第25話 山田と向井のエトセトラ2
すみません。
終わりませんでした 汗
もう1話だけ続きます。
12月下旬の月曜。
いつものように政策推進室の前日の使用済みコップをかごにいれて給湯室に向かった遥は、思いがけないというか、それでいてやっぱりね、というようなものを見ることになった。
「…向井ちゃん、ダイヤの指輪は洗い物のときは外さないと傷がついちゃうよ。」
一瞬目を見張ったが、すぐに事態を理解し、苦笑しながら突っ込む。
「あー、うん、わかってる。遥さんに見せたくて。」
「ありがと。週末?」
「うん。クリスマスだからってレストラン行って、そこで…。」
山田もまたベタなことをしたものである。正直、見た目は美女と野獣と言っていい組み合わせだが、そのぶんそうやって辻褄を合わせるあたり、結構できる男なのかもしれない。
「ねね、お式はいつ頃なの?どれくらいの規模でやるの?あー、聞きたいことがいっぱい!」
食いつかんばかりの遥に、どこから答えようか迷って口ごもる向井。
「…えっと。…うーん、室長と木村さんにも報告したいし。今日お昼とか空いてるかな?」
「聞いてみる!」
快諾しつつ、むしろ三方向から突っ込まれてますますあたふたするんじゃないだろうか、とか思ってしまう遥であった。
***
外はかなり冷えており、ランチのしゃぶしゃぶの湯気に心身が弛む気がする。銀座で何店舗か展開しているうちの一店舗であるこの店は、ランチのコスパの良さと、ワンタンスープをはじめとしたプチプラのオプションが前嶋のお気に入りだ。木村は前から知っていたようだが、遥も向井もかなりお気に入りとなっていることから、よくランチといえば顔を出す店である。
「それでそれで?まずはプロポーズの詳細から、お約束を一通りどうぞ?」
それぞれ注文し、各自に肉と野菜が行き渡ったところでにやりと笑った木村が口火を切る。完全にただの野次馬である。
「木村さん、お約束って…」
「木村さん、もうちょっと親切にいきましょう。えーっと、レストランだっけ?夜景が見えるとか?何て言われたの?」
遥も、助け船を出しているようでその実ぐいぐい切り込む。
「丸の内の高層ビルのレストランで、すごく張り込むな、と思ってたんです。でも、お付き合いをはじめて最初のクリスマスだし、当日はちゃんと来れるかどうかわからないから、先にやっておきたいんだ、って。」
今年のクリスマスは週の半ばだ。いつ残業が入るか不明な正職員は、飲み会ならまだしも、一対一の約束は平日に入れたがらないことが多い。実際、忘年会などの多数が集まる飲み会では、大抵、最低でも一人か二人は欠席になるか大幅に遅れて来る。
「ほうほう。それで?」
「食事が始まってしばらくして、『綾、俺と結婚するイメージ浮かぶ?』って言われて。なんか、裕明さん、結婚て他人事のようにしか思えなかったらしくて。」
「あー、あいつ実家だもんね。」
「あと、私は室長や木村さんみたいにずっと続けられる仕事がある訳じゃないですし…」
「退職したあとのことも考えてってこと?」
「そうですね。それで、それから少しお話したんです。客室乗務員の経歴があるから、接客とかなら採用で少し有利だし、でも子供ができたら小さいうちは一緒にいてあげたいし、とか。裕明さんも、自分には転勤があるからできればついてきて欲しい、とか。『木村の旦那みたいな腹のくくり方は俺はできない』って言ってました。」
木村の夫は別居も休職しての同行もどんと来いと公言しているらしいから、そのレベルを求めないで欲しいというのは分からなくもない。ちなみに向井の誠実さと仕事ぶりと美貌なら、よほどのことがなければ接客でなくても引く手数多だろう。
「それで、しばらく話していたら、裕明さん、『うん、なんかイメージできた。いい感じじゃない?』って言い出して。」
思い出して苦笑する向井。
「いい感じ、って何?って思ったんですけど、なんかそれでイメージが固まったらしくて。実現してみない?って言われて、はい、って。」
甘いんだか甘くないんだか分からないが、なんとなくいつもの二人の様子からそのプロポーズに納得できてしまう三人であった。
***
3月4月になると家賃相場も上がるから、という理由で、二人が一緒に暮らし始めたと聞いたのは一月下旬だった。
ふらっと遊びに来た山田が、仕事とも言えないような話をひとしきりしたあとに言い出したのだ。
「木村、柳澤さん。俺、実家出た。」
「ほー、ご結婚に向けて?」
「…お前、今更しれっと。綾にいろいろ入れ知恵したろ?」
「入れ知恵ってか、向井ちゃんが悩んでたからアドバイスというか、焚き付けたと言うか…」
「焚き付けたんじゃねーか。」
「…あらまホントだ。」
更にしれっという木村に、振り回しに来たはずの山田が振り回されている。
「だってアナタ、女の29っていろいろ思うところな訳よ。そりゃー焚き付けるでしょ、向井ちゃん大事だもん。」
「俺の意思は?」
「あら、ご不満?」
「いえいえ、おかげさまで大変幸せです。」
「じゃーいいじゃない。結果オーライ。」
「…なんかなぁ、はめられた感じがなぁ。」
「結婚なんてノリと勢い。お似合いに見えなきゃ勧めない。」
「お前なぁ。」
ぜーはー、とわざとらしく息を荒くする山田。
「ま、とりあえず。ご婚約おめでとうございます、ってとこですな。話きいてからなかなか会う機会がなかったので。」
「ありがとな!それで、新居は綾も一緒に住むから!」
「えーーー!?マジ?」
それまでにやにやとからかうように余裕を見せていた木村がさすがに驚く。遥も向井からなにも聞いておらず、呆気に取られた。山田がやっと、してやったり、という顔になる。
「って言っても賃貸な。先に俺が住んでるんだけど、週末引っ越して来る予定なんだ。と言っても、お互い実家暮らしだったから、家具や家電は1から買い揃えたんだけど。」
「あー、そういうのちゃんと結婚前にやっとかないと、そのあたりから破談になりかねないよねー」
「木村さん、破談とかいっちゃダメですよ。」
一瞬山田が固まり、遥が見かねて口を出す。
「あ、すまん。」
「お前は…」
「失礼。しかし、家とか家具とか、あと結婚式をどうするかで割と価値観のズレみたいのが発覚するってのは多いから、ちゃんと事前にやっててえらいなーという趣旨でありました。」
「…まぁ、うん。いいや。ちなみに全然揉めなかったよ。」
「おー。すごいね。」
「俺がこだわりないからな!」
「さすがに、ソファーでもない椅子が100万とか言われたら引くっしょ?」
「…確かにな。」
「家賃もったいないから官舎にしようとかさ。」
「それも考えなくはなかったんだがな。やっぱさ、最初から昭和築とかだと悲しくなるじゃん。通勤も変に不便なとこ多いし。」
「なんで乗り換えが必須なとこに建てるか謎だよね。」
官舎あるあるで盛り上がる二人。遥も福利厚生の手続きの一貫で官舎に携わるが、ボロかったり階段しかなかったりが普通である。草むしり当番などが維持されているところも多く、転勤族ならまだしも多少余裕がある家庭は官舎を出ていることが多い。
ちなみに椅子で100万は建築や内装にこだわる界隈では安い方である。柳澤家では給料との兼ね合いでそっち方面ではなく聡太のセンスや腕でどうにかする方向に行ったが、特に本社での仕事では、聡太もそのクラス以上の家具をばんばん使っていると言っていた。
「だってさ。家具好きな人はそんなもんらしいよ?」
「価値観、ってやつなんだなぁ。」
「ちなみにうちはダイニングテーブルはアウトレットでもそこそこのお値段のやつのにしたけど、友人はうちの更に半値以下のもので定期的に買い換えるんだって。その辺の相場が擦り合わせなくても合う、ってのはほんと、ご縁があるってことなんだろうね。」
「そうだな。」
直前の雰囲気と一転、しみじみ語る二人に深くうなずく遥。思い当たる節はある。
「職場とかですっごい気があっても、いい人でも、そういうところで価値観合わないとダメですもんね。」
「結婚て、生活だよねー。」
「まぁ、そんなことだから、近いうちに遊びに来てよ。木村はお子さんも。出来る限りのおもてなしはするからさ。」
「ありがとう。ただ、うちの子は怪獣だからなぁ…」
「それはそれで、俺らも子供欲しいからイメージつくし。」
「…そういうレベルではないんだが。」
「えー、くるみちゃん可愛いじゃないですか!」
「この前のは店だからまだしも、人の家に行ってアレは…しかも賃貸とはいえ新居…半年経って多少日本語は通じるようになったけどさぁ…」
「…あ、あぁ…」
木村の主張に、夏に一度会ったことで深く納得してしまう遥であった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は来週前半になると思います。結婚式絡みのあれこれです。官庁はあんま関係ないかも…




