法案だけで年によっては80件とかあるから、資料だけくださいって人ももちろん結構いるよ。」
「そうでしょうね。」
そりゃそうだ。国会議員は全部あわせて700人くらい。一件の法律で200人回るということは、単純計算で一人あたり23件近くも「ご説明させてください」と役所から連絡が来ることになる。議員の仕事は法律だけではない中、全部にそんな労力は割けまい。
「ただ、『聞いてないぞ!』とか言う人もいるしねぇ……」
「あぁ、定番の聞いてないオジサン。」
「割と権力者だったりするのがたち悪いよね。あと、反対とか、ひと言言いたいとかって人を事前に説得しておく意味合いもある。」
「出来レースな。」
「まぁそうっちゃそうなんだけど、それで通りやすくなるなら儲けもんよね。ちょこっと説得したくらいで通せるなら、通った方がいいのよ。勘違いだったりするしね。」
「勘違いですか?」
「○○を禁止するとはけしからん!反対だ!……いえ、先生、○○は禁止しておりません。とか。」
「雑っ!」
そんなんでいいのか、議員。
「ここまで単純じゃなくても、割と多いよ。確かに○○は禁止してるけど、救済手段をたくさん用意してる、とか。」
「はぁ……」
なんだかなぁ、と思いつつ、名簿の確認を続ける。木村のほうは自分の仕事の合間に想定問答や解説入りポンチ絵を作っているようだ。その仕事のぶん、本来の木村の仕事の一部は鳥越に下りてきており、なんとなく忙しない政策推進室であった。
***
そんなに時間がかからず完成した名簿に、木村が課長と相談しながら対応者を埋め込んでいった。翌日からは、ぽつぽつとアポも入り始めた。秘書や総務担当者がアポ入れを行い、アポが取れたときなどには木村と遥宛てにメールで連絡が入り、それを受けて名簿に日時を書き込んでいく。
「木村さんっ、なんかっ、気分が落ち着かないんですけどっ!」
週が明けると更新の頻度が上がった。少し席をはずしたと思ったら四件、五件とアポが入ったとか時間が変わったとかメールが入っている現状に、遥は悲鳴をあげる。
「うーん、ごめんとしか言えない。」
「タコ部屋は何やってるんです?」
本来、職員の仕事じゃないだろうか。単純作業ではあるので、別に振られて困るわけではないが。
「タコ部屋はねー、法令協議ー。」
「……あぁ。」
なんか、上野が無駄に相手を挑発してそうだ。
「あと、法制局の次長とか局長とかの対応ー。」
「いろいろありますね……」
「結局、こっちはわたしと言うか総務課で引き受けたしね。」
「そういうことになったんですね。」
「想定問答の直しは下書きさせたけど。中身わからないと書けないし。」
「そういうもんですか。」
「ざっと読んだからある程度はわかるけど、半年近くずーっとやってきたメンバーとは違うよね。」
「そうでしょうね。」
「ただ、マニアックなことしか書いてこないから、一問直しちゃー送り、直しちゃー送り……」
ご苦労なことである。
「明後日からから回り始めるから、今日じゅうに最低限のとこは仕上げないと。明日局長室で説明会だわー。」
「大丈夫ですか?」
「めどはついてるー」
そういうとパソコンに向かい合う木村。最近残業時間が多いのはその辺も関係しているらしい。
(修羅場慣れしてるなぁ……)
口ほどのんびりでもないらしく、ぶちぶちと口のなかで呟きながら想定問答を直している木村を眺める。最近キーボードを叩く音がいつもよりうるさかったり、電話の口調が若干イラついていたりとちょっとテンションはおかしいが、充分に冷静なようだ。
(ま、やるだけやるか。)
気合いを入れ直すと、やりとりの間も含めて10数件たまったアポの日程を埋めていく遥であった。
***
翌日の説明会までに資料は間に合ったようで、局長室から課長と一緒に戻ってきた木村はホッとした顔をしている。
「お疲れ様です。終わってよかったですね。」
「とりあえず、偉い人を送り出せる体勢にはなったからねー。バトンは渡した、あとはよろしくって感じ。」
「っていうか、説明者って、アレ全部頭にいれるんですか。」
さっき持っていった資料は、厳選したとはいえ全部で1センチ近くの厚さがあった。一日で頭に入る量とは思えない。
「入れるのよねぇ、彼ら。まぁ、ある程度は元々知ってたんだろうけど。」
「マジですか。」
「ああいう風になれる気がしない。けど、議員の前でぱらぱら探して棒読みするわけにはいかないしね。」
「まぁ、それじゃ何しに来た?って感じですよね。」
「一日で、百年前から知ってますけど何か?みたいな顔してるよ。恐ろしい。」
そうでもないと偉くなれないのかもしれないが。この前飲み会で「局長なんて、何も知らなくても自分のフィールドに持ち込んで滔々と述べるくらいじゃなきゃなれない」とか局長本人が言っていた。
「ちょっと一息ついた感じだね。ランチでも行く?」
「行きます。」
一日でだいぶ慣れたとはいえ、アポの方は順次入っていて、なんとなく忙しないのは相変わらずである。とはいえ、遥もちょっとホッとしたくて、提案に乗ることにする。
「ここ、美味いですよ。」
聞いていた鳥越がボソッと呟き、それと同時にメールが届く。ローストビーフ丼が美味しいです、と一言添えられたURLをクリックすると、女子力高めのお洒落な居酒屋のランチメニューのサイトだった。
「おいしそう!」
「鳥越さん、一緒にいきます?」
「いえ、俺は。」
アラサーコンビと一緒にランチとか何の罰ゲームですか、と毎度顔に書いてあるため、遥も木村も儀礼上しか誘わないが、こうやってたまに鳥越が紹介してくれるランチは大抵美味い。しかも無駄にお洒落で、どういうきっかけや繋がりでそういう店を知っているのかは謎だ。
「ありがとうございます!」
「肉いきましょー!」
テンションの上がる二人に苦笑する鳥越。
「ごゆっくり。」
「ありがとうございますー!」
一通り騒いでから、さてランチまでもうひとふんばり、とパソコンの前に戻る遥と木村であった。
***
翌日からは、木村は定時中は席に貼り付きである。
『○○議員、行ったらいませんでした!資料だけスタッフに渡してあります。』
『アポが一時間後の××議員、都合合わなくなったそうでリスケです。』
『◻◻議員の対応、局長行けなくなりました。誰か代理をたててください。』
続々ともたらされる状況報告。木村の席の電話は鳴りっぱなしである。単純なリスケの入力やメモの書きこみは遥も対応できるが、リスケに合わせてスケジュールの合う代理の者を立てるなどは正職員の領分だ。
「すごいですね……」
「まぁ、数日のことだから……」
断片的な話をするのがいっぱいいっぱいだが、とりあえずこの嵐のような状況は来週前半でおしまいらしい。
(死ぬ~。)
木村からどんどん下りてくる、一覧表に書き込むメモ書きやアポの修正などに対応しつつ、もともとの自分の仕事も、延期できないぶんを中心に最低限こなす。目が回りそうになりながらなんとかミスをしないよう気をつける。その数日間は、ほとんどそれに忙殺されるのであった。
***
翌週前半。
「おわったぁ~!」
全ての対応を終えた木村が伸びをして声を出す。
「お疲れ様でした。」
「はるちゃんも、ありがとね。」
にこっ、と疲れた顔で微笑む。
「ちなみに明日、朝から与党の部会なの。早起きする気があるなら、話の種に一回出てみる?」
「……いいんですか?」
「まぁ、顔に『非常勤』って書いてるわけでもないし。ただ、朝早いよ。」
「何時ですか?」
「8時スタートだから、7時45分くらいには遅くとも入ってないと。」
「それくらいなら。」
了承すると、会議の場所や時間などを書いてある紙を渡される。
「じゃ、身分証は忘れないでね。あと、ジャケット着用。」
「わかりました。」
与党の部会。何度も名前は聞いたが、実物を見るのははじめてだ。ちょっと緊張しながら、紙を眺める遥であった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は来週です。




