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第27話 決断の重さとは(後編)

今週は2回更新できました!

が、来週は事情により更新お休みとなりそうです。


※アップ後に誤字を修正しました。内容に変更はありません。

 

 翌日の昼休み。遥は、二日酔いの頭を抱えて唸っていた。


「……なんでそんな爽やかなんですか、木村さん。」

「途中から水ばっか飲んでたからー」

「裏切り者ぉ……」

「いや、普段は私のほうが二日酔いになるじゃん?」


 大抵、飲み会の翌日に頭痛薬を飲んでいるのは木村の方である。昨日は遥のあまりの飲みっぷりに途中で我に返ったらしい。


 昼休みに入ってつけたテレビからは、お昼のニュースが聞こえている。


『国民的アイドルグループ、スマイルが、来年9月をもって解散するとの発表がありました。』


「えっ。」

「嘘。」


 ぐだぐだと駄弁っていた二人はおろか、室内に残っていたメンバーが全員反応する。


「これ、この前来てた奴だよな?」

「そうですよ、私とはるちゃんが見に行った……ええぇマジ?」

「喬木さん、木村さん、ちょっと黙っててください。」


 まだニュースが続いているのに、よく聞こえない。


『所属事務所によりますと、昨年よりメンバーから申し出があり、話し合いを続けたものの、メンバーの解散の決意が堅く、来年9月の契約更新をもって解散することとしたとのことです。……次のニュースです。』


 遥の剣幕に黙った二人だったが、ニュースが次に移るとともに会話を再開した。


「あー、なんか見た目、仲悪そうだったもんな。」

「そうですか?ってか、漫才コンビなんかは、仲悪いまんま何十年も続けたりするとか言いますけどね。」

「最近、みんな仲良しを求められるだろ?」

「あぁ、わちゃわちゃと。」

「男同士なんか、そんなにベタベタしねーだろ。最近の草食化の一貫なのかね?」

「……桝谷くん、どうなの?」

「へ?何ですか?」


 だんだんずれていく会話を聞きながら、遥は脱力して自席の椅子に座り込んだ。いくら幻滅したと言っても、やっぱりスマイルは遥にとって特別で、解散など考えてもいなかったのだ。


 もともとなかった食欲が更になくなり、落ち着かなくてふらふらと立ち上がる。


「はるちゃん、大丈夫?」

「……ちょっと頭冷やしてきます。」


 そう言い残して部屋を出る。


 行くあてもないので、とりあえず自販機コーナーを目指す。ちょっと座るところもあって、行き先がないときはちょうど良い。


 イケメン男性タレントが結婚すると、女性社員がショックで休んだりする○○ロスというのは聞いたことがあったが、なんとなくそれとは違う気もする。高校生の頃好きだったヤスが結婚した、というニュースをみても、ふーんめでたいねー、という思いしかなかったのだ。


(スマイル、っていう存在が特別だったってことなのかなぁ。)


 悶々とするが答えはでない。背もたれに背中を預け、目をつぶって考えているうちに、遥は少し寝入ってしまったのだった。


 ***

 スマイル唯一の全員出演番組、月曜10時からの『今週も☆スマイル!』は、その日の夜、30分間の緊急特番を放送した。『今週も☆スマイル!』は、遥は毎週必ず見るというわけではないが、テレビをつけたときに面白そうなことをやっていたらチャンネルそのまま見る、という程度には見ている。


 遥は、解散を発表したスマイルの様子は、きっと謝罪会見のような雰囲気なのではないかと想像していた。たぶん、ブラックスーツに身を包んだスマイルがたんたんと台詞をのべるだけだろう。


 そう思いつつ、それでも午後10時すぎにどうも気になってテレビをつけた遥は瞠目した。


 いつもどおり、リビングを模したセットの中で、メンバーは喋りながら茶など飲んでいる。みんな顔は爽やかで、むしろこの前みた作り物めいた笑顔よりすっきりしているようにも思う。


『だいたいお前が結婚して落ち着いてさー』

『ちげーだろ、お前が演技に集中してぇーって言ったんだろー?』


 まさに木村のいう「わちゃわちゃ」な雰囲気で、解散の経緯を明らかにするスマイルのメンバー。最後に歌のコーナーがあり、最新曲を歌い踊り、スタンディングトーク、という構成もいつもどおりだ。ゲストを招いてのコーナーが削られたくらいか。


 最後に、リーダーのヒロキが少し真面目な顔をして話し始めた。


『皆さん。僕たちは、解散という決断をしました。でもそれは、仲が悪くなったとか、そういうネガティブな理由じゃない。テーブルトークでお話しした通り、それぞれがそれぞれの道を歩みたい、それを尊重しあった結果です。』


 サブリーダーのマサが言う。


『グループとしてのスマイルは来年9月でおしまいです。でも、僕らはこれからもそれぞれの道で頑張っていく。そういう僕らをお見せしたくて、今日の特番はこういう形にしたい、そう僕らからわがままをいいました。そんなわがままを聞いてくれたスタッフの皆さんに感謝を。そして、もちろん見てくれた皆さんにも。来年9月まで、僕たちは一生懸命スマイルとして走っていきます。引き続き、応援、お願いします。』


 呆気に取られたまま、最後まで見てしまう。それも彼らの作戦だったのか。解散を、心の底から納得してしまった。きっと、もう、無理だったのだ。


 そう思い、その言葉が遥の心にぱちん、とパズルのピースのようにはまった。


 ***

 土曜日。


 昼過ぎに起き出してきた聡太は、シャワーを浴びてもまだ寝たりない顔をしていた。明日は午後から出勤だという。


「なんとか土曜日だけ休むようにしたけどさ……」

「お疲れ様。」


 朝昼おやつ兼用の大盛りスパゲッティとサラダを作り、聡太が食べたあと、コーヒーを淹れてやる。遥の昼食は正午頃に簡単に済ませていたが、食後くらいは付き合おう。


「牛乳いれる?」

「いや、いいよ。」


 ことん、と聡太の前にマグカップをおき、自分のぶんには牛乳を少し注いで両手で持つ。


「どうした?」

「ん?」

「なんか、考えてるだろ?」


 週末の間には言わないと、とタイミングをはかりつつも隠していたつもりだったが、聡太にはお見通しだったらしい。長い付き合いは伊達ではない。


 気づかれた、ということは、ここがタイミングだったのだろう。


「4月以降にも仕事を続ける気がないんだったら、今月末までに言ってくれって。」


 声が震えないように早口で言うと、少し息を吐く。口にしてしまえば、簡単だった。


「……そっか。」


 聡太はそれだけ言って、黙る。職場でどうだった、こうだったと、遥はこの2年間よく話題に上らせてきた。どんな思いで今の言葉を口にしたか、全くわからないような人ではない。


「……ごめんな。俺の都合で振り回して。」


 少し間を置いて、絞り出すように言った言葉はそれだった。


「……最初から、分かってたからね。」


 こちらのせりふは、なんの迷いもなくそう言えた。


「聡太はどうしたい?」

「俺は……」


 少し口ごもる。


「仕事はめちゃめちゃ面白い。」

「うん。」

「すげー勉強になるし、扱うものもデカいし。みんな優秀で。」

「うん。」

「……遥は、どうしたい?」

「私?」

「俺の意見だけ言うのも違うだろ。」

「聡太は残りたいの?」


 そこまで言っておいて、結論だけ投げるのは違うだろう。そう思って聞いてやると、慌てた否定が帰ってくる。


「遥が残りたいなら、話し合わないとな、と思ってさ。」

「え?」


 驚かされてばかりだ。


「今の一瞬だけ、ってのはめちゃめちゃ楽しい。今がずっと続けば良いと思うときもある。けど、俺は……俺は、このスピードとかスケールにずっとついていくのは無理だと思うんだ。今は良いけど、遥にもまともに会えずにずっと働くのは嫌だ。うまくいけば子供を持って、それでも全力で走り続けなきゃいけないのは、俺にはできないと思う。」


 だから、帰りたい。自分のペースで仕事ができる場所へ。家族と共に生きることができるところへ。


「遥が仕事を楽しんでるのは知ってるんだ。延長したいなら、通るかは分からなくても、1年や2年なら、俺も会社に言ってみる。遥としばらく週末婚になってもいい。」

「ちょ、ちょっと待ってね。」


 ここまでさらさらと提案できるということは、忙しいなかでもいろいろ考えてくれていたのだろう。


「私は、聡太と一緒にいたい。それだけ。」

「……遥。」

「それに、職場の方は、2年間メンバーがあまり変わらなかったから、来年は異動イヤーらしいのよ。どうせ同じ職場じゃなくなるなら、東京でも地元でもあんまり変わらないよ。」


 笑ってみせる。うまく笑えただろうか。


「また、職探しね。」

「もう、しばらくは転勤ないから。おっさんになってからでも県内だし。……でも、戻ったら少しの間、子供を作るのに専念してみないか?」


 子供の話は今までもしてきた。遠い将来の感覚だったが、それもまた、いまから現実にしていこうというのか。一度息をのみ、それから気分を切り替える。


「……そうだね。」


 スマイルの決断。それが爽やかなのは、期が熟したことを自分で判断し、分かれ道のどちらに行くか自分で考えて決めたことだからだろう。ならば、遥がどうしたいかは、やっぱり遥が覚悟して決めるしかなかったのだ。


 そう気づいて考えて、結論は、遥は木村とは違う、ということだった。拠点を守る側の自分は、聡太について行く。そして、いつの日か聡太と家族を作る、と決めた。聡太との話し合いは、確認にすぎない。


「ありがとな。」


 遥がここ数日で何を考えたのか、100%知ることはないはずの夫は、そう言って微笑んだ。


 ***

「……そっか。決めたか。」


 4月以降の契約の更新をしないことを伝えると、木村はぽつりと呟いた。


「はい。ありがとうございました。」

「その言葉は、まだあと二月取っといてね。……はぁ、寂しくなるなぁ。」

「たまに東京に遊びに来ますよ。それに、地元に戻ったときに木村さんも遊びに来てください。」


 うん、と小さく頷く。少しの間下を向き、顔をあげたときはもういつもの木村に戻っていた。


「そうと決まったら、はるちゃんと行きたいランチは積極的に消化していかないと。」

「意味がわかりません!」


 危機だ。主に体重の、次いで財布の。


「まぁ、そこそこ頻度あげて行くようにしよ?」

「……それくらいなら。」


 妥協してやると、木村はにんまり笑った。


「ラーメン連発とか止めてくださいね?」

「……ダメ?」

「だめです。」


 二人で顔を見合わせて、くすりと笑う。2月はもう、目前に迫っていた。

お読みいただきありがとうございました。

あと何話か続きます。

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新連載はじめました。更新は不定期になりますが、よろしければこちらもどうぞ。
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