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第三話 内閣改造

お仕事回です。

 

 遥が霞が関に勤めはじめて、そろそろ二月。


 日々は飛ぶように過ぎていった。

 電話の取り次ぎで部署名を聞き取れずに相手方をイラッとさせたり、夏休みの休暇処理の手続きにてんてこ舞いしたり、一つ一つ悪戦苦闘しながらも少しずつ馴れていく。


 上司の鳥越は相変わらずの愛想のなさで毎度めげそうになるが、木村の能天気な雰囲気が伝染してか、室の雰囲気は大分変わっており、パーティションで仕切られただけの隣の部署の非常勤から、「なんか最近政策推進室は楽しそうな声がよく聞こえるね!」と言われるくらいである。


 そう、とにかく木村はよく喋りよく笑う、そして声のとおる女性だった。本人も自覚しているらしく、一度「まだ一年生のとき、局長なんて雲の上の人だと思ってたけど、何かのときに「今日も楽しそうな笑い声聞こえたよー」って通りすがりに言われて驚いてさー、向こうは二部屋隔てた個室だし、こっちのこと知ってるとも思ってないしさー」と愚痴っていたが、反省する気はないらしい。

「居酒屋とかでは便利だよー、注文一発で入るー」

 とか言っている。


 最近では、強面で資料を持っていくのも怖かったはずの喬木室長も一緒に盛り上がっていることも多く、


「見た?「バカヤローコノヤロー!」ってアレ。」

「あー、女性議員のパワハラですかー。女が言うとヒステリックに聞こえますよねー。あの人政務官だかなんだかなんでしたっけ?でも、男性であれくらい言う人って昔は珍しくなかったですよねー」

「えっ、そうなんですか?」

「うん、法令集飛んでくるとか広辞苑飛んでくるとか最近まであったみたいー、私はそういう上司に当たったことないけどー」

「あるよな、そんな話。それよりアレだよ、『バカヤローコノヤロー』。…真似してみたんだけど上手い?」

「…私テレビ見ないんですよー」

「見ろよ!むしろ学べ!」

「…何をですか、そこから」


 とか、アラサー二人と喬木の三人での漫才のような掛け合いが日常になっている。


 ゆったりと流れる日々に、ここが霞が関であることをうっかり忘れそうになった頃。

 遥に、ここが霞が関であることを思い出させる「作業」が降ってきたのだった。


 ***

 それは、一本のニュース速報から始まった。


 政策推進室では、昼休みの前半だけ、低音量で国営放送のニュースをつける。


 今日も暑さが例年を大幅に上回ったとか、外国の王室に子供が産まれたとか、そんなニュースの途中。テレビの向こうにアナウンサーが写り、真面目な顔で原稿を読み上げる。


「えー、今入りましたニュースです。古山首相は、例の女性政務官のパワハラ事件及びその後の内閣支持率の低下を受け、副総理と官房長官を除く全面的な内閣改造を決意したとの情報が入りました。」


「「え、嘘ー!」」


 綺麗にユニゾンした喬木と木村の声が、節電のため消灯された昼休みの執務室に響いたのだった。


 そこからの二人、いや鳥越を加えた三人は、素早かった。いつもの漫才コンビが嘘のようだ。


「木村、とりあえず各課に資料発注しろ。大臣以下全員変わるぞこれ。」

「ええ、まだ官房から発注が来ませんが、時間がありませんので交代資料の検討はとりあえず始めてもらいましょう。様式は前のでいいですか?」

「とりあえずそれでいこう」

「じゃ鳥越さん、午後イチで発注かけて。」

「承知しました。今すぐの発注の必要はないでしょうか。」

「うん、そんな一刻を争うって訳じゃないから。早くても1週間くらいあるでしょ。それより、交代資料以外何が必要?」

「まず功績事項です。大臣、担当副大臣、担当政務官の三人分です」

「…いつ来たんだっけ?」

「去年の11月です」

「…九ヶ月でそんな功績あるの?」

「書くのが仕事ですから」

「…おっしゃる通り。…それも併せて発注しようか。」

「はい。交代資料は目次とダイジェスト版と詳細版が必要なのでそれぞれを。交代資料と功績事項以外のオーダーは形式的なものなので官房の発注待ちでいいと思います。発注メールをつくりましたら、内容を確認していただいてよろしいでしょうか。」

「りょーかい。昼休み終わってから作業でいいからねー。じゃ、ごはんにしよー。そのあと昼休み終わりまで寝るねー。子供が夜泣きで寝不足なのー。」


 打合せるだけ打合せたら、そのままの流れでノータイムで通常営業に戻った木村。はじめて見せたテキパキした姿と、変わり身の早さに驚きつつ、遥はおずおずと声をかけた。


「あのー、木村さん…」

「あーごめんね、いきなりばたばたしてびっくりした?」

「いえ、それは…あの、交代って?」

「内閣改造ってことは、大臣以下の政務が変わる可能性高いじゃない?それで、引き継ぎと言うか、こういうことをやってて幹部はこの人でー、っていうのを交代前後にやるのー。そのとき使う資料を交代資料って一応言うんだけどねー」

「…一応。」

「うーん、何て言うかな?細かいとこまではどうせ覚えられないし説明する時間もないし、ってことで今回作る資料の8割はほぼ使われないんだわー。署名するときの台みたいなもんでねー」

「…台。ですか。それじゃ白紙でも…」

「資料は最終的に国立公文書館に移管されるから、変なもの作れないんだよねー。」

「…作業時間の無駄ですよね。」

「生産性ないよねー。こういう仕事はきらーい。」

「じゃ止め…」

「ま、ぺーぺーは言われた通り作るしかないわねー。やってもらう側が要らないって言わない限りはねー」

「まぁ…確かに…」

「ごめんねー、柳澤さんにも資料の印刷とかセット、手伝ってもらうとは思うー」

「それはもちろん…」

「ま、とりあえずこんなもんで残業したくもないし、各課にさせたくもないし?さっさと発注して作業を業務時間内に終わらせるようにしよーかなーって。うちはまだ局のとりまとめだからいいよー、官房は大変だよ?首都圏版タウンページサイズになるんだからー」

「うっ…」

「そりゃ穴の位置とかうるさく言うよねー、いちいち紐通らないからって直してる余裕ないってー。ってか紐だよ、何時代だここって感じ?」


 明るくそう言い置いて食堂に向かう木村の、最初に感じたなんとなくの迫力を思い出す遥。

 話している感じはぽやんとしているようだが、あれで結構修羅場を潜ってきたのだろう、という気がする。


 ***

 正式発注、自室分の資料作成、発注分の回収、資料の局長確認、修正、再確認、再修正、資料セット、、とあわただしく過ぎた1週間が過ぎた内閣改造の当日は、これと言って特別忙しい訳ではないがなんとなく全体的にそわそわした雰囲気だった。


 ニュースはつけっぱなしで、首相官邸でモーニングやドレスを着て写真に収まる政治家たちを写し出している。


「鳥越さーん、次は何?」

「初登庁があります。手の空いている職員は玄関に集合だそうです。その後いったん官邸で閣議があります。今日は幹部の顔合わせで終わりです」

「何時ごろ?」

「顔合わせは…夜ですね。」

「ごめーん、それはお願いして大丈夫かな?」

「了解いたしました。局長に呼び込み(※)を伝えるだけですし私が対応します」

[※呼び込み…偉いさんの時間が空いたときに秘書などが電話で呼び出す形でのアポ、及びその呼びだしのこと。ここでは大臣秘書室からの呼びだしを局長に伝えるために、秘書の退勤後も誰か室員が残る必要がある]


 そんな話を聞きながら、去年の11月にあったという内閣改造を遥は思い出そうとしたが、全く記憶になかった。

(そんなことに、こんなに手間をかけてるんだ…)


 中央官庁の仕事の知られざる、しかし確実に残っていく一面を垣間見た遥であった。


(でも、国立公文書館に残ってたのが白紙だったとしても、八、九割がた誰も気づかない気がする…)


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「Miou~時を越えて、あなたにまた恋をする~」

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